第9話 拾った剣士と怒りの精霊
『ちょっと、ノエル! 一体どういうことなのよっ! ちゃんと説明しなさいよっ!!』
ソニアの怒り狂った大声が部屋中に響き渡る。その剣幕に、僕は思わずたじろいだ。女剣士もばつの悪そうな表情をしている。
『いつの間にか三発も発砲してるし、赤の他人を拾ってくるし、足に怪我までしているし、ホントにアンタ、何考えてんのよ! 大概バカだと思ってたけど、ここまで底抜けのド阿呆だとは、思いもしなかったわ!』
「だから謝ってるじゃないか、ゴメンって。それに――」
『謝って済む問題じゃないでしょ! アンタ、そんなことも分かんないの!? もう呆れて、ものも言えないわよ!!』
「きっと、なんか事情があったんだよ。ちょっと聞いてあげようよ。そもそもノエルを部屋から追い出しちゃったのは、わたしたちなんだし」
女剣士にチラチラと視線を投げながらソニアに意見する、サラサラとした長い金髪のエルフ。閉めた扉の側に立つその姿は、湯浴みの甲斐があったようで、あの小汚い少年奴隷は完全にこの世から消えた。身に纏う白いワンピースと藍色のオーバースカートが、素朴な町娘らしさを醸し出している。
しかし、宿から提供された山羊の石鹸だけで、膠炭のこびり付いたあの汚れが、こんなにもしっかり落ちるものなのだろうか。何かの魔法でも使わなければ、ここまで綺麗になるとは思えないが……。
『事情もへったくれも無いじゃない! 廊下かロビーで待っているかと思えば、何も言わずに外へ出て! そのうえ、いきなり知らない兵隊を連れてきて、面倒を見てやりたいだなんて、一体何を言い出すのやら!』
「知らない人の前では、なるべく話さない方がいいんじゃなかったの? 君の声、この人にも聞こえてるみたいだよ。指向性ナンチャラで、僕だけに聞こえるように話した方がいいんじゃ――」
『あんなのでボソボソ言ったって、アンタみたいなド阿呆にこの怒りが伝わるわけ無いじゃない! それに、今アタシがこれを言わなかったら、更に事態が悪くなるでしょっ!! アタシだって見知らぬ兵隊の前で説教なんてしたくないわよっ!!』
ソニアはなおも、叱責の言葉だけを口にする。そして、全く僕の弁明を聞こうとはしなかった。
女剣士の宿を出てから、次第に辺りが暗くなりつつあるなかを、再びあの路地に戻ってマントや金袋を捜し回ったが、当然のことながら見つかることは無かった。
とりあえず近くの番所に届け出た後、女剣士とともにサイカルゴ商会の宿に戻ると、巨女の姿に不審そうな表情を浮かべる受付に、知り合いに偶然会ったので部屋に招いて良いかと尋ねた。
女の軍人姿にすぐに了承は得られたが、宿泊は可能かと問うと、責任者に確認を取らせて欲しいとのことだった。
僕のノックに部屋の扉は開き、美しく蘇ったカリーニャが優しく迎えてくれたが、後ろに続く剣士の姿に表情を強張らせた。そしてすぐに拳銃の残弾数をソニアに知られることとなり、厳しい叱責を受けることになったのだ。
「でも、ソニアさん。わたしがノエルの旅についてくるのにも、ホントは反対だったんでしょ?」
『え、ええ、まあね。でもあなたの場合、仕方ないじゃないの。あんな変態殿下にこれからずっと酷い目に遭わされるって分かっていて、放っておけるわけないでしょ』
「ありがとう。ホントに感謝してる。でもね、この広い世の中、わたしみたいに、いいえ、わたしよりも酷い目に遭っている人なんていっぱいいると思うんだ。モルノンやクリムに比べたら、わたしなんてまだ幸せな方だと思うし。もしかしたらこの人も、わたしより辛い状況なのかも知れないじゃない? 話だけでも聞いてみないと、わたしたち後悔するかも知れないよ?」
カリーニャは、ベッド脇のヘルメットに向かってそう言いながら、哀れみと悲しみの混じったような目を、女剣士の立ち姿に向けた。




