第6話 野獣死すべし
(注)本話は作中に残酷描写、暴力描写があります。
「おい、何やってんだよ、おまえ」
間近で生じた銃声に両耳を押さえる小太りの男は、何が起こったのか分からないようだった。そして、すぐ脇に倒れている倒れた仲間を抱え起こすが、破裂して大きくめくれあがった後頭部から鮮血と乳白色の脳漿がこぼれ落ちるの見て、小さな悲鳴を上げた。
相棒の飛散物が、自分の全身に付着していることには全く気づいていないようだった。
「おっ、おめえっ。いま、何しやがった」
「降りかかる火の粉を振り払ったまでのことさ。火の粉はまだまだあるようだね」
「殺してやる! ぜってえ殺してやる!! 前言撤回だ。とことん苦しませて殺してやるからな!」
小太りの男は、興奮しながらも少し余裕があるようで、顔面に付着した血や脳漿を拭うことなくニヤリと不敵な笑みを浮かべ、その前歯の無い口の中で、もごもごと何かを唱える。
すると、御者席に点っていた前照灯がフッと消え、辺りは闇に包まれた。だが途端に、ゴーグルの魔鏡には緑色の世界が広がり、辺りがはっきり見える。視界の隅に小さく浮かぶステータスウィンドウには「赤外線モード」と記されていた。
「おめえ、妙な魔法が使えるようだがな、こう暗けりゃ何も出来ねえだろ? だがよ、俺たちは闇の中でも見通せる“暗望魔法”が使えてよ、おめえの姿は丸見えだぜ。これから、いたぶって、いたぶって、とことんいたぶって殺してやるから覚悟しやがれ!」
そう言う小太りは、確かにこの暗闇でも目が見えているようで、僕の顔に視線を向けながら剣を構えなおす。やれやれ、こんなクズでも魔法が使えるというのか。そう思うと、魔法には縁の無い自分が情けなくなる。
そんな僕の気持ちをよそに、小太りの言葉に呼応するかのように、馬車内からは慌てたような幾つもの足音が響いてきた。
『ノエル、車内の連中が降車してくるわよ』
「わかった、任せろ」
小太りの背後に位置する後部乗降口から、剣を構えて馬車の右側へ飛び出てきた男の目が僕を捉えた瞬間、闇を叩き裂く銃声とともに、男は頭蓋の内容物を辺りへ飛散させ、その場に崩れ落ちる。その体に躓き無様に地面に倒れ込む、続いて降りてきた男達。そこに向け、更に三回ばかり引き金を絞ると、馬車のすぐ右脇に、破裂した頭を持つ男の死体が四つ、積み上がっていた。
相棒の変わり果てた姿と、馬車横に重なる死体を前に、小太りの男は腰を抜かしたのか、地べたにへたり込んでいた。どうやら既に戦意を失っているようだ。
「あんた、一体何を……」
「だから火の粉を振り払っているだけだって言ってるじゃないか。あんたも火の粉であり続ける以上は払わせて貰うけど、構わないよね?」
僕は男に近づきながら問いかけるが、僕を見上げる怯えきった目は、既に火の粉では無いと主張しているようだった。だが、僕は盗賊が嫌いだ。こいつらには生きる権利なんかない。存在している限り、僕にとって永遠に火の粉なのだ。だから、この男の運命も既に決まっていた。
「悪いけど、あんたには今後の人生を諦めて貰おう」
「た、頼む。許してくれ。今夜捕らえた女共や隠している宝も全てやるから――」
「ごめん、僕はそんなことに興味が無いんだ」
小太りの男は、既に戦意がないことを示すべく、自らの剣を小さく放り投げた。男の急な動きに用心しながら、その剣を手に取ると、なかなか重量バランスが良い。あまり装飾が施されていないことから、最近のものではなさそうだ。おそらく戦時中に戦場で拾ってきたのだろう。僕はあまり剣技は得意ではないが、一旦銃を肩に掛けて両手で構えてみると、結構様になっているように思えた。
「ふーん、なかなかいい剣だね。どこで盗んできたんだい」
「そ、それ、いい剣だろ。俺も気に入ってるんだ。良ければ、あんたにやるよ。だから――」
「いや、いらない。薄汚い血で汚れた剣なんていらないよ」
「よく見てみろよ、どこにも血なんてついてないぜ。それをやるから、どうか――」
その先は言葉にならなかったようだ。それはそうだろう。胴と首が離れてしまっては、喋ることはできないはずだ。たとえ鬼畜であっても。
僕が振るった剣は、うまく男の首に入ったようだ。あまり抵抗を受けることなく綺麗に刃が抜けた後には、鮮血を噴き出し、豚の鳴き声のような音と血の泡を垂れ流す小太りな体が残されていた。静かに倒れ込むその物体の脇に、今し方、枝から落ちた不味そうな果実が、揃わぬ歯を持つ半開きの口で、何かを乞うているかのように見えた。
「だから、こんな汚れた血がついた剣なんていらないって言ったろ。見たかいソニア。弾を一発節約できた。剣の戦いも案外向いているかも知れないね」
『今のは戦意を喪失した無防備な相手を斬っただけでしょ。倒せて当然じゃない。そもそも、武器を捨てて命乞いをしている相手を殺害するなんて、アンタが合衆国の軍人だったら戦争犯罪で軍法会議ものよ。まあ、アンタの盗賊に対する憎しみの強さは知ってたけど、普段の温厚なアンタからは想像できないわね』
「盗賊なんだ、仕方ないだろ。こいつらは魔物と同じ、いや、それ以下の存在だ。僕は決して存在を認めない。ただそれだけのことさ。もう、この話はいいだろ? 盗賊はまだ四人も残っているんだから」
ソニアはそれ以上は何も言わず、車内にいる四人の様子をゴーグル内に映してくれた。車両の壁の向こうには、生きている人間の体温を示す黄色い四つの人影がある。一旦は仲間に続いて降車したものの、次々に積み上がる仲間の死体に恐れを抱いたのか、再び車内に戻ったようだ。そいつらは窓越しに小太り男の殺害を見ていたのか、次の行動を決めかねているようだった。
だが、すぐに結論は出たらしい。僕の侵入に備えるべく、二名が後部乗降口の両脇に別れて剣を構える。残り二名は僕から反対側にある、車両左側の窓から外に出ようとしていた。おそらく、そこから降車して、回り込んで来るつもりだろう。
僕は、男の頸椎に当たって刃こぼれをおこした盗賊の剣を地面に捨て、再び小銃を構えると、四つの黄色い頭に向けて、馬車の薄い木壁越しに一発ずつ引き金を引いた。




