第2話 泣き虫マーサ
「ところでお前達は、どういうわけで旅をしているのだ。冒険者のパーティーにしては人数が少ないし、エルフと魔戦士のコンビの旅行者なんて珍しいように思うのだが。まあ、エルフがいる時点で、とんでもなく珍しいと言えるがな。それと、さっきカリーニャが言っていた奴隷の恰好とはどういう意味だ?」
マーサが、新しい旅の仲間として抱く、当然の疑問をぶつけてきた。
僕の旅の理由は、僕が幼い頃に村を襲った盗賊団に殺された両親の仇討ち。ただそれだけだ。ゲルタッシュで新たに加わった『雷閃の死神』のもとを訪ねることも、仇討ちを完遂するための物資補給に過ぎない。
だが、これから向かう、当座の目的地である「エルフの隠れ里」への旅は、カリーニャの悲しい事情によるものでしかない。それに触れて、折角雪解けしたかに思えるカリーニャの心を、再び凍らせるようなことはしたくない。
「ごめん、マーサ。ちょっと事情があるんだ。そのことについては、あまり聞かないでおいてくれないかな」
「ノエル、大丈夫。わたし、もう平気だよ。そりゃあ、最初はとても辛かったよ。正直、ノエルのことも信用できなかった。だから、冷たい態度を取ってしまったの。あの時は本当にごめんなさい。でもね、今は楽しい旅だと思ってる。自分のルーツを知るための旅だと思ったら、とても素晴らしいものだと思えてきたの。それに、いつかはお父さんや町のみんなに、きっと会えると思うんだ。だからもう平気。気を遣ってくれてありがとう、ノエル。あのね、マーサ。実はね――」
カリーニャはそう言うと、自分からマーサに事情を話し出した。その表情は、彼女自身が言うように、何か吹っ切れたような、清々しいものだった。横になって眠るブリダヌスにもたれて、その体を撫でながら、町の名前や当事者の固有名詞は誤魔化しつつ、出立の経緯を明るく話すエルフ。辛い出来事を、客観的に見ることが出来るようになったのだろう。ただ、父親との別れの件に差しかかると、その目は少しばかり潤んだかのように見えた。
カリーニャの話が進むうちに、マーサの表情が曇りだし、眉間には皺が寄っていった。その目には、怒りの色が浮かぶと同時に涙が溢れ出る。どうやらこの剣士、感受性がとても高いようだ。
「すまない。本当にすまない。そんな辛い事情があることも知らずに、気軽に尋ねた自分に腹が立つ。許してくれ。こんな辛いことってないよ。私だったら絶対堪えられない。パパとママに会えなくなるなんて、考えるだけでやだもん――ぅぅ」
そう言ったかと思うと、マーサは突然大声で泣き出した。付近で野営をしている集団が、何事かという表情でこちらを見ている。
「ちょっと、マーサ、泣きすぎだって。もうちょっと声を控えようよ」
「だって、カリーニャ可哀想なんだもん! うわあん!!」
マントと金袋を無くしたときと変わらない、幼子のように泣くマーサの様子に、カリーニャは目を丸くしていた。
「あのね、マーサが泣くこと無いと思うんだけど……」
『中佐、ちょっと泣きすぎではありませんか? ここは周囲の迷惑も考えて、声を落とすべきかと……』
カリーニャとソニアが恐る恐るマーサを諫めるが、彼女の耳にはもう何も入らないらしい。暗い街道に響き渡る、幼女のような女の泣き声。鎧姿の剣士があられも無く泣く姿が珍しいのか、周囲の迷惑そうと言うよりも物珍しそうな視線が辛い。
そんな周りの様子をよそに、マーサはひとしきり泣いた後、スンスンと鼻を鳴らしながら、何事もなかったように言う。
「いやあ、すまない。カリーニャの身の上を自分に重ねて、父や母に会えなくなると考えたら、思わず悲しくなって泣いてしまった。剣士として、恥ずかしいところを見せてしまったな」
「君の泣くところを見たのは二回目だけど、なんて言うか、凄い泣きっぷりだね」
「褒めるな。まあ、私は昔から“泣き虫マーサ”と言われていたぐらいでな。泣くのには自信があるぞ」
どうも話がかみ合わないようだ。僕は一切褒めてなんかいない。それに、剣士として恥ずかしいと言いながら、“泣き虫”と言われていたと、自信ありげに言うなんて、一体どんな感覚なのだろう。
「しかし許せないな、その領主の御曹司は。一体どこのどいつなのだ、その卑怯な輩は! 女を人と思わないその神経に腹が立つ! 軍人としては許されないことだとは思うが、その場に私がいたら、その“下賤な”輩を叩っ斬ってやるところだぞ!!」
「まあそれは、いずれ分かることだろうよ。僕たちを追うなとは行ってきたけど、手配書くらいは公告すると思うし。だから、僕たちの捕縛公告を見ても、すぐにそれを信じないで欲しい」
「どういうことだ?」
『だから、ノエルがカリーニャを攫った犯人だという話をどこかで耳にされた際は、その嘘に踊らされて私たちに敵対しないでください、と言ってるんです』
「そんな馬鹿なことをするわけがないではないか。私はお前達の味方だぞ」
あんたが善人だと言うことは分かっている。でも、思い込みが強く、感受性も高いようだ。一番欺されやすいタイプの人間。本当に信じても良いのだろうか。
不安を抱く僕の顔を、任せてくれと言わんばかりの笑顔で見つめてくるマーサ。だが、その表情を見ていると、次第に気が楽になってくるように感じた。
そうか。僕はずっと一人で自分の身を守ろうと足掻いてきた。ソニアの支援があるとはいえ、今はエルフも守らなければならない。そんな緊張感を強いられている中で、頼りに出来る強さを持った存在が、一時的だとはいえ現れたことに、妙な安らぎを抱いている自分に気付いた。
疑って済まない。素直で実直な性格がにじみ出ている、その清らかな微笑みを見ながら、僕はマーサに心の中で詫びた。




