第3話 救出作戦発動
『アタシは反対です。理由は分かるわよね、ノエル』
いつもの激昂したような口調で反対することも無く、ソニアの言葉は穏やかだった。
坑道に取り残されているという攻撃魔道士マーセルと、ギルドポーターのポグランを救出するため、僕たちは一旦宿に駆け戻った。血相を変えて部屋に飛び込む僕らの姿に驚きの表情を浮かべるカリーニャを尻目に、僕は的確に戦闘装備を調えていく。その横で、マーサは借り物の衣類を脱ぎ、まだ洗濯前だったアーミングジャケットとタイツを着込むと、手際よく鎧を装着していく。一瞬、マーサの裸体が視界に入ったが、僕は何も感じること無くヘルメットを被った。
いつものシャツ姿で何事かと問うソニアに、ステータスウィンドウを開いて装備状況を再確認しながら事の次第を説明すると、やはり彼女は反対の意を表明したのだ。
『知り合いを助けたいというアンタの気持ちはよく分かるわ。でも、もう既に三人も、その坑道で死傷しているのでしょ? それも、魔物との戦闘に長けた冒険者が。更に時間的な観点からも、その坑道内に取り残されているという残りの二人が無事だという可能性は、限りなくゼロに近いと思わない? むしろ、襲われた時点で死亡している可能性の方が高いんじゃないかしら』
アイテムバッグから予備弾倉を全て取り出す。それらを含めると、手持ちの弾倉総数は九個。うち六個を戦闘服のマガジンポーチに押し込み、二個は背嚢脇のポーチに入れた。残りの一個は当然小銃に装着しているものだ。装填用の弾薬が二十個ばかり紙箱に入っているが、戦闘中に装填する余裕はないだろうから、紙箱ごとアイテムバッグに入れたままだ。
ほかには拳銃の弾倉三個。そして、手榴弾が五個に閃光手榴弾が二個。ステータスウィンドウで装備状況を確認する僕の耳には、ソニアの言葉は残らない。
『アンタを傷つけるつもりは無いけれど、今からだと遺体回収作業にしかならないと思う。もちろん、それも大切なことよ。でも、今アンタがすべきことじゃ無いと思うの』
「ソニア、ごめん。今回ばかりは君の言うことは聞けない」
僕はステータスウィンドウから顔を上げると、彼女の目を正面から見つめた。ソニアはただじっと、僕を見つめ返してくる。
「君には以前話したよね。君と出会うよりも前に、僕がよくポーターとして派遣されて世話になっていたパーティーのことを。自分たちの正式なメンバーになれ、と誘ってくれていた仲間達のことを。そしてギルドポーターを辞めて、新たなメンバーとして共に挑んだダンジョンで、僕を残して全滅した彼らのことを」
『……』
「彼らを失って、僕の心は再び死んだ。盗賊どもに家族を奪われた、幼かったあの日と同様にね。ギルドの温情でポーターに復職はしたものの、当時の僕は廃人同様だった。そんな僕のところにグベルマ達はやってきて、パーティーメンバーにならないかと誘ってくれた。でも僕は、失った仲間を裏切る感じがして断った」
ソニアは何も言わず、その紅玉の目をじっと僕に向けている。カリーニャも、何も言わずに僕の言葉を聞いていた。
「その後もグベルマは、幾度となく僕に誘いの言葉を掛けてきた。彼のパーティーには、それまでにも何度か派遣されたことがあって、一緒にクエストに挑んだことがあったんだ。だから、彼が善人だって事は、よく知っていた。今から思えば、失意のどん底にいた僕を見かねて声を掛けて来たんだろうけど、この世の全てに絶望していたあの頃の僕には、誘われる理由が分からなかった。分からないどころか、不幸に見舞われたのが彼らのパーティーではなくて僕の仲間達だったことに、一種の逆恨みを抱いていた。そして次第にグベルマ達の誘いが重荷になってきた僕は、逃げるようにギルドを飛び出したんだ」
僕はそこまで一気に言うと、大きく息をついた。あの頃の自分はどうかしていた。大切な仲間を失って、他のパーティーを羨み、妬み、嫉んでいた。一人残された自分が、世界一不幸な存在だと大きく勘違いしていた。今思っても、自分の事ながら反吐が出る。
