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ダンジョン攻略は海兵隊魂で!  作者: 乃木重獏久
第4章 イフィー族の巨女剣士
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第20話 新しい仲間

「あの、申し訳ございません。つかぬ事を伺いますが、そちらのお客様はどなた様でしょうか。昨日はいらっしゃらなかったようにお見受けしますが」


 退宿手続きのために帳場へ行くと、あの慇懃な男の受付が不審そうな表情を浮かべながらそう言った。一瞬何のことかと思ったが、どうやらカリーニャのことのようだ。

 そういえば、エルフのこの姿を見たのは、遅番と思われる女の受付だった。この男からすれば、エルフ娘は宿泊客が勝手に呼び込んだ商売女に見えたのかもしれない。


「ああ、このエルフのことは、あなたもご覧になってたはずですよ」

「申し訳ございませんが、(わたくし)にはその記憶がございません。エルフのお方であれば、尚更覚えていないはずがないのですが」

「いや、あなたが悪いんじゃないんですよ。昨日ご覧になったはずの薄汚い奴隷。あれがこの娘です」

「は? 申し訳ございません。あなた様の仰ることが理解できないのですが」


 僕は男に何か黒いインクのようなものはないかと尋ねると 、彼は帳場のインク壺を差し出した。それを受け取り指を中に浸け、カリーニャに突き出す。


「カリーニャ、耳をこっちに向けて」

「ちょっと、ノエル? 何する気なの? まさか、それで――」

「そうだよ、耳と髪を染めてこの人に見せるんだ。君があの奴隷だって事を分かって貰うために」

「な、何考えてるの! 今の説明で十分じゃないの!! 嘘でも何でもないんだから! なんでそんなことするのかな!?」

「いや、念には念を入れないと」

「え、ホントにやめて。せっかく綺麗にしたのに。お願いです。やめてください。あの、宿のおじさん、わたしがあの汚い奴隷なんです。ホントなんです! 信じてください。い、いやーっ!!」


 カリーニャはいきなり駆け出すと、廊下を走って行き、突き当たりの壁の前で止まるとこちらを振り向き、両肩を怒らせて僕を睨んでいた。


「お客様、事情はよく分かりました。昨日、あなた様の奴隷として宿泊手続きをいたしました人物は、あちらのエルフのお嬢様と同一人物だと言うことですね」

「そうでーす! わたしがあの奴隷でーす! ノエルのバカ! 話すだけで解決したじゃないの! 早くそのインク、おじさんに返してよっ!!」


 男の言葉に大声で答えるカリーニャ。僕は笑いを堪えながら、インクを帳場の机に置いた。まさか、本当に汚すわけないのに、彼女のあの慌てよう。先ほどカリーニャに受けた屈辱への仕返しにしてはかわいいものだと思うが、エルフ娘の狼狽する姿に、これくらいで許してやるかと思う。


 帳場の男は、エルフの宿泊について納得し、少年奴隷の宿泊料である厩使用料を、より高額な一般宿泊料に切り替えて請求してきた。無一文であるマーサの宿泊料についても請求されたため、支払総額は結構な額になってしまった。まあ、ザンギからの預かり金はまだまだあるし、必要経費として割り切ろう。


「ノエル、申し訳ない。こんないい宿の代金まで払って貰って。この礼は必ずや――」

「だから。昨日から言っているだろ。礼とか償いとかはもう気にしないでくれよ。そうだ、これからの道中の用心棒代とでも考えてくれればいいさ。それに、マーサの集落にも招いてくれるんだろ? それだけで十分だよ」


 僕はマーサにそう言って、退宿の手続きを取る。忘れ物が無いことを再確認して宿を出たが、なぜかカリーニャは、ずっとマーサの影に隠れていた。


 宿を引き払ってから、北の海峡に向かう街道へ出るための城門に向かって、市街を南北に通るナリアヌ通りを北上する。まだ朝早い時間であり、多くの商店は開店時間を迎えていないようで、大きな通りであるにもかかわらず、人馬の通りは少なかった。


「ノエル、足の裏の傷はもういいのか? 昨日は、あんなに血が出ていたのに」

「ああ、大丈夫さ。薬を塗った後に薬草葉を貼っていたら、大分ましになったようだよ。それに今履いているこのブーツ、とても履きやすくて傷みもあまり感じずに済むんだ」

「そうか、それは良かった。あの傷も、私が貴様の事を誤解して追いかけたから出来たのだったな。貴様には酷い目ばかりあわせて申し訳ない。もう謝るなと、また言うのだろうが、やはり謝らずにはおれんのだ。だから、何度も謝らせて貰うことにする」

「ああ、分かった。気の済むまで謝ってくれていいよ。でもね、僕はいつか、君とのあの最悪の出会いのことを、とても最高の出来事だったと思えるときが来るような気がするんだ」

