2.おや? 僕の天使紋の様子がおかしようなのだが!?②
「ではよいか。神の名のもとにその身に寵愛の証を刻む」
目の前で白と青の法衣に身を包んだ神官が僕の頭にそっと手を置いた。
どうやら今日儀式を受けるのは僕とエジル王子の二人だけらしい。
まずは僕が儀式を受け、最後にエジル王子が儀式を受け天使紋を授かることとなった。
今日は嫌なこともあったがとりあえずこの儀式が終われば僕もようやくライトロード家の役に立つことが出来る。
ここで上位の紋を引けばお父様の機嫌も直るに違いない。
天使紋の種類は血筋に依存することが多いのでおそらく僕に発現するのは光属性の紋だろう。後は刻まれる紋が上位紋かどうかだ。
天使紋は属性と階位によってそれぞれ形が異なる。
そして階位を示す基準となるのが紋に刻まれる天使の翼の数だ。
現在確認されている最強と呼ばれる紋に刻まれた羽の枚数は6翼だ。
また翼のない紋が刻まれる者もいるため紋に描かれる翼の数が0~1翼を下位紋、2~3翼を中位紋、4~5翼を上位紋、6翼を最上位紋と呼ぶ。
ちなみにお父様は4翼の上位紋保持者だ。
願わくば僕もお父様と同じ4翼以上の上位紋、最低でも中位紋を手に入れたい。
大丈夫。僕は今日まで毎日努力もしたし、徳も積み上げた。この右手に刻まれる紋は絶対に中位紋以上のハズだ。
思わず目を瞑り右手をギュッと強く握りしめた時だった。
―――よう、やく、見、つけた。世界を、救、う器。私、を、宿すこと、の、でき、る未来、の、希、望
頭の中に不思議な声が流れた。
なんだ今の声。儀式の最中にこんなことが起こるなんて聞いたことないぞ?
でも、そういえば子供の時に読んだおとぎ話でそんな話もあったかな。たしかアレは世界を救う英雄の……
「おい、いつまで呆けておるのじゃ。お主の儀式は終わったぞ。右手の甲に刻まれた紋をみせい」
ボーっとしていると突如として神官の方の声が頭に響いた。
マズい。あの不思議な声に気を取られてしまった。
この後に控えるのはエジル王子なんだ。早くどかないとまた何をされるかわからない。
急いで右手の甲を神官の前に持っていき、神官と一緒に右手の甲の紋を見る。
いったいどんな紋が出たのか。頼むから良紋であってくれ!
「む? これはどういうことじゃ? 紋がない。儀式は確かに滞りなく行われた。なのに紋が発現しないじゃと。ありえん。こんなことは今まで何万と儀式を行ったが一度たりともなかったぞ!」
そこには何の紋も描かれていないまっさらな右手があった。
紋がない? じゃあ力は? 今後の僕の人生はどうなるの?
「神官様。もう一度、もう一度儀式を行ってください! きっと何かの間違いです。もう一度儀式を行ってもらえれば何かしらの天使紋が発現するはずです。だってそうでしょ。天使紋が発現しないなんて話聞いたことないですよね!」
「確かにその通りじゃ。ではもう一度儀式を執り行ってみるか」
しかしその後何度儀式を行っても僕の右手に天使紋が刻まれることはなかった。
困惑する神官に僕が5度目の儀式をせがんだ時だった。
「おい、いつまでこの俺を待たせる気だ。さっさとどけこのゴミが」
エジル王子が僕の首の根っこを掴み冷たい目でそういった。
「お待たせして申し訳ございませんエジル王子。でも僕にとっては一生のことなんです。もう少しだけお時間をいただけませんか。お願いです。本当にお願いします」
必死に頭を下げるがエジル王子は
「うざい。二度も言わすな。さっさとどけこの無能がッ」
首根っこを掴んだまま無造作に地面に投げつけた。
教会の固く冷たい大理石の上をゴロゴロと転がり横たわる。
「さあ神官。早くしろ。俺の時間を無駄にするな」
僕のことなど気にもせず戸惑う神官に自分の儀式を催促する。
そしてエジル王子の儀式が執り行われる。
一方の僕は体の痛みとなんの天使紋にも目覚めなかった自分への絶望から力が入らず冷たい床から動けずにいた。
ああ、終わった。僕の人生が終わってしまった。無翼どころか紋すら浮かばないなんて。
絶望に目を閉じて涙をこらえる。
その時だった。僕の近くにいたギャラリーの一人が何かに気づいたようにアッと声を漏らした。
「おいこいつ。確かに右手に天使紋はないけど左手に紋が刻まれているぞ!」
その声にハッとして視線を左手にむける。
そこには赤より赤い、紅とでも呼ぶべき色で見たこともない紋が刻まれていた。
「なんだよあの紋。あんな紋見たことないぞ。それに左手に紋が刻まれるってどういうことなんだ」
「え? ちょっと待って左手に刻まれる紋ってそれって悪魔紋じゃないの!? 世界を滅ぼす不徳の証。人の形をした悪魔の証よ!」
女性のその発言をきっかけに教会内が大きなざわめきに包まれる。
確かに聞いたことがある。伝説の悪魔紋。その紋は不徳を積み上げた大罪人が背負う業深き紋。
でもなんでそんな紋が僕に刻まれるんだ?
