第10話 陽光溢れる城下町
ドルフの店を出ると、すでに時刻は正午を過ぎていた。どうやら思いもよらず、長い時間話し込んでいたようだ。
結論は思ったよりも早く出た。ソニアは僕を介して、三十発の弾薬を装填した弾倉一つをドルフに預け、弾倉・弾薬の分解手法や取り扱い上の諸注意を、何度も何度も念押しするように伝えるとともに、まずは百個の弾倉を、できる限り早く複製するように依頼した。
さらに研究資材として、手持ちの小銃用空薬莢も全て手渡し、もしも弾薬の複製が難しい場合は、それを用いて新たに製作するようにも頼んだのだ。
当初、ドルフは費用はいらないと言ったが、いくら少しは蓄えがあるとはいえ、店の経営が思わしくないと聞いてしまった以上は甘えるわけにもいかず、量産の目処さえ付けば、改めて原材料にかかる費用は僕が負担することとなった。
そのためにも、これからなんとかして稼がねばならない。ドルフから近場にあると聞いた鉱山跡で、魔物狩りでもしてみるか。
そして、約定にあった第三者に対する情報の開示については、配偶者に限り、依頼案件の遂行を目的とする場合のみ可としたが、どんなことがあろうとも、ミルムが口を滑らさないように注意するようにドルフに念を押した。
もちろんドルフは二つ返事で承諾し、できるだけ早く試作品を完成すると言うと、早速分解作業に取りかかった。
今、僕の左手には、薄い茶色をした半透明の盾がある。ドルフは冥府の神ハーデースへの供物だと言って、あのスライムの盾をくれた。値札に記されていた金額を思い出し、その高額さに一旦は断ったが、どうせ飾っていても売れないから、是非とも使って欲しいと言うことだったので、有り難く頂戴したのだ。
「しかし、用心深いソニアにしては珍しいよね。昨夜出会ったばかりの人物に、小銃を見せてもいいだなんて」
『だって、しょうがないじゃないの。そろそろ弾薬の残りが心細いんだから。この分だと、まもなく銃は、本当にただの杖になってしまうわ。弾薬という制約があることを知られるのはリスクがあるけど、鉄の杖を抱えて旅するよりはいい。そう思って賭けてみたの。それに、“神様”があれだけ神罰をちらつかせたんだから、他言することもないんじゃないかしら』
「神様ねえ……。それにしても、ソニアのあの格好、一体なんなのさ? 悪魔か悪霊みたいな格好して」
『アンタ、ホントにセンス無いわねえ。ハロウィンっぽいコスプレで、結構人気あるのよ、あの格好』
「まあ確かに、ドルフの子供は喜んでたけどね、ソニアの悪魔な格好に。でもあの子、ソニアが見えるなんて、精霊使いの才能があるんじゃないか?」
『そんなわけないじゃない。アタシのことは、ゴーグル内のディスプレイでしか見られないんだから』
「でも、ずっとソニアのいる方を見ていたよ、あのユウキって子」
『偶然よ、偶然。それにあの子、「青い髪」って言ってたじゃない。アタシの、この美しい深紅の髪が見えていなかった証拠でしょ? あの子、誰も座っていない椅子に、想像上のお友達が見えていたのよ、きっと』
そう言って、ショートカットの赤い前髪を指でつまみながら僕の横を歩くソニアは、弾薬が入手できるかも知れないという期待感からか、いつもより機嫌がいいように見える。
店の脇を流れる小川には、滔々と澄んだ水が流れていた。ドルフ曰く、金属の精錬に必要な水と工作機械を動かす動力を、町を東西に流れるこの川から得ていると言うことだ。
柔らかな日差しが射すなか、その川のほとりの石畳で舗装された道を、町の中心にある酒場に戻るため、僕はのんびり歩いていた。
分城の城下町であるとはいえ、比較的大きな農村に毛が生えた程度の広さにしては、近代的な造りの町。昨夜に酒場で聞いた話では、財政的に豊かな現領主の方針で成されたものだと言うことだったが、眩い陽光の下であらためてみると、下手な城砦都市よりも、その生活水準は高い様に思える。そのためだろうか、住人の表情も皆穏やかに見えた。
町の其処此処を、衛士が巡回している。その姿はいずれも、衛士隊長ライカンほどの貫禄はないものの、規律を重んじ、民の模範となるような、清廉さが溢れたものに見えた。昨夜目にしたような、品位に劣る傭兵とは全く比較にならない。
なぜ、ここの領主は、この町の衛士に傭兵なんかを加えているのだろう。品位は劣れども、武人としての実力に秀でた連中なのか。しかし、昨夜の様子からは、とてもそうとは思えない。
ドルフが言ったように、日没後の城門警備が正規兵によるものだったら、怪しげな姿の僕は、この町に入ることができなかったかもしれない。そういう意味では、傭兵様々だ。
衛士達は、僕の姿を視界に認めながらも、特に誰何してくるわけでもなく、絡んでくるわけでもなかった。その目はいずれも怪訝そうな色を浮かべていたが、僕に怖れを抱いている様子もなく、ただの見知らぬ部外者に向ける視線以外の何物でもなかった。
ドルフへの依頼案件は、その完成までに時間がかかりそうだ。だから、この町にはしばらく逗留することになりそうだが、結構居心地が良さそうな町で良かった。もちろん領主の御曹司を除いてのことだが。
酒場へ戻ると、店内の薄暗さは相変わらずだったが、多くの食事客で賑わっていた。その中には、昨夜に見かけた酔客の顔がいくつか見える。彼らが、カリーニャの一件を噂していたからか、初訪問時とは打って変わり、彼らにとっては相変わらず見慣れない恰好をしているにも関わらず、僕は暖かく迎え入れられた。
残念なことに、僕の指定席はすでに塞がっていた。他に空席はなかろうかと、騒がしい店内に顔を巡らすと、厨房の入り口で給仕に料理を受け渡すミルムと目が合った。笑顔のミルムは「ちょっと待ってな」と大声で叫んで厨房に引っ込む。そして、間もなくザンギが現れた。
「ノエルさん、こちらへどうぞ」
ザンギはそう言って、彼が昨夜カリーニャを抱えて消えていった店の奥の扉に僕を誘う。彼に言われるまま潜った扉は、宿屋の帳場に通じていた。
酒場とは打って変わって静まりかえる宿屋の廊下を突き進むと、繊細な彫刻が施された扉の前にたどり着く。そこには『貴賓室』と記されたプレートが掲げられていた。




