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蒸気召喚術  作者: 里崎
1/2

前編・追走劇と公衆浴場

#ファンタジーワンドロライ 参加作品‬

お題「飛行船」、「杖」、「召喚術師」


#創作ごった煮企画 参加作品

企画詳細はこちら

https://privatter.net/p/9187059

白い蒸気が、もうもうと青空を埋め尽くす。商店の屋根に腰かけて翼を広げている守護獣の青銅のレリーフが、たち昇る真っ白な蒸気に見え隠れする。


色鮮やかな商店が立ち並ぶ大通りで、馬がいななく。石畳を足早に駆けるいくつものひづめの音。迷彩柄の軍服を着た男たちが、前方に向けて怒声を飛ばしながら馬を駆っている。


彼らから逃げるべく全力疾走しているのは、黒い煙突から大量の湯気を吹き出す新型の蒸気車両。粗い溶接痕の残る鉄製の荷台には、あきらかに積載量をオーバーしているであろう山盛りの石炭。車両が減速せずにむりやり角を曲がるたび、そのいくつかが石畳にこぼれ落ちる。


白昼突然始まった追走劇に、道を歩いていた民衆たちが、おのおのの荷物を放り投げ、慌てて脇道に逃げ込む。


威勢の良い追っ手たちを率いて、彼らの先頭をひた走る青髪碧眼の軍人の男ーーこの街で生まれ育ち地理地形を熟知している彼が、とつぜん細い脇道に消えた。


かと思うと、

数秒後、逃走車両の前に躍り出た。


「いっ……!」


慌ててブレーキを踏みハンドルを切る、運転席の少女。


馬上の軍人は迫りくる鉄の塊に表情一つ変えず、腰の拳銃を引き抜いた。正面に向けてまっすぐ構え、撃鉄を上げる。キイィン、と銃の内側から甲高い発動音・・・が鳴り、部品の隙間から紫色の光がわずかに漏れ出る。銃弾が装填された感触が、男の手に伝わる。


「石炭および蒸気車窃盗の現行犯でーー


ーーぶべっ」


朗々と張り上げた声が途切れる。突然落馬した軍人が、石畳をぶさまに転がった。

彼の手から離れた拳銃が、うろつく空馬の後ろ足の近くでからからと回っている。地に伏した軍人が目を白黒させながら見上げた先ーー


真っ赤なダブついたズボンを腰に引っ掛けた筋骨隆々の大男が、丸太のように太い右腕の拳を振り抜いた姿勢のまま、仁王立ちで立っていた。

左の頬に、蝙蝠のような形の刺青。それだけで人を射殺さんばかりの獰猛な目つき。非常に機嫌の悪そうな表情のまま、「往来でうるせぇんだよクソ野郎殴らせろ」と唸るような低い声で言った。固く握りこんだままの拳から、爪で切ったらしい血がたらりと流れ出る。


