クビになった臨時雇いは、最強無敵の異名持ち(前 編)
「ほんとに、あんたって役立たずね! 子供だましの魔法も使えない男なんて、初めてだわっ!」
「剣ひとつも持たない無能のくせに、あれや、これやと口を出すだけじゃないか。こっちは、てめえごときに指図されるいわれはないぞ!」
「いくら人数合わせの臨時雇いだからって、ここまで役に立たないっていうのは、想像さえしてなかったな」
「ほら! 労賃の五ジュレムだ! これをやるから、とっとと失せろ!!」
侮蔑を孕んだ声とともに、剣士風の男がテーブルに硬貨を放り投げると、跳ね返った五枚の銅貨が床に散らばった。
ガレイド山脈の東山麓にある冒険者ギルドに併設された居酒屋の一角で、魔物退治から戻ってきた冒険者パーティーが揉めていた。
「ちょっと待てよ。十日で五百ジュレムの約束だぞ。それを二日目でクビだって? そのうえ五ジュレムぽっちとは、どういうことだ? 全然計算が合わないだろ。それに依頼の成功報酬も、一割は貰えるはずだぞ」
「こっちは戦力を期待して雇ったんだ。役立たずに払う金はない! 少しでも貰えるだけ有り難いと思え! このクズがっ!!」
罵詈雑言を浴びせられていた小柄な青年が、テーブルを挟んで向かい合う、リーダー格と思われる長身の剣士を詰問するが、剣士は悪びれもせずに彼を罵倒した。そして他の仲間も、青年に白い目を向けながら酒を飲んでいる。
「とにかく、お前はクビだ。早く目の前から消えてくれ。お前の顔を見ていると、酒が不味くなるうえに、五ジュレムでさえ勿体なく思えてくるからな」
「こんなカス野郎じゃなくて、もっと戦力になる奴を探そうぜ」
「そんなのすぐ見つかるわよ。そこら辺の子供でも、コイツよりは魔法が使えるでしょ?」
「そりゃそうだ。コイツに比べたら、どんなバカでもマシなはずだよな」
仲間からの蔑みの視線と嘲笑を浴びる青年は、激昂することもなく口を開いた。
「やれやれ、それで罵っているつもりなのかい? 新兵訓練の罵倒に比べたら――、まあいいや。確かに昨日今日と、僕は戦いの前面に出ていたわけじゃない。だから、浅はかなアンタらに役立たずだと誤解されても仕方がないか……」
青年は落ち着き払った様子でそう言うと、カップの牛乳を飲み干した。そして再び言葉を続ける。
「どうやらアンタらの期待に沿えなかったみたいだから、解雇は甘んじて受け入れるよ。でもね、旅路の小銭稼ぎにちょうどいいと思って、アンタらの誘いに乗ったけどさ、正直なところ昨日の時点で、僕もアンタらの高慢ちきな顔を見るのが嫌になってたんだよ。自分たちは強いんだと、依頼主の村人達に威張り散らして小馬鹿にする態度も癪に障ったしね」
「もしかしてコイツ、あたし達の悪口言ってる? 笑えるんですけど?」
「とはいえ、腹のひとつも立ちはしねえ。クソ虫が何を言おうとな」
「おいおい、それはクソ虫に失礼だろう? こんな能無し、クソ以下なんだから」
とどまることのない罵りと嘲りの中、青年は机上に牛乳代を置いて立ち上がり、大きな荷物と黒い杖を担ぐと、床に散らばる硬貨を拾うこともなく、元仲間達に背を向けて出口に向かう。そして、扉を開くと足を止め、振り返ることなく片手を軽く挙げた。
「まあ、せいぜい死なないようにがんばりなよ。勘違いの冒険者さん達」
一瞬、何を言うのかと真顔になった冒険者達だったが、一拍おいて大声で笑い出した。その笑い声のなか、砂色をした青年の後ろ姿が、扉のむこうに消えてゆく。すると、彼と入れ替わるように、大柄の戦士が入ってきた。
その戦士の姿を目にした冒険者達は、驚いた様子で、醜い笑い顔を引き締める。そして、カウンターに向かって歩く戦士の姿に、熱い視線を浴びせ続けていた。
「よう、マスター。また世話になるぜ」
「久しぶりじゃないか、ゾルムテの旦那。今夜は一体どうしたんだい?」
「いやなに、来週からガレイドダンジョンへ潜ることになったんだが、数日早くこっちへ着いちまってよ、退屈しのぎのネタはねえかと思って寄ったんだ。ところで、今し方出て行った――」
「あ、あの! 失礼ですが、あなた様は戦士ゾルムテ様ではありませんか!?」
突如かけられた上ずり気味の若い声に、マスターと親しげに言葉を交わしていた大柄の戦士が鷹揚に振り返ると、仲間を追い出したばかりの若い剣士が、畏まって立っていた。その後ろでは、三人の仲間が緊張した様子で直立している。
