クビになった臨時雇いは、最強無敵の異名持ち(後 編)
独言のノエル。全身砂色ずくめの格好で大きな背嚢を背負う、孤高の魔戦士。長きにわたって一人で過ごしすぎたせいか、常日頃から独り言が止まないという。頭には、砂色をした半球状の兜を被り、そして顔には、同じく砂色の、小箱のような仮面をつけており、素顔を見たものは少ないらしい。
その見慣れない姿には、魔戦士らしさの欠片も見出せないが、肩に担ぐ黒い魔杖をひとたび構えれば、放つ魔法で向かうところ敵なしだそうだ。
たった一人で複数の盗賊団を壊滅させ、危険な魔物の巣窟を焼き払ったことも数知れず。今現在、ガレイド山脈の東方において、最強と言っても過言ではない小柄な男。そして、名戦士ゾルムテでさえ、彼を決して敵に回したくないと言う。
「そんな……。でも、アイツ、そんなに凄い魔戦士だなんて、一言も……」
「自分でそんなことを言う奴はいねえ。己が強いって誇らしげに口にするのは、弱い奴か阿呆だって、相場が決まってるだろ」
戦士の言葉に、若者達は言葉を詰まらせる。
「まあ、あいつは世間に名が売れているわけでもないからな。お前らが知らなくても当然だろうよ。だがな、俺たちの間では有名な話だぜ」
「でも、ゾルムテ様! アイツは今日の戦闘に、一切参加しなかったんですよ! ああしろ、こうしろって口を出すばっかりで! 結局、魔狼の群れを仕留めたのは、あたし達だったし! ゾルムテ様を疑うわけじゃないけど、ほんとにアイツ強いんですか!?」
紅一点の魔道士が、諫める仲間を無視して戦士に食ってかかる。
「お嬢ちゃん。魔狼っていうのはな、一体一体は大したことのない魔物だ。お前らみたいな若造でも、仕留めることは簡単だろうよ。だがな、群れとなったら別物だ。あんなに恐ろしい魔物はいねえ。ボスの統率のもとに手下が連携して襲って来たら、後は逃げるしかねえんだ。そして、逃げ切れる保証もねえ。お前らが受けたっていう依頼、俺なら絶対受けねえな。よほど報酬がいいなら別だがよ」
「でも俺たちは、立派に依頼をこなしましたよ? それって、俺たちの実力なんじゃ……」
「なあ、お前ら。さっき、ノエルは口を出すばっかりだった、って言ったよな。よく思い返して見ろ。それって、敵の動きの情報と攻撃の指示だったんじゃないのか?」
そうだった。確かにノエルは、仲間の誰それから見て、どの方向から何頭の魔狼がやってくるかを、そして攻撃すべき個体の順番とその動向を大声で叫んでいた。仲間の誰もが「それぐらい、言われなくても分かってる!」と煩く感じ、「余計なことを!」と腹も立てた。
しかし、今にして思えば、ノエルのあの叫びがなければ、もしかしたら……。いや、もしかしなくても、今頃は魔物の餌になっていたのではないかという思いが、冒険者達の脳裏をよぎっていた。
「で、でも! そんなに強いなら、あたし達に指示して戦わせるなんて、まどろっこしい事しないでさ、自分で退治すりゃ良かったんじゃん!!」
よほどノエルに思い入れがあるのか、女魔道士は懲りることなく戦士に噛み付く。
「あのなあ、お嬢ちゃん。そんなことをしちゃあ、お前らの面子が丸つぶれじゃねえか。あくまでも、あいつは雇われ人だったんだろ? それによ、魔狼の群れ相手なら、あいつの攻撃魔法で簡単に殲滅できただろうがよ、その威力が大きすぎて、お前らまで巻き込んだ上に、その村にまで被害が及ぶって考えたんだろうよ。だから、攻撃はお前らに任せて、自分が指示を出す戦い方を選んだんだろうな。俺があいつなら、そうするぜ」
ようやく女魔道士の口も開かなくなった。辺りには他の客のざわめきだけが、低く静かに響いている。
「とにかく、俺のことはあきらめな。まあ、『独言のノエル』でさえクビになったんだ。俺なんざ、半日ともたねえだろうがな」
名戦士は、高らかに笑いながらそう言うと、エールを呷った。
「それじゃ悪いが、俺は失礼するぜ。宿も探さにゃならねえからよ」
