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僕は僕自身を最悪だと思った

 僕は僕自身を最悪だと思った。

 こんなのが恋だというのなら、世界は最悪だ。


 僕の通う学校には、通学路が二通りある。ひとつは、車がたくさん通ってて、駅から学校までまっすぐ伸びている普通の通学路。もうひとつは、車どころか人通りも少なく、学校まですこし遠回りな通学路、通称カップルロード。


 僕と同じクラスの高梨真奈さんは、よくそのカップルロードを、幼馴染だという同学年の男子と帰っていた。彼の名前は知らない。ただ、カップルロードを帰る二人は、とても楽しそうだということは知っていた。車の騒音が苦手な僕は、カップルロードを一人さみしく帰ることが多かったのだが、そのときに、よく見かけたのだ。

 僕が二人の前を歩いているときは、邪魔をしてはいけないと早足になったけれど、それでも、楽しそうに笑う声だけはよく聞こえてきた。僕が二人の後ろを歩くときは、やはり邪魔をしてはいけないと、とてもゆっくり歩いていった。彼女の笑顔は眩しかった。彼女が彼のことを心から愛していることが、痛いほど伝わってくるような、まぶしすぎる笑顔だった。


 クラスの中でも、女子が彼女の周りに集まり、彼女と彼の話をしているときが幾度となくあった。僕は教室の隅で言葉の端が聞こえるだけだったが、好きという単語や、幸せという単語が彼女の口から何度もこぼれ落ちるのを聞いた。

 いいことだと、幸せなことだと、思っていた。

 好きな人の幸せを喜ぶのもまた、恋の形だと思っていた。

 二人であのカップルロードを帰ることに憧れはしたけれど、それは夢のまた夢、しかも叶わなくていいものだと、本当に信じていた。


 夏が過ぎ去って、あっという間に冬のような寒さになったころ、僕はいつものようにカップルロードを歩いて帰った。

 遠くに、一人の女子生徒の姿が見えた。一人なんて珍しいと思ってぼんやりと眺めていたら、その女子生徒はふと立ち止まり、ふいと空を見上げた。

「あ……」

 驚きのあまり、声がこぼれていた。

 彼女だった。彼女が泣いていた。

 隠れねばと思った。文字通り右往左往した。その動きが、彼女の視界の端に入ってしまったのだろう、彼女もびっくりしたようすで、こちらを見た。

 見て、目が合って、彼女は緊張を解いた。なんだ、という風に笑って、涙を拭きながらこちらに小走りでかけてきた。僕の心臓は高鳴った。逃げなければと思ったが、体が硬直してしまって動かない。心臓だけが馬鹿みたいにどかどかと鳴っている。

「梨野君」

 僕の名前を知っていたのか、と目を丸くする。クラスでも特に目立たない、話をしたこともない、僕の名前を。

「今の秘密ね」

 人差し指をのばし、口もとに当てる姿が愛らしく、僕は訳もわからずうなずくことしかできなかった。いやさあ、と彼女は僕の横にまわる。視線を横にむけると、彼女は寂しそうに苦笑した。

「あいつ、好きだった子に告白したんだよ。そんで、成功したんだって」

 どういう意味だ。混乱しながら、僕は曖昧にああ、と頷くことしかできない。彼女は続ける。

「私、ほんと馬鹿だよね。いつもあんなに大声で、あいつの相談受けててさ。聞こえてたと思うんだけど。でも、クラスの話もやっぱり聞こえてたでしょ? ほんと馬鹿。あいつの恋の相談を受けてるときが、幸せで、いつか私のことを、なんて思ってさ」


 つまりは、と僕は考える。

 彼女と彼は付き合っていなくて、彼女の片想いで、そんな中彼の相談を受けていて、彼の恋が実り、ここでひとり、泣いていた。

 彼女が歩き出す。

 僕は半歩後を、慌ててついていく。


「でも、まああいつが幸せならと思おうとしたんだけど、だめだね、寂しいね。恋ってほんとに難しい――って、ごめん。べらべら話しちゃって」


 彼女が振りかえる。

 僕はすぐに、首を横に何度も降る。

「私たちが二人で帰ってるとこ、梨野君、何回か見たことあるでしょ。なのに、梨野君は変な噂流したり、ひやかしたりしなかったから、口が固い人なんだって思ってさ」

 この事も秘密で頼みます、と無邪気な笑顔を見せる彼女と、僕がならんで歩いている現実を今更ながらに実感し、そして。


 そして僕は、心のなかに広がる安堵感、幸福感を確信し。


 自己嫌悪の渦に巻き込まれた。

 二人で帰るという、夢のまた夢だと思っていたことが現実になり、その中で知る彼女の悲しみを、密かに喜んでいるなんて。


 カップルロードを、二人で歩いていく。まだ、駅は遠い。


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テーマ「通学路」 時空モノガタリ賞 最終選考


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