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ダンジョン攻略は海兵隊魂で!  作者: 乃木重獏久
第5章 浜のカモメと港町
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第9話 イフィーの剣士と宿屋の幼女

「これが孫のジョリヌです。ジョリヌ、こちらはノエルさんと仰る、今夜お泊まりになるお客さんだ。この方は、お前の大好きなツンベルグス様のお連れさんだぞ。それに驚くな。エルフのお嬢さんまでご一緒だ」

「え!? お姉ちゃんのお連れさんなの? じゃあ、今どこにいるの? お姉ちゃん!」


 祖父の言葉を聞いて、少女は突然目を輝かせた。先ほどまでの、幼い子供とは思えないような落ち着き払った様子は、一瞬にして消え去った。マーサの居所を主人が教えると、少女は(すだれ)に駆け寄り巻き上げる。


 少女の姿を追っていた僕の視線の先に、突然、中庭の全景が広がった。まだ脱衣中なのではとの期待、もとい不安がよぎるが、既に二人の女性は湯船に入っていた。カリーニャは顎まで、マーサは胸元まで湯に浸かっている。そして、その湯船の脇で、おもむろに服を脱ぎ出す少女。


「これこれ! 何をしている、ジョリヌ」

「お姉ちゃんと一緒にお風呂に入るんだ。ダメかな、おじいちゃん」

「皆様、お疲れなんだぞ。お邪魔するのは、お食事を済まされてからにしなさい」

「まあまあ、ご主人。良いではないか。ジョリヌが現れたら、こちらから風呂に誘おうと思っていたところだ。大目に見てやってはくれまいか」


 マーサがそう言い終わるや否や、少女は湯船への足踏み台を駆け上がり、飛沫(しぶき)を上げて飛び込んだ。湯を頭から被った二人の美女は、顔を見合わせたかと思うと笑いだし、突然湯を掛け合いはじめた。少女も一緒になって参戦する。波打つ湯面から時折現れる、あの丸く柔らかそうな物体は何なのだろう。そう思って目を凝らそうとしたとき、さっと簾が下りてきた。


 女剣士に、孫の非礼を簾越しに詫びながらも、優しげな表情を浮かべる主人は、下ろした簾から手を放す。中庭からは、女性達の楽しげな声と湯のはね音が聞こえてくる。


「あの子、お孫さんですか。賢そうな女の子ですね」

「ええ、孫です。七歳になるのですが、あまり笑わない子でしてね」

「でも、今の様子は子供らしく見えましたが」

「それは、あの子が剣士様を慕っているからです。あの方が昨年こちらを出立されてからずっと、次にお越しになるのを、まだかまだかと待ちわびておりましたのでな」

「それは、また気が早い話ですね。そんなにマーサとあの子は仲がいいんですか」


 マーサは一体何を見ているのだ。あんなにも純真無垢な少女が慕っている自分のことを、化け物だと思っているなんて。もしかしたら彼女自身の過去に、何か要因になる事件があったのかも知れない。


「剣士様が、初めて当宿にお立ち寄り下さったのは二年ほど前、ちょうど戦争が終わった年のことでした。じつはその前の年に次男夫婦、つまりあの子の両親が亡くなりましてな。これがまた、あまりいい死に方ではありませんでした。長男と同じく漁師を営む次男夫婦は大層親バカでして、自分たちの漁船にも『三国一の娘ジョリヌ号』などという名前を付けるぐらいでした。自分を溺愛する両親の不幸な死もあって、ジョリヌは心を閉ざしておったのです」

「……」

「剣士様が初めておいでになったとき、ジョリヌはあの方を恐れておりました。あの方のお姿を目にしただけで、泣き喚くほどでしてな。今のあの子からは想像も出来ませんわい」


 僕は何も言えなかった。たしかに、幼い少女が同時に両親を失うことは、非常に辛い出来事に違いない。それも、老人の言葉の濁し方から、なにやら忌まわしいものだったようだ。


 僕自身も幼い頃に両親を亡くした経験があるから、親を失った少女の気持ちはよく分かる。僕の暗い表情に少し言葉を置いた主人は、「頂戴します」と言ってポットから予備の茶碗に茶を注いで口に含むと、更に続ける。


「その晩は、雨風ともに荒れた天気でしてな。ただでさえ客足が鈍る時期のうえ、その荒天のためか、お泊まりのお客様は剣士様お一人でした。剣士様がお食事を済まされた後は、ジョリヌを寝かしつけてから、儂は長男や従業員達と、間もなく迎える収穫祭の準備にかかる相談をしていたのです」


 いつの間にか、簾の向こうのはしゃぎ声は消えていた。代わりに静かな旋律の美しい歌声が響いてくる。マーサの声だろうか。その、少し寂しげでありながらも安らぎを感じる澄んだ歌声に、何故か心が洗われるようだ。


