想像世界 勉強部 理数系 小学校算数課
眠りに落ち、夢を見て、元いた世界で目覚めると思っているのなら、それは条理だ。
僕はしばらく、条理に戻ることができなくなった。夢と現実の狭間、想像力の世界に、閉じ込められてしまったのだ。
「諸君! 選ばれし幸運な諸君は想像力の根源として――……」
ピンク色の球体が無数に浮かび、響く声でわめく。
僕たちは、夢を見ているところを捕まえられた「幸運な」魂たちだ。想像力の世界だというこの世界に歓迎された、とあの球体は主張する。
人間の想像力は、全てこの世界にいる僕らのおかげでなりたっている。
僕はこの世界で労働し、想像力の源を作らなければならない。
束縛された魂は、この世界で一定時間労働し、現実世界に帰ることを目標としている。なお、時間軸が異なるため、仕事を終えれば、現実世界で眠りに落ちた次の日の朝を、当たり前のように迎えることができるそうだ。逆らえば、二度と肉体に戻れなくなる。つまり、死だ。
以上、今現在の僕の説明。球体となった僕の魂は、ふわふわと仕事場に向かう。
白いもやのかかった世界には、おそらく果てがない。色とりどりの光がちかちかと点灯している。僕が目指すのは青い光だ。
想像世界勉強部理数系小学校算数課。
青い光の中に入ると、景色は一転、テレビスタジオになる。
僕は変化した自分の姿を確認する。半袖半ズボン、頭にはキャップ。
「弟役は君か」
声をかけられ、振り向くと同じような格好をした男性が立っていた。
「台本は読んだ?」
「まだです」
男性はふむ、と頷く。教えてしんぜよう、ということらしい。
「兄の俺は分速八十メートルで君より先に三キロ離れた街へ向かうが、四十分後に忘れ物をしたことに気がつき折り返し、分速百メートルで家に戻る。一方弟の君は、兄が家を出てから二十分後に兄の忘れ物に気がつき、分速九十メートルで兄を追いかける」
「携帯電話で連絡すればいいのにね」
はは、と軽快に男性は笑う。
「君は新人かな? そういうことを考えていたらいやになってしまうよ。俺は長いんだ、もうすぐもとの体に戻れる」
いいなあ、とは言わない。せめてもの抵抗だ。ああ羨ましい。
「撮りますよー」
ピンク色のふわふわが言う。俺と兄役の彼は、音もなく目の前に現れた家のハリボテを見上げた。家ではなく、家のような板があるだけ。その後ろに回り、待機する。
耳の奥でピンク色の声がする。お兄さん歩いてくださいねー。彼は本当に指定された時速で指定された距離をまっすぐに歩いて行く。僕は、ゴーと言われるまで待機だ。
きっかり二十分後、僕は耳元で響く「はいどうぞー」に合わせて家を出る。早足でてくてく歩く。耳元では常に速さの注文が入る。もう少し速くー、あーはいそれくらいでーす、いいですよー。カメラは僕らを遠くから撮っている。本当に遠くだ、二人ともきっちりと映るくらい。
きちんと撮って、それを子ども達の脳内に送り込むと、脳味噌のまだ解明されていない奥底の部分がその映像を受け取り、個々の脳味噌で映像処理を始める。計算の得意な子どもの脳味噌は、今回撮った映像をとてつもないスピードで簡略化し、数字を導き出す。計算が苦手な子どもだと、エラーが起こってどこかで映像が乱れる。それが計算ミスに繋がるというわけだ。
想像すると脳内に流れる映像。これはまさに、夢に閉じ込められた魂の努力の結晶を受け取った結果だったのだ。
兄役が遠くに見えても、僕らは手を降ったり、速度を早めたりはしない。あくまで黙々と歩いて、出会って、撮影終了。現場はふわりと煙に包まれたように消え去り、球体にもどった僕は青い光に向かって次の仕事を開始する。一日八時間働いて、それを何度か繰り返し、元の世界に戻るその日を待っている。
さて、この文章を読み、あなたは想像しただろう。脳内に僕の書いた文章の映像は流れただろうか。その映像の元はもちろん、僕がいるこの世界で作られている。
つい一週間ほど前だ。僕ら有志が集まり、ある実験に成功した。現実世界に、文章を送ることができたのだ!
なぜそんなことをするかって? そんなの簡単だ。
この苦しみを、全員平等に味合わず、運の「よい」魂だけが、だなんて変だ。
だからだ。想像の源、この世界の仕事の理由である「文章」を少しでも多く作り、発信していく。想像の源が増えれば、僕らのような存在も増えていく。
どうせ苦しいならみんなで苦しもう、というわけだ。
酷いと思うなら、この世界に一度来てみればいい。
眠りにつき、夢をみて、「眠った世界で」目覚めていた幸せを噛みしめることになる。
そろそろ字数制限だ。今度送る文章はもっと長くなるよう、改良を重ねなければと思う。
ここまで読んでくれてありがとう。
それでは、今日もゆっくりおやすみ。
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テーマ「不条理」




