第14話 ソニア降臨す
『しっかしノエル、アンタお芝居下手ねえ。台詞回しも、わざとらしいし。大体、売り飛ばそうとするために攫う娘に銃を突きつけて、追ってくれば殺すだなんて、論理が破綻してるじゃないの。そもそも端から売り飛ばすつもりだったら、何も言わず依頼どおりに旅へ連れて行けばいいだけでしょ? アンタの芝居自体が矛盾なのよ』
「でも、わたし、信じ込んじゃった。ノエルさんが悪霊に取り憑かれていると思ってたから。酷いことをして、ごめんなさい。もしも、その『安全装置』がなかったら、ノエルさんを殺していたんですよね。本当にごめんなさい」
『それにしてもあなた、躊躇なく引き金を引こうとしてたわねえ。悪霊に取り憑かれているんならノエルは悪くないのに。って、アタシ悪霊じゃないんですけどっ!』
「ごめんなさい、ソニアさん。あの時は訳が分からなくなっていたの。それにソニアさんって、わたしの友達の精霊達と違って姿も見えないし、声しか聞こえないんだもん。正直わたし、怖かったんだから」
室内の騒動が、ザンギの制止により落ち着きを取り戻し、あらためて席に掛け直した僕たち。そして今度はカリーニャも、ザンギの横で席についていた。
カリーニャは、僕の耳元から僅かに漏れるソニアの声を聞き、悪霊だと勘違いしたのだという。昨夜の酒場でも同じ声が聞こえていたが、酔客か娼婦の声だろうと、気にも留めなかったらしい。エルフは尋常でない聴力を誇ると聞いてはいたが、どうやらそれは本当のようだ。
さらに彼女は、風や土、水や火の精霊と会話が出来るという。先ほど、人攫いからエルフを守ったのは、その精霊達だそうだ。彼らが、動くべき最良の方向にカリーニャを誘い、僕の両足を払って引き倒し、後ろ手に拘束して組み伏せた。果たして、僕は首の後ろに銃口を感じることになったのだ。
エルフの聴力の前に『独言』の真実が明らかになった以上、隠していても仕方ない。ソニアは二人に、スピーカーから正体を明かした。
『それに、おじさんもおじさんよ。ノエルの芝居に気付いてたんなら、すぐに娘から銃を取り上げるべきでしょ? もしも安全装置がかかってなかったら、あるいは何かのはずみで解除されていたら、このバカは今頃あの世じゃないの』
ソニアが、ザンギに対してもぞんざいな口をきく。ゴーグルを跳ね上げたままなので彼女の姿は見えないが、どうやら僕のすぐ側に立っているようだ。その口調からすると、腕組みでもして偉そうにふんぞり返ってでもいるのだろう。
「申し訳ありません。しかしその魔道具、はじめから魔法が発現しない仕組みを施されているものと確信していましたので」
『それはまあ、確かにそうなんだけど。でも、「確信」は「確実」ではないし、仮に確実であっても、想定外の事故が起こることもあるんだから、次からは気をつけてよねっ!』
「なるほど、仰るとおりですね。勉強になりました」
大人の対応で、ソニアの言葉をさらりと躱すザンギ。でも、想定外の事故って言うが、それならば、僕がカリーニャに銃口を突きつけたときだって、同じことが言える。だからソニアは僕を咎めたのか。そう思うと、何故か急に恐ろしくなってきた。
『とにかく、ノエルの大根芝居を見て分かったでしょ? このおバカが罪を被らないことには解決しない。それ以外には、おじさんがあのカス殿下から罰を受けるか、エルフ娘が陵辱されるかしか道は残されない。下手をすれば、いずれも現実になるおそれだってあるわ』
僕のヘルメットから流れるソニアの言葉に、二人は殊勝に聞き入っていた。
『でも、正直なところアタシは反対。こんなバカでも、ノエルはアタシが守るべき大切な存在なの。それを、みすみす悪人に仕立てるなんてイヤなのよ。ただでさえ、正義感が強いこの子を』
この子って言うなよ。ソニアは時々、僕を子供扱いにすることがあるが、いちいち抗弁するのも煩わしく、いつの間にやら気にならなくなっていた。でも、せめて人前で口にするのは、やめて欲しいところだ。
『そこで提案。昨夜の様子から、殿下とそのお付き連中は、ノエルを「雷閃の死神」だと思い込んでる。“敵”のなかでノエルの顔を知っているのも、あの数人だけ。それを利用しましょう。ああ、なんということでしょう。エルフ誘拐事件の犯人は、あの「死神」なんですって。強大な魔物や軍勢を、いとも簡単に殲滅できる魔戦士が、殿下の正室候補を攫っただなんて! たった一人のエルフのために、払う犠牲は無限大。ここはひとつ諦めて、端から無かったことにしよう、なんてことにならないかしら?』
「でも、僕は普段からこの恰好なんだから、『雷閃の死神』だろうが、『独言のノエル』だろうが、僕が犯人であることには変わりないよね? 別に僕は構わないけれど」
『ここで重要なのは、追われる可能性を低くすることよ。もちろんアンタも強いけど、相手はそれを知らないんだから、全く抑止力にはならないわ。だから、追う気にもなれないくらいに強いと思われている人物を騙って、追跡を諦めさせるってわけ。そのうえ、アンタ自身の名前も傷つかない。これ以上いい方法があれば、どうか教えて欲しいもんだわね』
「でも、『死神』本人に知られたら、酷い目に遭わされるんじゃないの? 追っ手はなくなるかもしれないけれど、手配書くらいは回るでしょ? “誘拐事件”は実際に起こるんだし。罪を押しつけられたことを知ったら、それこそ『死神』に付け狙われるんじゃないかしら?」
カリーニャが、不安そうに指摘する。その表情は先ほどよりは穏やかにはなっていたが、やはり不安が拭い切れてはいないように見えた。
『多分、大丈夫よ。いずれ『死神』を見つけ出し、事情を説明して協力して貰うつもりだから。噂話を聞く限り、彼は友軍のはずだし、絶対理解して貰えるはずよ』
「よし、それでいきましょう!」
ザンギは膝を手で打ち、大きな声でそう言って立ち上がると、僕に深々と頭を下げる。
「ノエルさん。本当に感謝します。どうか娘をよろしくお願いいたします」
そして再び見せる表情には、何か吹っ切れたものがあった。
「私は計画の概要を、衛士隊長のライカンに話してきます。いや、ご心配なく。そもそも此度の逃亡ばなしは、カリーニャを不憫に思って明け方に訪ねてきた彼奴が提案してきたことなんですよ」
その言葉に、僕は驚きを隠せなかった。なぜここで、殿下の衛士の名が出てくるのか。ソニアも同じ思いなのだろう。『えっ?』と言ったままスピーカーは、かすかに地虫の鳴くような音を流すだけだった。




