第5話 雷閃の死神
「まあ、『死神』のことは話してやるけどよ。それよりまず、兄ちゃんが何者か教えてくれねえか」
「そうよ、そうそう、おにいさん。初めて見る顔だけど、どっから来たの? 名前はなんて言うの? わたし、おにいさんの話が聞きたいな」
ドルフと呼ばれた巨漢が問いかけてくると、配膳を終えたエルフも、興味深そうな目を僕に向けながら、正面の空席にちょこんと座る。テーブルに置いたヘルメットの上で、その白く美しい指を組むと、そこに顎を乗せて前屈みになった。そして、その大きく澄んだ瞳で僕の目をのぞき込んでくる。
「ですから、僕は独言の――、もとい、ノエルと言う、旅をしている者です」
「ノエルさんって言うんだ、おにいさん。わたし、カリーニャ。よろしくね!」
酒場中に名乗った際、この場にいなかったカリーニャが、初めて聞く僕の名に、笑顔を眩しく向けてきた。「こちらこそ、よろしく」と応えると、微笑みに浮かぶ柔やかな瞳を、じっと僕に向けてくる。美しいうえに、とても愛嬌がある表情。エルフとはこんなにも、魅惑的な存在なのか。でも、以前住んでいた下宿の洗濯婆よりも、歳がいってるんだろうな、たぶん。
「『独言のノエル』か。それはさっき聞いたぜ。俺が知りたいのは、おまえさんが、何で『死神』みたいな格好をしてるのかってことだ」
「そんなに僕とそっくりな格好をしてるんですか、その人は」
「俺は直接会ったことはねえ。もし出会ってたら、俺はここにはいないだろうよ。奴のことは噂でしか聞いたことはねえが、おまえさんの格好は、噂話そのものだぜ」
ドルフは、自分の席から持ってきたエールのジョッキを大きく呷ると、『死神』について語り出した。
雷閃の死神。全身に砂色の服を纏い、土色の長靴を履いた屈強な魔戦士。大きな荷袋を背負い、胸・腹・腰と、身体のありとあらゆるところへ、様々な魔道具を仕込んでいるという。
その頭には、枯葉色をした半球状の兜をかぶり、顔は口元だけを残して、黒く大きな仮面で覆われているそうだ。
そしてなにより、普段は肩にかけている、土色をした魔杖の先を敵に向けると、凄まじい雷鳴とともに攻撃魔法が放たれ、立ちはだかる全てを薙ぎ払う。くわえて強力な爆裂魔法も自在に操るという謎の男。
あらゆる敵を殲滅してきたというその男は、いつも一人で行動しているが、その背後には、姿の見えない死神を付き従えているという。
その男のつぶやきは死神への下知。ひとたび命じれば、対峙するすべての命を奪い去る。
先の第九次魔龍戦争末期、北の大陸の戦場で初めてその姿が確認され、帝国諸侯軍、対する魔龍軍ともに、甚大な被害を被ったらしい。
『ねえ、もっと詳しく尋ねなさいよ。この世は情報が命なんだから』
ソニアの声が耳元に響く。返事をしたいところだが、他人に精霊の存在を明かしたくない僕は、カリーニャが頭をのせているヘルメットに向けて、無言で頷いた。
『「死神」の出没範囲について、できる限り詳しく聞いてみて。根城が分かれば、なおいいわ。たぶん、その男は海兵隊員だと思う。接触できれば、物資補給の目処がつくかもしれない』
揚げパンをかじりながら、ソニアの望む質問をドルフに投げてみるが、ドルフはそこまで詳しく知らないという。だが噂では、二年前に戦争が終結してからというもの、その姿を見かけた者はほとんどなく、同じく北の大陸の闇怨地帯で、昨冬に目撃されたのが最後らしい。
しかし、いつの日か再び姿を現して、世間を恐慌に陥れるのではと、人々は恐れているそうだ。
噂話だとは言え、ドルフから聞けた話から類推するに、銃火器や爆薬を駆使して戦う男だということは、まず間違いのないことだろう。
付き従えているという死神のような存在も、ソニアのような精霊なのかもしれない。やはり相棒の言うように、『雷閃の死神』は海兵隊員なのだろうか。
「細かい点は噂とは違うが、おまえさんの姿は『死神』そのものにしか見えねえぜ。奴の仲間じゃねえとしたら、一体どこでそんな装備を手に入れたんだ?」
「僕は、その『死神』さんとは一切関係ありませんよ。その存在さえ、ついさっきまで知らなかったんですから。僕の服や装備は、我が家に代々伝わっているものなんです。たまたま似ているだけじゃないですか?」
はじめての酒場で出会ったばかりの人物に、装備の入手経緯をつまびらかに教える必要もないだろう。これらの大切な装備を譲り受けた、今は亡き大恩人の顔を思い浮かべながら、事実とは全く異なることを適当に答える。
「そうなのか。だとすると、おまえさんと『死神』は、同郷なのかもしれねえな」
「さあ、どうでしょうか。そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
「ねえ、おにいさん。あ、間違えた。ノエルさんだった。ノエルさんは、どこから来たの? この町には、何しに来たの? 『死神』の話よりも、そっちが聞きたいなー、わたし」
ドルフの『死神』に関する話には、あまり興味がない様子だったカリーニャが問いかけてきた。しかし、この町を訪れた理由を聞かれても困る。ただ単に、食事と宿を求めてのことだ。もしも道中に、この町がなかったとしたら、野ウサギでも狩って、野営でもするつもりだったのだ。
「気を悪くさせるようで申し訳ないけど、この町はたまたま通りがかっただけで、特に目的はないんですよ。そもそも、この町の名前も知らないんですから」
そう言うと、二人は少しがっかりしたような表情を浮かべる。
「まあ、小さな町だからな。もし分城がなかったら、ただの農村みたいな規模だしよ」
「明日になったら、ゆっくり町の様子を見させてもらいますよ。いろいろ揃えたいものもありますし。でも、道は石畳だし、立派な城壁はあるし、なかなか良い町だと思いますよ。門番は眠りこけていて、少し不用心だけど」
「やっぱりな。夜の門番は役に立たねえからな。あいつら仕事をほっぽり出して、酒盛りしているか寝ているか、あるいは女遊びしているかだからな。だが、日が出ている間は、そうはいかねえぜ。昼の衛士は規律が高いうえに融通が利かねえ。この時間にやってきて、お前さん、大正解だぜ」
ドルフは笑ってそう言うが、なぜか少し自嘲気味だ。
「この町はゲルタッシュっていうの。綺麗で穏やかな、とても素敵なところなんだよ」
「丘の上に立派なお城がありましたよね。あれが分城ですか? 小さいと仰るけど、歴史ある、いい城下町なんでしょうね」
「ま、まあな……」
「…………」
酒の匂いをまき散らして居眠りをする門番の側を抜けて潜った城門から、この酒場までの短い道中に目にした、青い月明かりに浮かぶ美しい城。
その光景を思い浮かべながら話す僕の言葉に、二人はなぜか顔を曇らせた。