そしていずれも、先ほど追放した仲間に向けていた、嘲笑の混じる下品な表情からはとても想像できないほどの、真摯な面持ちをしていた。
「なんだ、お前ら。若く見えるが、冒険者パーティーか? それにしては、人数が少ねえな。最低五人いなけりゃ、ギルドの斡旋は受けられないはずだが、ここで何をしてるんだ?」
「俺たちは、去年から冒険者を始めたんですが、半年前に仲間がひとり辞めまして。それ以来、いつもここで仲間を募っては、依頼を受けているんです」
「こう見えても自分ら、結構強い方なんスよ。今日もある村の依頼を成し遂げて、さっき帰ってきたところッス」
「あたし達、明日も依頼を受けるつもりだったんですけど、臨時雇いがさっき辞めちゃったから、他にいい人いないかなって思ってたんですよ~」
リーダーの剣士は仲間を振り向き手で制すと、口々に話す若者達は静かになった。そして再びリーダーは、戦士に向かって口を開く。
「先ほど、退屈しのぎのネタはないか、と仰っていましたよね。こんなことを言うのはおこがましいですけど、よければ俺たちのパーティーに参加してくれませんか? もちろんお礼はします。失礼なのは承知してますけど、俺ってチャンスを逃さない主義ですから」
「ほう、この俺を雇いたいとは、図々しい奴らだな。だが、当たって砕ける覚悟が気に入った。二、三日でよければ、手伝ってやってもいいぞ。ところで、辞めた臨時雇いって、どんな奴だったんだ? そいつに劣るようでは、俺の名もここまでだからな」
ゾルムテはそう言うと、豪快な笑い声を上げる。そして、いつの間にかマスターが用意していたエールを、うまそうに呷った。
「ゾルムテ様以上の者なんて、いるわけないじゃないですか。それに、ソイツは話にならないぐらいの役立たずだったんで、お話しする価値もありませんよ」
「そうそう、そうなんですよ、ゾルムテ様。魔法もろくに使えないようなバカだったんですよ、ソイツ。いつも独り言を言ってるし、変なお面をかぶってて表情もわかんないし、ホント気持ち悪いヤツ!」
「さっきゾルムテ様が来られたとき、出て行ったアイツとギルドの外ですれ違ったんじゃないですか? 全身砂色の変な格好をした男ですよ」
突然剣士は顔を曇らせると、リーダーの目を見据えた。
「さっきのあの男――、丸い兜の、黒い魔杖を持った砂色の男を、お前らは雇っていたというのか?」
「ええ。ノエルって言う、本当に使えない男でした。だから、すぐに解雇したんです。この先一緒に行動すれば、アイツ自身、命を失うことになるかもしれない。クビを切ったのは、アイツのためでもあるんですよ」
「魔杖って言いますけど、あれって、矢も弓も弦も無い、ただの壊れた弩ですよ。戦闘の時は、先端にナイフを付けて槍のようにしてましたけど、あんなものでどうしようって言うんですかねえ。さっぱり分かりませんや」
「今日だって、村を襲って来る魔狼を退治するとき、口で指図するだけで、アイツ全然戦わないんだもん。結局あたし達だけで依頼を完遂したようなものよ!」
ゾルムテは腕を組み、何かを考えているようだった。
「そうか……。まあ、お前らがそう誤解しても仕方がないがな。あいつのことを」
戦士の呟きに、リーダーは意外そうな表情を浮かべた。
「ゾルムテ様、アイツのことをご存じなのですか?」
「昔、アイツを仲間に入れて、迷惑を被ったんじゃないんですか? あたし、なんか分かる気がするわ」
「いろんな人に迷惑をかける奴だったんだな、アイツは。クビを切って大正解!」
パーティーを去った元仲間を揶揄する言葉を吐き続ける若者達を前に、戦士とマスターは、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
「悪いが、俺は別のことで暇を潰すことにするぜ。お前ら、期待を持たせたようで悪かったな」
不機嫌そうな戦士の言葉に、静まりかえる若者達。よもやアイツは、無能ながらもゾルムテと懇意の間柄だったのだろうか。そんな思いが、パーティーメンバーの頭をよぎる。冷たい汗が、彼らの背中を流れ落ちた。
「あの――、もしかしてゾルムテ様は、アイツと親しいんですか?」
「いや、別に親しくはない。言葉を交わしたことさえない。だがな、あいつの話ならよく知っているつもりだ。『独言のノエル』のことならな」