第11話 エルフの腹話術
日没前にもこの光景を目にした気がする。再び鎧を着込んだ剣士が、ベッドに腰掛ける僕の前で土下座しているのだ。
「誠に申し訳ないことをした。まさか、あの言葉が、その、なんだ、男女の交接を意味するとは知らなかったのだ。償いをしたいのは山々だが、さすがに行きずりの者の子を孕む訳にはいかぬ。大変すまないが、ほかの形で償わせて欲しい。何か望むものを言ってくれ。そうでないと、もう私にはどうして良いのか見当がつかん」
最初からそう言えば良かったのに。カリーニャとソニアの指摘に、自分が果たそうとしていた「償い」の本当の意味を知った裸の剣士は寝台から飛び退くと、そそくさと脱いだものを再び着込み、床に額を押しつけた。
『それにしてもアンタ、教養が聞いて呆れるわね。そんなことで、よく今まで軍人を務めてこられたものだわ。帝国軍の軍人サンって、みんなこうなの?』
「せっかく面白いものが見られると期待してたのにー。なんか、つまんない!」
『それにアンタ。さっきからノエルのことを、貴様、貴様って失礼じゃない! 本当に済まないと思ってるんだったら、もっと敬いの二人称を使うか、せめて名前で呼ぶのが常識でしょ?』
「いや、『貴様』というのは、敬いの意味も含むと理解しているが? それに私は、この者の名を知らぬのだ。まあ、そなたらのやりとりから『ノエル』という名だと理解はしたが、互いに名乗り合ってもおらぬのに、口にするのも妙であろう」
『名乗り合っていないって……。じゃあノエル、この兵隊の名前、アンタ知らないの?』
そういえばそうだった。僕はこの人の名前を知らない。なんだか、かなり深い付き合いのような錯覚に囚われるほどなのに。
僕の首肯に、エルフと精霊は呆れ声を上げていた。
「あの、剣士さん。あらためて名乗るよ。僕の名はノエル。それにしても、今更名乗るのも何だか妙な感じだね」
「私は帝国軍帝都防衛隊所属の二等騎士、マーサ・ツンベルグスと申す。名乗りが遅れ、誠に申し訳ない」
剣士は土下座のままで名乗りながら、深く頭を下げる。目前にひれ伏して名乗る帝国軍人を見ていると、なんだか皇帝になったような錯覚を抱く。苦しゅうない。面をあげい。
「マーサさんって言うんだ。わたしカリーニャ、よろしくね! でも、マーサさん。さっきから償いだの何だの言ってるけど、ノエルは全然なんとも思っていないと思うよ。だから、もう気にしないでもいいんじゃないかなあ。それよりわたし、ちょっとおしっこしてくる」
そう言って僕に厠の場所を確かめた後、カリーニャは部屋から出て行った。そして、燭台の明かりだけが点る部屋には、土下座の剣士と僕の二人、そして精霊だけが残される。
少しばかり気まずい空気が漂う中、床に両膝をついたままのマーサが、遠慮がちに口を開いた。
「先ほどは、誠に相済まぬ事をした。まさかあれが、ああいうことだなんて、本当に知らなかったのだ。存ぜぬこととは言え、この大きく醜い身体の私が、ノエル殿に交接を求めていたとは恥ずかしい。馬鹿にするなとお怒りだろうが、私は謝ることしかできない。この件も含めた償いとして、何でも望みを申しつけられたい」
「いや、気にしないでよ。僕は別に怒ってなんかいないから。むしろ、君みたいに美しい人とだなんて光栄だよ。いや、ゴメン。変な意味じゃなくて――」
「それは本当か? 空世辞でも、そう言ってもらえると嬉しいぞ。私もできることなら初めての経験は粗野な男よりも、ノエル殿のような優しい御方に捧げたい。だが今はまだ、子をもうけるわけにはいかないのだ。申し訳ない」
『出会ってから半日も経たないはずなのに、大変仲がよろしいこと』
ベッド脇のヘルメットからソニアの声が響いた途端、マーサはビクンと大きく体を震わせると、部屋中を見回した。
「エルフ殿、いつの間に戻られたのだ? そしてどこにいる? 私から気配を隠すとは、そなた一体――」
『アンタって処女だったんだ。人は見かけによらないわねぇ』
「ぐっ、エルフ殿。どこだ。どこにいる」
その時、なんだかすっきりした顔のカリーニャが扉を開けて、鼻歌交じりに部屋へ入ってきた。
「ただいまー。おしっこ、びっくりするくらいたくさん出たよ。あのね、ここの厠って、スッゴく綺麗で、いつまでも入っていたいくらい――」
「エルフ殿! いくら私が憎らしいからといって、そこまで馬鹿にすることは無いではないか! 先ほどから腹話術まで使いおって! 表の声と裏の声を使い分け、戦士の心を弄ぶとは! 申し訳ない気持ちに堪えてきたが、もう限界だ! 何者なのだ、そなたは!!」
「ふにゃ? 一体なんなの。何のこと?」
銀髪の剣士は床に手をついたままで、その不安そうな目を、脳天気なエルフ娘に向けていた。