「僕はグベルマの善意を無視して、何も言わずに逃げ出した。本当に最低なことをしたと思う。でも、そんな僕のことを、彼は覚えてくれていた。さっき彼に名前を呼ばれて、僕は泣きそうになった。ありがたかった。礼を言いたかった。そして謝りたかった。でも、今更感謝の言葉を口にはできない。それをするには時間が経ちすぎた。だから僕は、行動でそれを示したい。今こそ僕は、彼らの力になりたいんだ。なるべきなんだ」
僕はそう言うと、マーサの方に目をやった。彼女は既に準備万端のようで、いつでも行けると無言で頷く。
「それにポグランは、僕が初めて冒険者ギルドに雇われたとき、いろいろ教えてくれた大切な元同僚だ。だから絶対に助けたい。もちろん君の言うように、もう間に合わないかもしれないさ。でもここで助けに向かわなければ、僕は一生後悔すると思う。君が反対するのは最初から分かっていたよ。でも、さっきも言ったように、今回ばかりは君の言うことは聞けない」
『何が「今回ばかりは」よ。アンタはいつでもそう言って、勝手に一人で突っ走るんだから。大体、今のアンタはカリーニャを目的地まで送り届ける役目も負っているのよ。もう弾薬も残り少ないっていうのに、ここで消耗してしまって、ザンギおじさんの信頼を裏切ることになったらどうするのよ。それにアンタの本来の目的の――』
「分かってる。君の言うことは、よく分かっているつもりだよ。でも仮に、海兵隊の仲間が同じような目に遭っていることを耳にしたら、君は黙ってその場を立ち去れるのかい?」
『……』
「そうだろ。そんなことは出来ないだろう? 僕も同じだ。昔に恩を受けた知り合いが困っている。だから助けに行く。単純なことさ」
そして、装備状況を確認し終わると、僕はカリーニャに顔を向けた。
「ごめん、カリーニャ。そういうわけで、僕とマーサはちょっと出かけてくるよ。だから、僕らが戻るまでは、宿から出ないで待っていてくれ。もしも早く戻って来られたら、今朝のお詫びに、何かおいしいものでも食べに行こう」
「危なくないの? ノエルが強いのは知ってるけど、その知り合いの人たちだって強かったんでしょ? それに、軍隊でさえ退治できない魔物なんて――」
「軍と言っても、全ての兵士が魔物との戦闘に長けているわけではないのだ。本来軍とは他国の軍、つまり人間を相手に戦うもの。多くの兵士は、魔物との戦闘を経験していない。魔物相手ならば、むしろ冒険者パーティーの方が、実力は上だろう。そのうえ、過去に投入されたのは、一度に十名程度の分隊規模だと聞くから、敗れて当然だとも言えよう。もちろん私は魔物相手でも問題はない。私は軍人である前にイフィーなのだからな」
「心配ないよ、カリーニャ。今度はマーサもいるし、盗賊の時に比べても楽勝さ」
「でも、相手は魔物だよ? 二人じゃ、少なすぎるんじゃないかな……。あのね、わたしだって戦えるよ? 小さい頃からライカンおじさんに教えて貰ってたから、弩だって得意だよ? 精霊達もいるし、少しは役に立てると思うよ?」
「ありがとう、カリーニャ。でも、大丈夫さ。君はここで待っていてくれ。君を無事に目的地へ送り届けるための旅なのに、君にもしもの事があったらどうするのさ。君は気にしないでいいから、ここで僕たちの帰りを待っていてくれ」
確かに、ゲルタッシュで僕を床に組み伏せたときも、カリーニャは弩が扱えると言っていた。そして実際、アイテムトランクにも彼女の荷物として、弩と数十本の矢が入っている。だが、ザンギにカリーニャを目的地まで守り届けると約束した以上、彼女を危険な目に遭わせたくはない。
カリーニャは、不安を浮かべた碧眼を僕に向けたまま、渋々頷く。今朝方の、エルフとの気まずい雰囲気は、いつの間にか霧散していた。
『分かったわよ。そこまで言われたら、さすがに反対できないじゃないの。でもノエル、少しでも危ないと感じたら、即座に撤退よ。いいわね!』
やっとソニアの承認を得ることができた僕とマーサは、カリーニャの心配そうな視線を受けながら宿を出る。そして、カモメ舞う澄み切った午前の空の下、僕と女剣士は戦場に向かって駆け出していた。




