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ダンジョン攻略は海兵隊魂で!  作者: 乃木重獏久
第4章 イフィー族の巨女剣士
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第4話 露店市場の林檎泥棒

 心細かった。ボディアーマーもなくヘルメットも被らずに歩く街中(まちなか)は、本当に久しぶりだ。ソニアに出会う前は、剣ひとつ持たなくとも、こんな気持ちにはならなかった。

 一度手にした強き力を失うとき、人は誰よりも弱くなる。僕はそれを実感し、己の心の弱さに情けなくなった。


 身に纏うのは、シャツ一枚とズボンのみ。久方ぶりの裸足の裏が、路地の砂石(しゃせき)に痛い。ナイフひとつ身につけず、頼りになるのは一丁の拳銃のみ。弾倉は満たされているものの、旅の今後を考えると、下手に使うわけにはいかない。つまり、今の僕は丸裸のようなものだった。


 こんなことなら、部屋を追い出された後、そのまま宿の廊下かロビーにいれば良かった。今更ながら悔やまれる。しかし、いきなり廊下に叩き出された僕を見つめる、雇い人の興味深そうな目を前にすると、何事も無かったかのように口笛を吹きながら、さも最初から散歩に出かけるつもりであったかのごとく、潜り戸を出るしかなかったのだ。


 何も身に纏わない不安を紛らわそうと、元の色が分からないくらいに汚れきったカリーニャのボロ布を、頭から被ってみる。その臭さに一瞬躊躇したものの、いざ被ってみると、あたたかく優しい何かに守り抱かれているかのような、不思議な安心感が湧いてきた。まあ天気もいいし、近所を少し散策してみるか。なぜか、先ほどまでとは打って変わって気が大きくなる。


 宿のある裏通りを少し進むと、そこは大通りが交わる大交差点だった。荷車や荷馬車、行商人の集団が縦横無尽に規則性もなく行き交っている。車輪の音や輓獣(ばんじゅう)蹄音(つまおと)、飛び交う怒号や人々のざわめきが渾然一体となり、通りを大きく包み込んでいた。

 その片隅に立ち尽くした僕は、ひっきりなしに通り過ぎる荷車が巻き上げた砂埃が、そのまま肺腑に溜まってゆくような気がして、次第に気分が悪くなってきた。


 比較的裕福だとはいうものの、地方の小さな城下町にすぎないゲルタッシュでさえ、そのほとんどが石敷の道だった。それに引き換え、税収も比較にならないくらい多いであろうこの大都会は、どの道も踏み固められた砂か土のままで、舗装されている所は全く見当たらない。


 もちろん施工面積は比較にならないだろうから、そう簡単には出来ないのかもしれない。しかし、今は晴れているから砂埃だけで済んでいるが、これで雨にでも降られたら、とんでもない泥濘(ぬかるみ)になりそうで、人ごとながら心配になる。せめて大通りだけでも石敷きにすればいいのに。


 こんな砂塵の中を目的もなく散歩するのは、よほど奇特な人間だけだろう。やはり宿に戻って、使用人の好奇な視線に堪える方がましだと路地に戻りかけたとき、交差点を挟んだ通りの向こうに、布天蓋が張られた小さな路地が見えた。


 目を凝らすと、いろいろな果物や食べ物を売っているようだ。そうだ。ここは、あらゆる商品の坩堝(るつぼ)ルガンナだ。もしかしたら、よそでは見ることのできないような珍しい食べ物があるかも知れない。今は金を持ってはいないが、興味を引くものが見つかったら宿に戻り、あらためて買いに行くのもいいだろう。ふいに僕の心に湧いた好奇心は、あっという間に不安感をどこかに洗い流してしまった。


 強い日差しのなかを多くの人々が行き交う路地。数多くの露天が連なり、その隙間は客や通行人でごった返している。とはいえ、露天の売り物を見て楽しめる程度の適度な間隔は保たれており、散策に苦痛を感じることはなかった。


 今、僕がいるところは、果物や野菜などを取り扱う露天が集まる一角のようだ。興味深く覗いていると、路地の少し先から独特の塩臭(しおくさ)い空気が漂ってきた。この匂いは魚だ。それも海産の。海のない地域で長く生きてきた僕にとって、海産魚はごくたまにしか食べられないご馳走なのだ。どれぐらいの値段がするのかは皆目見当がつかないが、こんな露天で売っているんだ。そう法外なものではないだろう。そう考えた僕は、期待に胸を膨らませて足を踏み出そうとした。


「くそっ、このガキ、待ちやがれっ! 誰かそのガキ、捕まえてくれっ。商品のリンゴを盗みやがった!!」


 突然、後ろで大声が上がった。これだけ人が(ひし)めく市場だ。盗みも当然多いだろう。近くに盗人がやってきたら、僕も捕縛に協力してやろうかと思ったが、あっちだ、こっちだ、向こうだと、騒ぎは少しずつ遠くに移っていく。どうやら盗人は、向こうの方へ逃げてしまったようだ。これじゃあ、僕の出る幕はないなあと思いながら再び歩き出そうとすると、被るボロ布の上から、いきなり右肩を掴まれた。


「!?」

「貴様、盗人だな。早く盗んだものを返してやれ。今なら許してもらえるかもしれんぞ」


 なんだ? 意味が分からない。僕が盗人? 逃げた犯人に間違えられた? しかし背後の遠くからは、未だに、そっちへ行った、逃げるな、返しやがれと、犯人追撃の様子が窺える。ならば何故、僕は盗人として疑われて肩を掴まれているのだ? 僕は振り返ろうとするが、かなり腕っ節の強い人物のようで身動き一つとれない。肩を一掴みすることから、その()の大きさが窺えた。


「あの、何も盗んでませんけど……」

「向こうの店からリンゴを盗んだんだろう? 一緒に行ってやるから返しに行こう」


 背後から聞こえる、肩を掴む人物の中性的な声。そのかなり後ろの方で、捕まえた、この野郎、てめえ容赦しねえぞと、声高な叫びが小さく聞こえる。


「あのぅ、捕まったみたいですけど。犯人」

「ああ、私が今捕まえている。だから、行こう。酷い仕置きを受けぬよう、私も一緒に謝ってやろう」

「だ・か・ら! 僕は何もしていない!」


 そう言って、力任せに腕を振り払うと、掴むその手にボロ布だけを残して、するりと抜け出すことが出来た。犯罪者呼ばわりするやつは一体どんな野郎なんだと、僕は後ろを振り返る。


 そこには、午後の太陽を背にして僕を見下ろす、白いマントを頭から被った巨人がいた。

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