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ダンジョン攻略は海兵隊魂で!  作者: 乃木重獏久
第3章 闇森の戦闘
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第4話 乗合馬車は怪しい香り

(注)本話は作中に残酷描写があります。

 気がつくと、カリーニャは眠っていた。その黒く汚れた、あどけなさの残る顔に浮かぶ涙の筋が哀しかった。せめて夢の中でだけでも、この現実を忘れてくれればいいのだが。


 さて、周辺警戒はソニアに任せて、僕ももう寝るとするか。誰かに見つかるリスクは高いものの、カリーニャの不安を和らげるために焚いていた火を消そうとした、その時。


『ノエル、不審な音を感知したわ。数は一。音紋からして馬車のような車両だと思う。街道西方より低速で接近中。距離、約一.五マイル。人数は対人センサー有効範囲外のため不明。突然気配が生じたことから、当初からその付近で待機していたみたい。どうも怪しいわね、この車』


 慌てて焚き火を消しながら、カリーニャの方に目をやるが、暗闇に何も見えない。すぐにゴーグルを下げて彼女を見ると、ソニアの言葉が聞こえたのか、すでに目を覚ましており、ロバにもたれていた身を起こして、街道の西側へ黒く汚れた顔を向けていた。ブリダヌスも目を覚まし、首をもたげて耳をそばだてている。


 再び訪れた闇の中で、カリーニャにここを動くなと指示してから、僕は道の中央に出て西を臨んだ。ゴーグルの中の街道は、曲がることなく直線で、遙か向こうに馬車らしきものの前照灯が揺らいでいる。望遠モードに映る馬車には、二名の御者のぼやけた影以外に人の姿は確認できない。


 おそらく向こうからは、先ほどまで焚いていた火が、丸見えだったことだろう。だが、火が消えた今は、こちらの正確な位置までは分からないはずだ。来たるべきトラブルを、エルフのいる野営地で迎えたくなかったので、僕は自ら馬車に向かうことにした。


 先を進むソニアの後ろについて、小走りで馬車の明かりに向かう。すでに野営地からは、かなり離れてしまったようで、ソニアにもエルフとロバが感知できないとのことだ。

 ソニアの対人感知能力は半径百ヤード程度の有効範囲しかない。少しばかり不安になった僕は、取り敢えずこのあたりで相手の様子を伺うことにしようと思い、街道脇の森陰に一旦隠れることにした。


 それにしてもソニアの世界の単位は種類が多い上にわかりにくい。一マイルが約一六〇〇ミータ、一ヤードが一ミータ弱。フィートに至ってはひとつ約〇.三ミータのうえ、単数では一フートだなんて、あまりにも複雑すぎる。重さや面積についても同様に複雑だ。


 ソニアに出会ってしばらくの間は、彼女の言う距離や重さを、いちいち一般的な単位に換算していたが、いつの間にか、ソニアの使う単位が体感できるようになっていた。


 戦闘に備えて装備状況を確認するため、目前の空中にステータスウィンドウを開く。装備品は弾倉装着済みの小銃『M16A4』と拳銃『M45A1』が一つずつ。そして、銃剣にもなるナイフが一本と、手榴弾三個に閃光手榴弾が二個。弾倉は銃に装着しているもの以外に小銃用が五個と拳銃用が三個だ。半透明のウィンドウに表示されているこれら以外にも、背負っている背嚢のアイテムバッグに入れた武器弾薬が多少あるが、すぐに取り出せるものではないので、表示からは除外している。


 戦闘では残弾管理が非常に重要となるため、このステータスウィンドウは命綱だ。戦闘時にはサイズを小さくし、視界の邪魔にならないところに移動させて常に表示する。ゴーグルを通してでないと見ることはできないものの、そこに表示される血圧や心拍数も、自分の精神状況を客観的に把握する役に立つ。


 以前にソニアが説明してくれたとき、レベルやスキル、HPやMPは表示されないけど悪しからず、と冗談めかして言っていた。もしも、それらが表示されるのであれば、今よりもっと効率的な戦闘ができるのだろう。そう思うと一度見てみたい気もする。でも、レベルやHPって、一体何のことなのだろう。


『馬車の様子が分かったわ。二名の御者の他、車内に十二名。うち四名は体温が二十八度以下のため、死亡している模様。生存の八名が短剣を所持。もちろん銃火器による武装は確認できず。御者も短剣を所持しているわ。これ、絶対乗合馬車じゃないわよ。注意して』


 しばらくして、木立の間に身を潜める僕の前を、非常に遅い動きで馬車が進んでゆく。四頭の馬が牽く、十名程度は乗れるであろう四輪の大型馬車。その車輪が回るたびに、踏み固められているはずの路面に沈み込み、浅い轍を生むことから見ても、かなりの人数が乗車しているようだ。


 乗合馬車ならば、全く心配はいらないはずだ。ただ、やり過ごすだけで良い。もし、僕らの野営地での休憩を望まれたとしても、特に断る必要もないだろう。


 しかし、よくよく見ると、二人の御者の様子がどうも妙だ。ソニアの言ったとおり、その腰には短剣が下がっている。もちろん、盗賊の襲撃に備えて武装していること自体は決して不自然ではないが、あの剣は純粋な戦剣だ。あんなものの装備は軍人や傭兵以外では考えられない。

 では、あの馬車は軍用か。それも違う。車輌の側面には、二羽の鳩の刺繍が施され、その下に「Low-cost coach」と記された大きな旗が張られている。間違いなく乗合馬車だ。


 馬車は森陰に隠れる僕に気付くことなく、目前をそのまま通り過ぎる。そしてゆっくりと、しかし確実に野営地へ近づいていく。その後ろ姿を見守りながら逡巡していると、暗い車内に人影が見えた。しかしその姿は、この車の異常さを如実に示していた。


 暗視モードで車両後部から覗く車内には、短剣を抜き身で構える八名の男の立ち姿が見える。車内のベンチでは数名の乗客が力なく揺られているが、そのいずれにも首がなかった。後部乗降口のステップから滴る黒っぽい液体は血だろうか。


 これは確かに乗合馬車に間違いない。盗賊の襲撃を受けて奪われた馬車だ。こいつらが盗賊ならば、このまま進ませてはいけない。ここから引き返させるか。いや無理だ。こいつらは、焚き火が見えた方向へ間違いなく向かっている。そこにいるはずの旅人から略奪するために。ならば、今すぐに殲滅するか。


 しかし、彼らが、襲撃者から命からがら逃げてきた、正規の馬車である可能性も否定できない。ここは一旦、こいつらの足を止めて、その正体を見定めることが先決だ。もし、予想通りこいつらが盗賊ならば、絶対に容赦しない。僕は盗賊の存在を許さない。そのときは、正義の鉄槌を下すまで。そう思いながら僕は、馬車の前に回り込むため、街道に沿って森の中を小走りで駆け進んだ。

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