ジョッキの残りを飲み干した戦士ゾルムテは席を立つと、マスターに「明日また来るぜ」と言って出口に向かった。そして、扉を開くと足を止め、振り返ることなく片手を軽く挙げる。
「まあ、せいぜい死なねえようにがんばれや」
残された若者達は、ただ佇むしかなかった。
どうやら自分たちは、大きな間違いを犯してしまったようだ。あのままノエルをクビにせず、正式な仲間に迎え入れ、今後も共に戦い続けていけば、いずれ自分たちは最強の冒険者として、名声を轟かすことができるのではないか。
それなのに、そんなに凄い魔戦士だとは知らずに、ノエルを追い出してしまった。でも、まだ間に合うかもしれない。早く追いかけて、仲間に引き戻すことができれば……。
皆、同じ結論に至ったのだろう。顔を見合わせ、頷き合う四人組。そして出口に向けて動き出そうとしたとき、「ちょっと待て」と、マスターに呼び止められた。
「ごめんよ、マスター。勘定するのを忘れてた。今はちょっと急いでるから、釣りはいいや」
「おう、悪いな。それと、悪いついでだが、あんたら明日からは来ないでくれや」
酒代を放り投げるようにして支払い、外に駆け出そうとした冒険者達は、その言葉に足を止める。そしてマスターを振り返った。
「マスター、今の、どういう意味?」
「言葉通りだ。明日から、いや、このまま出て行ったら、二度とここには来ないでくれ」
マスターは、若者達と目を合わせることもなく、カウンターを拭きながら、冷たく言い放つ。四人の冒険者は、その意味がなかなか理解できないようで、戸惑いの表情を浮かべたまま立ち尽くしていた。
「あんたら、評判悪いよ。短期で雇った仲間に難癖つけて、端金を払って、辞めさせて、儲けはガッポリ自分らのもんにするってな」
いつの間にか、店中の客の冷たい視線が、自分たちに注がれていることに気づく冒険者達。
「それにあんたら、四人じゃないか。パーティーの頭数も揃えられないような半端者の相手をしてるほど、こちとら暇じゃないのでね」
「頭数だって? そんなのすぐに見つかるさ。毎日この町には、地方から冒険者になりたいっていう奴らが集まって――」
「おいおい、誰が好き好んで、最強無敵の魔戦士の反目に回った連中の仲間になるっていうんだ?」
「それなら問題ないさ。今からノエルを連れ戻しに――」
「あんたら、本当に救いようのない阿呆だな。あの魔戦士を、今から追いかけるって言うのか? 殺されに行くようなもんだぞ」
「まさか。アイツが俺たちにそんなことするわけ――」
「殺されるわけがないってか。どれだけめでたいんだよ、あんたらは。さっき、あれだけ酷い仕打ちと罵詈雑言を浴びせておいて、よくもそんなことが言えるな。どれだけ面の皮が厚いんだ。あのな、少なくとも俺だったらな、あんな目に遭わせられたら、絶対に許しゃしねえよ。次に会った日にゃあ、二目として見られない姿にしてやるさ。あんたらはそれだけのことを、さっきも、そして今までもしてきたんだよ!」
「…………」
「もう一度言うぞ。ここから出て行ってくれ。そして、二度と顔を見せるな」
マスターは静かに再び言い放つと、若者達に顔を向けることもなく、自らの仕事に戻った。
冒険者ギルド同士の横の連携は非常に強い。魔物討伐の依頼案件とともに、今の出来事も、すぐに知れ渡ることになるだろう。
自分たちの冒険者としての将来が、一瞬にして閉ざされたことを理解した四人の若者は、その場にへたり込んだ。
「何でだよ! 何でこんな事になったんだよ! これから俺は、どうすりゃいいんだよぉっ!」
リーダーの剣士が、床に額を擦りつけるように大声で泣き喚いていると、その手に何かが触れた。それは、ノエルに投げた硬貨の一枚だった。辺りには、約束を大きく違えた、五ジュレム分の銅貨が散らばっている。
若い剣士には、それが『独言のノエル』からの手切れ金に思えてならなかった。