夏芽さんにかまってほしい
「前世の記憶が戻ったんだよ、夏芽さん。俺、明智だった。明智のこと、好き? それとも織田信長の方がいい?」
黒髪の美少女は、休み時間に入った途端に目の前に現れた同級生男子を華麗にスルーし、隣の席に座る友人に声をかける。
「焼きそばパン買いに行こうか」
「つれないよ、夏芽さん!」
叫ぶのは、自称明智の生まれ変わりである、一史である。短髪黒髪は夏芽の好みだったが、絡み方が面倒くさすぎる。夏芽は冷徹な笑みを返すと、うんうん、と頷いてみせた。
「かっこいいね、よかったね」
「つれない夏芽さんもかわいいなあ」
一史がにこりと微笑む。そう、と夏芽は頷いて、立ち上がろうと机に手をつく。
「どこに行くの! 明智の俺を置いて!」
「恐れ多いから、焼きそばパンを買いに行くの」
「前後の繋がりが不明! 明智の俺が颯爽と買ってこようか」
「そうね、行く途中で、秀吉さんの生まれ変わりと、落ち武者狩りの生まれ変わりに会えればいいね」
言われた一史は、眉をひそめると、隣でにやにやと笑っている夏芽の友人、愛にひそひそ声で訊ねた。
「どういう意味」
愛は「はっ」と鼻で笑い、「よくそれで夏芽に戦国ネタを突っ込もうと思ったよね」と肩をすくめた。それを聞いていた夏芽が、本当だよと眉根をよせる。
「私をからかって遊ぶのはやめてくれない」
「からかってなんかないよ! 仲良くなりたいだけ!」
夏芽はますます不満げな表情になる。
「でも生まれ変わりは嘘でしょ」
「本当だったらどうする?」
「じゃあ、聞きたいことがあるんだけど」
なんなりと、と微笑む一史に、夏芽は早口で攻撃をしかけた。
「明智様にお尋ねしたいことがあるんです。鉄砲の腕前が素晴らしいということですけど、どのようなコツがあったのかを伺いたくて。百発百中なんて文字通りの神技をなしとげられましたよね。いったいどのような練習を? 当時の鉄砲の仕組みまで合わせてお聞きしたいのですけれど」
ぐ、と一史は言葉に詰まり、前のめりになったまま動かない。
ふん、と夏芽は勝ち誇ったように顎を前に突き出した。
「嘘つきは嫌い」
とどめの一発に、一史はうなだれる。愛がもお、と同情のため息をついた。
「どうしてマニアにマニアネタで勝負するかなあ」
「だって、どんな話しても一向に興味をしめしてくれないし……夏芽さんの情報も少なすぎるし。歴史が好きって、それだけで」
「あ、そんなに広い範囲から戦国武将を当てて来たのね。それは凄いことじゃない、大当たりよ。まさに明智の鉄砲の腕前のごとく! ね、夏芽」
「愛は少し静かにしていて」
そう言う夏芽は、言葉とは裏腹に、少しだけ表情を和らげていた。
「ねえ、もしかして」
目ざとい一史は、ぱっと顔をあげて、歯を見せて笑った。
「少し楽しかった?」
「……まあ、少しは」
夏芽の言葉に、一史は拳を突き上げた。周りで聞き耳を立てていた人達が、おお、とざわつく。ちらほらと拍手までおこった。
「ねえ、じゃあ俺、もっと勉強するよ」
一史の言葉に、夏芽はうん、と頷く。
「そうだ、夏芽さんの好きな武将も、教えて教えて」
一史に促され、夏芽はえーっと照れ笑いを浮かべた。その隣で、愛の笑みが段々と苦笑いになっていくことに気がつく様子はない。
「えっと、今詳しく知りたいと思っているのは、九戸政実……とか」
ああ、と愛が目をそらす。目の前の一史は硬直している。
「はじめてききました……ごめんなさい」
「あ、もし、興味持ったら、調べて見て。面白いよ……恥ずかしくなってきちゃった、パン、買いに行こう、愛っ」
夏芽はえへ、と照れ笑いを浮かべながら、席を立ち、小走りで食堂に向かった。後ろを、待ってよと愛がついて行く。
「ねえ、夏芽ぇ。またやらかしたんじゃないの」
「何をよ」
早足で歩きながら、夏芽が愛を睨みつける。
「前の彼氏も、その前の彼氏も、あなたの熱烈戦国武将トークに驚いて、ついていけずして脱落したでしょお。だんだんと、あんたは高根の花じゃなくて難攻不落の食虫植物みたいになってるんだからね、扱いが」
「酷い例えだな……でもいいの。余についてこれるやつがついて参れ!」
いざ、と夏芽が拳を突き上げるその姿は、まるで戦国の武将のようだ、と愛は思ったが、黙っておいた。
「でも、今回の一史君のチョイスは、嫌いじゃない」
夏芽がぽつりと言う。
「あ、そうなの?」
うむ、と夏芽はにやついた。
「あの時代にだよ、一人の女性だけを愛して、側室もとらなかったの、明智は」
「一史、凄いじゃん!」
「偶然かな、分からないけど。顔に傷でもつけてみようかなあ」
「どういうこと?」
「明智について調べてみなさーい」
ふふん、と得意げに笑う夏芽を見て、愛は「はいはい」といつものように流すのだった。
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テーマ「戦国武将」 時空モノガタリ賞受賞