彼らの脇を、再び速度を上げて颯爽と走り抜ける蒸気車両。


「もう殴ってるやーん」


と、運転席の少女が楽しげにツッコミを入れて、拳を握る見知らぬ通行人の男に向かって、左手の指先をちょいちょいと折ってみせた。感謝のジェスチャ。


追っ手を振り切った車両は、近くに建つトタン屋根のガレージに飛び込む。すぐさまその屋根部分から、ぷかりと大小二隻の飛行船が浮かび上がった。

切られたばかりの係留用のロープが、青空にぶらぶらと揺れている。


「空賊だ!」


騒ぎを聞きつけ集まってきた周囲の住人たちの、驚いた声。


「飛行船を追え!」


右頬を腫らした軍人の男は、後方から駆けてきた部下たちに鋭く命じたあと、愛馬の手綱を掴み、石畳の拳銃を拾ってーー正面を向けようとした銃口が、するりと下げられる。

大男の後ろ頭は、すでに大通りのはるか向こう、野次馬と買い物客の人混みに紛れて、あっという間に見えなくなった。





意味もなく絡んでこようとする酔っ払いのチンピラたちを苛立ちに任せてぶん殴りつつ、不機嫌顔の大男は大股で、狭い路地を進む。

ズキズキと痛み続ける頭部を大きな掌で押さえ、奥歯で噛んでいた薬草を道の端に吐き捨てる。


「あー、うっぜぇ。ドカ食い・・・・しやがって・・・・・



***



白い蒸気がもうもうと、男たちの視界を埋め尽くす。


素焼きのタイルに水音が反響する。湯船から溢れた薬湯が、渦を巻いて排水口に流れる。


埃まみれの身体をようやく綺麗に洗い終えて、濃い色の薬湯に浸かった軍人の男は、水滴のしたたる青髪を掻き上げる。先ほどこしらえたばかりのいくつもの擦過傷がしみるのに、小さく顔をしかめた。


「聞きましたよ。昨日は空賊どもが盗難事件を起こし、今日は『商会』がまた魔族召喚して逃げたって? 軍人さんつうのは、連日大変ですねぇ」


番台から、始終曇りっぱなしの丸眼鏡を軍人の方に向けて、金髪の青年がのんびりと声をかけた。


「まぁなぁ」


赤みの残る頬に手を当てて、軍人の男は換気用の小窓をからりと開けて頭を突き出す。

湯を沸かすためにせっせと炭入れをしている、作業着姿の親子に怒鳴るような声をかける。


「おい、なぁ、召喚術ってのも蒸気を使うんだろ。お前ら何か知らねぇか?」


真っ黒に汚れた顔を上げて、顔見知りの親子は嫌そうな顔をした。


「何に使うかなんて知らないし、いちいち聞かねぇよ。おれたち蒸気屋は、金積まれた分だけ炭入れるだけ」


おおむね予想通りの答えに、鼻から長く息を吐いて、全身の力を抜いて湯船に沈み、だらしなくタイル張りの天井を見上げる軍人の男。

番台から降ってくる労いの言葉も、彼の両の耳を素通りする。


すぐ隣に座っていた白髪の老人が、満足そうな笑みを浮かべて、ゆっくりと湯船から出ていく。ほかほかと湯気の立ちのぼる骨張った細い背中を、軍人はなんとはなしに見送る。


「そうだ、軍人さん。召喚術なら、蝙蝠さんが詳しいんじゃないかな」


番台の青年がそう言って、入湯料を入れるザルをぶら下げている木の棒で、広い湯船の反対側を指さす。

そこには、丸太のように太い腕を大きく広げて天井を見上げている、ひどく大柄な男。揺れる薬湯の上から見える筋肉質の上半身は、罪人か魔族かのように全身をびっしりと刺青が覆っている。

左の頬に、蝙蝠のような形の刺青。それだけで人を射殺さんばかりの獰猛な目つき。


碧い眼を見開いた軍人が、いきおいよく立ち上がる。ばしゃあ、と飛沫が上がった。


「お前、昨日の!!」


途端、刺青の大男は非常に機嫌の悪そうな顔になり、軍人に目を向ける。


「なんだ、やるのか」


唸るような低い声で凄んだ。


丸腰真っ裸の軍人は、気圧されて一歩下がる。異様に大柄な男の、割れた腹筋と自身の二倍近くありそうな太さの上腕を見てから、軍人は諦めたような顔をして、湯の中に座り直した。