「夜中に目を覚ましたあの子は、いつもなら側で寝ているはずの儂や長男の姿が見えないことに、不安を覚えたのでしょう。あの子は決してそうとは言いませんが、怖がっていた剣士様が、両親を殺したと噂されている海賊のように、儂たちを殺害したと思ったのかも知れません。そして儂たちを探すため、あるいは剣士様から逃げるため。理由は分かりませんが、あの子は嵐の中、家を出て行ったのです」


 海賊。海の盗賊。また、ここでも盗賊だ。奴らに苦しむ人がここにもいた。奴らはこの世の害悪だ。魔物よりも忌まわしい存在。僕はあらためて、親の仇の盗賊団を殲滅するという僕自身の旅の目的が、絶対に果たすべき事であることを認識した。

 そして主人は、一旦はぼやかした息子夫婦の死因に言及していることに気付く様子も無く、言葉を続ける。


「寝室へ資料を取りに行った長男からジョリヌの寝床が空だと聞き、玄関の少し開いた扉と、小さな靴が無くなっていることから、あの子が嵐の中へ出て行ったことを儂は確信しました。正直なところ、儂自身も次男夫婦が亡くなってから、精神的に参っておりました。その上、孫娘まで失うことになれば……。そのとき、騒ぎを聞きつけた剣士様が現れたのです」

「……」

「状況を理解されたあの方は、豪雨の戸外へ飛び出して行かれました。そして大声で孫の名を呼びながら、必死で町中を探してくださったのです。そして、孫の姿を連絡船の桟橋上に見つけた剣士様は、大きな風音の中でもはっきりと聞こえる大声で儂らを呼ぶと、あの子を連れ戻そうと、孫に近寄って行かれたのです。ランタンの仄暗い明かりを頼りに駆けつけた儂たちは、桟橋に二人の姿を見つけました」


 いつの間にかマーサにあわせて、カリーニャのものと思われる歌声が即興のハーモニーを(かな)で、優しげな空気が辺りを包み込んでいた。


「しかし、自分を連れ戻そうと現れた剣士様が悪者に見えたのでしょうか。あの子は、自ら海に飛び込んでしまったのです。あるいは荒れる波間に身を投げることによって、天国の両親に会えるかも知れないと考えたのかも知れません。その瞬間、剣士様は鎧姿のまま、迷う様子もなく海に飛び込まれました。儂らもすぐにその場に駆け寄ったのですが、波に洗われる桟橋の下は黒い闇となっており、人の姿は一切見えませんでした。もう駄目かと打ちひしがれていると、少し離れた浜の方から、剣士様の声が聞こえてくるではありませんか」


 マーサの優しく静かな歌が終わると、カリーニャの美声が新たな歌を奏で始めた。その、儚くも凜とした歌声は、降り注ぐ月の光を思い浮かべさせる神秘的なものだった。


「浜辺に向かうと、孫娘を抱えた剣士様が、暗く荒れる波間から浜へあがってこられるのです。まるで神話の中の女神のように。孫は幸い無事でした。後から聞くと、海中に飛び込んだ剣士様は、すぐに孫を見つけ、口移しで息を吹き込みながら泳いだそうです。その後、急いでこちらに戻ると、さきほど剣士様が歌われていた、あの不思議な旋律の歌を歌いながら、孫娘を抱いて風呂に浸けて、冷え切った身体を暖めてくださったのです。それ以降、孫は剣士様を恐れなくなりました。翌日のご出立の際は、逆に別れたくないと泣き喚く始末で困ったものでしたよ」


 僕は先程宿に来る途中に見た、暗く魔の口を開けたような海を思い出した。幼女を助けるために脇目も振らず、嵐で荒れる黒い海に飛び込む女剣士の姿を思い浮かべ、マーサの高邁な勇気に心を打たれた。


 仮に、その場に僕がいたらどうしただろう。間違いなく僕も、幼女を救うために海に飛び込んだに違いない。しかし、その直前までは、飛び込むべきか飛び込まざるべきか、きっと逡巡(しゅんじゅん)したはずだ。尻込みする理由を見つけることに注力する自分が、心のどこかにいたことだろう。僕はそんな自分が恥ずかしくなるのと同時に、真に高潔な精神の持ち主と知り合えたことに感謝した。


「ご主人、ジョリヌが眠ってしまった。申し訳ないが、引き取ってくれぬか」

「はい、ただいま。この後食事をご用意いたしますので、皆様方もそろそろお上がりください」

「ええー? もう出るのー?」

「明後日の出立までは、いつでも入ることができるのだから、いいではないか。さあ、上がるぞ」


 簾の向こうに姿を消した主人は、眠る裸の少女を抱きかかえて再び現れると、「間もなく食事を用意します」と言って退室していった。

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