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ラブラブトラブル

 隣人同士のトラブルは、とても幸せな解決を迎えた。


 ある寒い日の朝、五号室と六号室の住人から、大家に連絡が入った。

「隣の人がストーカーなんです!」

 警察に連絡をした大家の判断は、賢明だった。警察が来るから、と言われた二人は、それまでの憤りっぷりが嘘のようにおとなしくなった。

 やってきたのは若い警察官だった。大家の部屋の居間で座り込む男性と女性の目の前に、正座をする。男性と女性は、こいつは公正な判断をするんだろうな、とでも言いたげにじろじろと警察官を見つめた。警察官は少しだけ目を右往左往させたが、さすがはプロ、一息ついて、きりりと二人を見つめ返した。

「ストーカー、ということで」

 そうなの、そうなんだ、と大声で叫ばれ、警察官はまあまあと手で二人を制す。

「まずはあなたから……お名前は」

「木下よ」

 女性が、なぜだか不満そうにがなる。

「一年前に引っ越してきてね、もう限界で連絡したの」

「限界はこっちの台詞だ!」

 立ち上がろうとする男性を、警察官が再度なだめ、それで、と木下の続きを促す。

「最初はいい人だったのよ、挨拶もきちんとしてくれたし。でも、半年ぐらいしてね、突然、ブラームスがお好きなんですかって! 私の部屋から聞こえたなんて言ってるけど、嘘よ、聞き耳立ててたのよ、ストーカーよ!」

「それはあんたが、ある日突然虫が出たって騒いだから、心配で!」

 警察官は小さくため息をつき、男の名を訊ねた。

「俺は森野」

 森野も不満そうに鼻を鳴らす。それでだ、と続きを勝手に語りだしたため、大家は警察官を横目で見た。止めたければ止めればいいのにと警察官は思いながら、そっと大家に耳打ちをした。

「お互いの主張を自由にしてもらいましょう。互いに鬱憤が溜まっているようですし」

 大家が頷くと同時に、森野が叫ぶ。

「俺は心配してたんだ! 大丈夫かなって、そしたら、自然といつもより音が耳に入ってくるだろうが!」

「何でブラームスだってすぐに分かるのよ、そんなにはっきりと聞こえる?」

「聞こえたよ! あんたが思ってるよりも大音量で流してくれてさ! 俺が指摘してから、さらにだ」

「それはあんたがブラームスの事好きだっていうから、かけてやったんでしょ!」

「頼んでないね! それに、モーツァルトもバッハもかけてたじゃないか!」

「それはあんたが鼻歌で歌ってるから! あんたの好みの音楽をかけてあげたいじゃない!」

 そこで森野は眉をひそめ、おいおいおいおいと半笑いで警察官の方を向いた。

「きいたかよ! 鼻歌がどうやって聞こえるんだ? 俺は外に出たら絶対に歌わないって決めてる、俺は家の中でしか歌わない、歌うときも小声だ。なぜなら歌が下手だからだ! こいつ、俺の部屋に盗聴器しかけてやがった! こいつこそストーカーだろ!」

 木下は、うっと言葉をつまらせた。警察官はふむ、と立ち上がろうとする。詳しくきかせて、と言いかけたところで、木下が金切り声をあげた。

「あんただって私の部屋を執拗に覗いたでしょ!」

「いつだよ!」

「何かと私の部屋に来たじゃない。長話したときに、私の部屋をちらちら覗いてたの、知ってるんだからね!」

「だからそれはお前が不必要なまでに虫を怖がるからだろ? もしかしたら虫が住みやすい部屋なのかって、思うだろうが! 毛糸が落ちてて、芋虫かと思ったとか呟いてるだろ、いつも心配で気が気じゃないんだよ!」

 木下の目が丸く見開く。

「なんであんた、そんなこと知ってるのよ? それ、昨日の話じゃない! あんたこそ、盗聴器仕掛けたんじゃないの?」

 今度は森野が言葉を飲む番だった。


「あー……」

 警察官は、人差し指で頬をかいた。

「まとめますと、木下さんは森野さんの好みの音楽を知りたくて盗聴器を仕掛けた。森野さんは木下さんの虫嫌いを心配して盗聴器を仕掛けた。間違ってませんよね?」

 お互いがうう、と唸るような肯定の返事をする。

「それって、お互いがお互いを思いやった結果じゃないですか」

「……まあ、そんなに心配してくれてたのは、知らなかったけど」

 木下が、下唇を突き出す。

「俺も……音楽の件は、知らなかった」

 森野が眉間にしわを寄せる。

「お互い、お互いのことを気になっているのでしたら、真正面から向き合ってみてはいかがですか? 喫茶店にでも行って、音楽の話や、虫の話でもすればいいんですよ」

 ほらほら、と警察官が促すと、二人は目を合わせ、じゃあ、と立ち上がった。

「まあ、話しあってまとまらなければ、いつでも来てください」

 警察官の言葉に頷き、二人は頬を赤らめながら、大家の部屋から出て行った。

「……あの」

 大家が、小さく言う。

「なんか、すみません」

「……いえ」


 警察官は、あほらしい、と言う言葉を、すんでのところで飲みこんだ。


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テーマ「隣室」

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