蝙蝠と呼ばれた男はつまらなそうな顔をして、両手を組むと、そこから細い水の筋をぴゅうと出した。


「んで? 『商会』をとっつかまえたいって?」


「あ、ああ……」


「まぁいいぜ。俺もアイツら邪魔だと思ってたとこだ。俺の協力の仕方にとやかく言わないってんなら、協力してやってもいい」


未だ腫れの残る頬をひくりと引きつらせつつ、軍人は「司法取引にも限度ってもんがあるぞ」と小さく言った。




素焼きのタイルに水音が反響する。湯船から溢れた薬湯が、渦を巻いて排水口に流れる。


「召喚された魔族から召喚術師を特定する方法は?」と軍人。


「ないね」と蝙蝠。


「とすると、召喚中の現行犯を押さえるしかないわけだが……召喚を事前に把握できる方法は?」


「アイツらは大物狙いだから、石炭の大量購入経路を押さえるか、大量の石炭が持ち込まれるまで街じゅうの蒸気屋を張るか、くらいだろうな」


軍人の眉間のシワが深くなる。「待て。前提として……それはあれか、強い魔族を召喚するときは、大量の蒸気が必要って意味か?」


蝙蝠は盛大な呆れ顔を浮かべて隣の男を見た。


「まさか召喚術の原理も知らねぇとは言わないよな?」


「普通知らんぞそんなもん」


そーだそーだ、と同じ湯船に浸かる周囲のおっさんたちが一斉にうなずく。窓の向こうでせっせと炭を入れる親子の声も混じる。


「ていうかお前、拳銃持ってただろーが」と眉を下げたままの蝙蝠が言いながら、軍人の眉間に水滴のしたたる太い指を突きつける。


「あ、あれも召喚術なのか?!」と軍人が唾を飛ばしてわめく。


「でなくてどうやって、あの大きさの鉄の筒から鉛弾が無限に出るっていうんだ」


はああ、とこれみよがしのため息をついて、蝙蝠が皆に一度背を向けーー


「これを『素子』とするだろ」


と言って、湯船のフチに、使いかけの小さな丸石鹸を置いた。


「湯船ん中がこっちの世界、そっちの洗い場が別世界な。で、石炭がんがん焚いて、蒸気つくって、その圧力が『素子』に加わると」


蝙蝠の大きな掌が、石鹸を上からぐっと押し付ける。


「圧力の分だけ界面に干渉して……まぁこのへんの細かい話はいいか。とにかくこれで、別世界から任意のものをこっちの世界へ引っ張ってこれる。これが召喚だ」


興味深そうな顔をして話を聞いていた学者風の男が、顔を真っ赤にしてぶくぶくと湯に沈んだ。土木作業員らしき3人組が、彼を引き上げて木材のように担ぎ上げると、脱衣所の方角、白い湯気の中に消えていった。番台の礼の声がタイルに反響する。


それを見送ってから、蝙蝠が顔を戻し。「で、どこの世界から何を引っ張ってくるのかを指示・操作してんのが召喚術であり、それを使いこなすのが召喚術師。これには魔力を使う。ーー魔力の説明も?」


軍人とその周囲の一同が、すっかり神妙な顔でうなずく。赤い顔の数人と首を傾げた数人が、諦めて湯船から上がっていく。


「今は『商会』がバカスカ使ってやがるせいで少ないが空気中にもあるし、魔族は魔力が動力だから、そこらへんの魔族を数匹狩りゃあすぐに得られる。まぁ、普通の召喚術師は、杖に凝縮されてる魔力を使うけどな。それとか」


蝙蝠が指さした先にはーー番台の青年が握っている木の棒。


「え、ええ、これ?!」


「貸してみ。ああ、随分長いこと溜め込んでたな」


ぺたぺたとタイルを踏む、濡れた裸足の音。一度脱衣所に戻り、何か小さな黒い立方体を手に戻ってきた蝙蝠が、手渡された棒切れを眺めてちょっと嬉しそうな顔をして、軽く振る。キイィン、と甲高い発動音・・・。周囲にただよう白い蒸気が、瞬く間に鮮やかな紫に色づき、


ザバン、と湯船の湯が一瞬で消えた。


おっさんたちが「きゃ」と野太い声で言って、恥ずかしそうに股間を隠す。


作業BGM:レッドアイズ 監視捜査班

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