「ノエル……」

「ふーん、結構いいこと言うんだ、ノエルって。意地悪なくせに」


 マーサの影に隠れて歩くカリーニャが、顔だけを覗かせて言う。


「さっきは別に意地悪したわけじゃないよ。ちょっと風呂の仕返しをしただけだよ。本当にインクで汚すわけ無いじゃないか」

「ふーん、どうだか。まあ、いいですよーだ。次の機会を見つけて、絶対お婿にいけなくしてやるから! 覚悟してなさいよ!!」


 舌を出して変な顔をするエルフ。だがその目は、心なしか笑っているように見えた。


「それはそうと、せっかくこの街まで来たんだし、何か買い物していこうよ。わたし、おいしい果物とか食べたいなー」

『それって、買い物じゃなくて、食事じゃない』

「私も急ぐ旅ではあるが、少しぐらい、皆でこの街を楽しむのも良いような気がする」

「じゃ、決まりだねー。ノエル、なんか、いいお店がないか知らない? 昨日、お散歩行ってたんでしょ?」


 このエルフ、僕がその望みもしない形で強要された“お散歩”で、とんでもなく大変な目に遭って、それどころじゃ無かったことをもう忘れていやがる。


「ダメ! 殿下の捕縛公告が出されるまで時間があると言っても、油断してたらまずいことになるかも知れないだろ。この状況で、のんびり散策なんか出来ないよ。悪いけど、ここは諦めてくれ」

「何よー、ケチ! バカノエル! 少しぐらいいいじゃないのさー!」

『ねえ、カリーニャ。ここはノエルの言うことが正しいわ。これからの長い旅を考えると、今は少しでもリスクが低くなるように気をつけるべきなの。本当のことを言えば、昨夜もこの街に泊まらずに、そのまま先に進むのが最善策だったのよ』

「なんと、そうであったか。本当ならば、私はノエル達に出会えなかったということか。もしそうなっておれば、私は今頃、この街で途方に暮れていたというわけだ。よくぞ、この街に泊まろうと決心してくれた。ノエル、貴様には感謝の言葉しかない」

『あの、中佐。そもそもノエルに出会わなければ、大金を失うことも無かったのでは? 中佐にとって、ノエルは疫病神以外の何者でも無いように思いますが』

「いや、それは違うぞ。ソニア二等軍曹。確かに私は、五万ジュレムもの大金を失った。しかし私は、もしかしたら、その大金でさえ買うことの出来ない素晴らしいものを手に入れたのかも知れない。なんだかそんな予感がするのだ」

「五万ジュレム!? マーサが無くしたお金って、そんな大金なの? それだけあればあんなものやこんなもの、そんなことまで――。どこ? どこで無くしたの? どこかに風で飛んでいっただけかもしれない。今から戻って風の精霊に頼んで――」

『お馬鹿もほどほどにねー、エルフのお嬢さん。ノエルも呆れて言葉も出ないようよ』

「僕の言うことが聞けないんだったら、もう知らないよ。勝手に一人で好きなところへ行ったらいいさ!」

「やっぱりノエルは意地悪だ! いじわる、いじわるー!」


 僕の後ろで、ぶー垂れるエルフと、また来る機会があるさと、慰めるマーサ。コイツら、結構いいコンビかも知れない。そう思いながら大通りを歩み続ける。荷車を牽くブリダヌスも、心なしか楽しそうな顔をしているように見えた。


 暫く歩くと北の城門が見えてきた。この町へ入った東の城門とは比べものにならない大きさの城門。宿で聞いたところによると、北の港町に繋がる大街道に直結するこの門の通行量は尋常でないという。だが、この時間に街を出る人間は少ないのか、意外にも早く甕城(おうじょう)の門を抜けることができた。

 

 大きな運河沿いに続く、道幅の広い街道を歩く僕たち。ブリダヌスの手綱を持つ僕の前を、カリーニャが楽しげな様子でマーサに話しかけている。その横で、同じく笑顔を浮かべながら応えるマーサ。この剣士、あんな表情もするんだと思いながら、僕は二人の様子を眺めていた。


『なんだか、だんだん仲間が増えていくわね。まあ、今のところはみんないい感じだし、アンタの本来の旅のためにも良かったんじゃない?』


 僕の横を歩くソニアが、いつもの戦闘服姿で話しかけてくる。


「うん、そうだね。でも、いつまでも一緒ってわけにはいかない。あくまでも、彼女たちを、それぞれの目的地に送り届けるまでの間だけだ。そこから先は、再び僕らだけの旅になる。ねえ、ソニア。その時が来ても、僕についてきてくれるかい」

『何言ってるのよ。あたりまえじゃない。アタシは最初からアンタとともに旅をするつもりだって事ぐらい知ってるでしょ。アンタが目的を果たすまで』


 そうだった。ソニアに出会うまでは、僕が旅に出るなんて、夢にも思っていなかった。そして、その旅の途中にゲルタッシュを訪れるまでは、僕はソニア以外に旅の仲間が出来ることなど、想像さえしていなかったのだ。


 本人達にとっては望むかたちではなかっただろうが、カリーニャが加わり、そして今はマーサが一緒だ。まだ、この二人がどのような人間なのか、出会って僅かしか経っていない今の状況では、全く判断がつかない。

 しかし、マーサにも言ったように、僕にはとても素敵な出会いのように思えた。そして、この道の先に、きっと素晴らしい出来事が待っている。彼女たちの姿を見ていると、そんな気がしてならなかった。

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