夜な夜なかぐや姫
俺は夜な夜な、近所の竹林の中をうろつくのが好きだ。目的もなく、週に二三回はうろつく。雨上がりの竹の香りは最高だし、晴れている日に空を見上げると、竹と竹の間から瞬く星が、言葉にできないほど美しい。
そこで過ごす最高の時間のことを、俺は秘密にしている。誰だって、本当に大切なことは、胸に秘めているのだ。決して、我ながら変な趣味だと思っているわけではない。
その日も、いつものように竹林に繰り出した。一人暮らしは、自由だ。大量の課題のことを忘れて、澄んだ空気を吸いに行く。
暗い竹林の中を、懐中電灯片手に進む。電源は入れていない。今日は満月の日だから、月明かりで十分なのだ。懐中電灯は、念のための装備。
竹ばかりで同じ景色に見えるが、何度も訪れたことのある俺は、その微妙な並びを記憶している。縦に深い傷のある竹を右に折れると、こっそりと俺が置いた折りたたみの椅子にたどり着く。その日はそこで、風の音を聞くつもりだった。
傷のある竹を見つけ、それを撫でようと手を延ばしたときに、事件は起こった。ぴかっと、眩い光が一瞬だけ、あたりを照らしたのだ。わっ、と俺が思わず声を出すと、はっ、と息を呑む音が聞こえた。その後、ざ、ざ、と何かを引きずるような音がする。
恐る恐る、俺は音のした方を見た。目を凝らすと、黒い影があることに気がつき、心臓が飛び上がる。人ぐらいのその影は、ぴたりと止まって動かない。誰、と問いかけるが、返事はない。俺は懐中電灯をつけ、ゆっくりと、その影の足元から照らしていった。
影の正体は、桜色の十二単を着た、女性だった。……見間違いではない。
黒い髪はとんでもなく長く、いまにも地面につきそうだ。顔を照らすと、彼女は片手で顔を隠しながら、「失礼ではありませんか」と言った。
「あ、すみません……」
俺は、慌てて懐中電灯を下ろした。
「あの、そこで今、何か光りましたけど……大丈夫でしたか?」
我ながら変な質問だったが、俺は彼女に興味があったため、なんとか話をしたいと思ったのだ。彼女は、あっさり応じてくれた。
「あなたは、秘密を守れますか?」
ず、ず、という音が近づいてくる。衣擦れの音だ。彼女がこちらに歩み寄ってくる。俺は、懐中電灯を握りしめながら、二歩、後ろに下がった。彼女は、ずずずずず、と早足で近づいてくる。
そして、俺のすぐ正面まで来ると、人差し指を口に当てて、にこりと微笑んだ。
足元を照らす懐中電灯の光でも分かる、その距離で見た彼女の笑顔の、美しさと言ったら。口元に二つあるほくろが美しさを際立たせている、なんてことを考えながら、ぽかんとしている俺に、彼女は言った。
「どうぞ、ご内密に。あの光は、竹の光です」
「竹の光……?」
「竹が光る話は、ご存知でしょう? 今でも時々、懐かしくて遊びに来ているのですよ、この、地球に」
ふふふ、と笑うと、彼女はゆっくりと踵を返し、闇の中に消えていった。
竹が光って現れるって、かぐや姫か?
俺は、ふらふらと家に戻った。
俺は、かぐや姫に会ったのか?
まさか、いや、でもあの人は。
この世のものでは無いような、美しさだった。
よく眠れないまま、次の日大学に行って、俺は仰天することになった。
食堂で、彼女とすれ違ったのだ。間違いない、口元のほくろ。
「あ」
と言ったのは、ほぼ同時だった。彼女は、一緒にいた友達に何か言った後、俺に近づき「ちょっと」と言った。言うだけ言って、そのままずんずんと歩いて行く彼女を、俺は早足で追った。
ひと気の少ないところで、彼女は眉間にシワを寄せたまま振り返った。
「ボブも似合いますね」
と言うと、彼女は怪訝そうな表情を浮かべた。
「昨日の」
彼女が全てをいう前に、俺は何度も頷いた。
「あ、大丈夫です、言いません。昨日は流石にびっくりしましたけど、いろいろあるのでしょうし、その、どうぞ、ゆっくり楽しんでください」
それだけ言い捨てて、俺は逃げた。彼女は、何も言わなかった。俺はというと、ああ、今俺は、伝説の姫君と話したのだ! と感動していた。
そう、単純な俺は、かぐや姫と出会ったということを信じきってしまっていたのだ。
数ヶ月後、姫様本人直々に、あの恰好は彼女の趣味であり、自分で写真を撮っていただけだ、あの光はフラッシュだ、ばかめ、と告白されたときの落胆と恥ずかしさは、想像に難くないだろう。
しかし、まあ、彼女の秘密を握れたのだから、とも思ったが、彼女にも夜な夜な竹林を徘徊していることと、かぐや姫の存在を信じ切ってしまったという二つの秘密を握られたため、結局立場は今でも俺の方が弱い。
え? 立場って、彼女とどんな関係になった上での立場かって?
気になるところだろう。
それはもちろん、秘密だ。
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テーマ「秘密」 時空モノガタリ賞受賞