だって僕は間違いなく大きな悪事を働いたこともないし不徳を積み上げたつもりもない。
それに悪魔紋なんていうのは伝説上の産物のはずだ。
実際にそんな紋が浮かんでいる人なんて見たことがない。
それなのになんで僕の左手にこんな紋が浮かんでいるんだ。
僕が混乱していると高圧的な声が教会に響いた。
「ふーん悪魔紋ね。それはまた極悪な紋が現れたもんだな。つまりそいつは大罪を犯しているってことだ。ならばこの俺が王子の権限で大罪人を罰してやる。この俺に発現した天使紋の力でな」
そこには儀式を終えたエジル王子の姿があった。
そしてエジル王子の右手の甲には新たな力の証が刻まれていた。
「エジル王子の右手に刻まれている紋章6翼だ!! 第一王子と同じ最強紋だ!!」
「あの紋の色と形は天属性の最上位紋ね!雷に風さらには気候さえも操ることのできる攻撃特化の紋よね」
「やっぱりエジル王子は血筋だけじゃなくて才能も、積み上げた徳も別格だったんだな。それに見た目もかっこいいし、やっぱりエジル王子は完璧な王族だ」
6翼の紋。世界に数えるほどしかない最強の証。それを刻まれた人が目の前にいる。
さらに王族でもあるその人が僕を大罪人と呼び処罰すると言った。
「待ってくださいエジル王子。僕は何も罪を犯していません。どんな取り調べも受けます。だから一度その右手を降ろしてください」
「さて、まずは風の力から試してみるか。【風撃】」
僕が必死に紡いだ言葉は欠片も受け入れられることはなかった。
代わりに重い風の塊が僕の腹に直撃した。
「かはっ!?」
僕は口から血を吐き、風の塊の一撃に吹っ飛ばされて教会の十字架に背中から激突する。
「おお~軽く打っただけなのになかなかの威力が出たな。じゃあもう少しギアを上げてみるか」
「!?!? ちょっと待ってくださいエジル王子。本当に僕は無実なんです。信じてください!!」
「【風撃】5連」
さっきよりも速くて重い風の塊が両腕両脚腹に減り込む。
あまりの痛みに身体が動かない。
「あれ? なんか動かなくなったな。流石に俺の天使紋の力が強すぎたか。じゃあ次で終わりにするか。風は試したし最後は雷にするか」
殺される。このままだと本当に僕は無実の罪で殺されてしまう。
助けて。だれか、誰か助けて。
必死に視線を這わすとお父様の姿が見えた。
僕は最後の力を振り絞り喉を震わせる。
「お、父様。お願いします。助けて、ください」
僕は本当に無実だ。日々努力もしていたし、悪いことなど一切していない。それは一緒に暮らしていたお父様が一番よく知っているはずだ。
それに近衛騎士であるお父様がここでエジル王子にそれを説明してくれればきっとこの誤解もとけるはず。
最後の希望を抱いて肉親を見つめる。
しかしお父様の顔はまるで僕を心底疎ましく思うように軽蔑に歪んだ。
「このライトロード家の恥さらしが。二度とわしを父などと呼ぶな! 貴様は悪魔紋を発現させたこの時をもってライトロード家から除名だ!! 二度とライトロードを名乗るな!!」
一瞬何を言われているのかわからなかった。
でも言葉の意味を理解するにつれて心の奥がズキズキと痛んだ。
なぜかエジル王子から受けた攻撃よりもそれは痛かった。
それと同時にこの理不尽に対する怒りがメラメラと湧き上がってきた。
「はは、なんだよコレ。なんで僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ。なんであんな奴に6翼の紋が出て僕には悪魔紋が出るんだよ。こんな世界間違っている。絶対に間違ってる!!」
「なんかごちゃごちゃ言ってるみたいだがここでお前は死ぬんだよ。この俺の試し切りの人柱としてな! 死ね。【神の裁き】!!」
その瞬間、教会には人智を超えた蒼い雷が天から落ちた。
それはのちに悪魔を狩った王の一撃として国の噂となり英雄譚として語られた。
だけど僕だけが知っている。蒼い稲妻が僕に当たる直前に左手の悪魔紋が紅く輝き僕の身体を包んだことを。
そして後日、崩れた教会から衛兵が僕の死体を回収しようとしたとき死体が教会からなくなっていたがそれはさほど問題にはならなかった。
あの悪魔紋が刻まれた時、僕は気づいていなかった。
僕に刻まれた悪魔紋の翼が12翼あったことに。
僕の物語はこの日から始まる
ここまで読んでくれてありがとうございます。
天使の力と翼の枚数による力の関係には諸説あるのですがこの物語では翼の枚数が多い方が強いという脳筋スタイルで進めていこうと思います!!(作者脳筋のため)