旅をする姫君
山の奥の、さらに奥。旅をする姫君は、五十人以上の盗賊に囲まれていた。盗賊の頭は、気絶している彼女の護衛を、ずいと前に出す。
「質問に正直に答えることだ。さもないと」
護衛の首を切るジェスチャーに、やめてと姫君は叫んだ。かわいらしい叫び声に、一同は下品な笑いを漏らす。
「旅をする姫君、有名だぜ。旅の目的や正体は不明、お前についている護衛のことすら、屈強だという噂以外は不明なことばかり。宝を求めているんじゃ、不死の魂を持っているんじゃ。そんな噂が飛び交ってるぜ。今日、俺はその答えを知る」
一同が、拳を掲げて雄たけびをあげた。
「お前はなぜ、旅をしている」
姫君はためらうように俯いた。盗賊の頭が叫ぶ。
「はやくしろ!」
「――強くなるため」
姫君はそう言って、拳を握りしめた。強くなるため、と誰かが甲高い声で復唱する。げらげらという低い笑い声を、姫君の言葉が遮った。
「ったく、まだまだだよなぁ」
すぐに、一同はしん、とした。何だって、と頭が静かに問う。
「だからぁ、その方が宿を出て襲われたのは油断の証拠、五十人程度にやられちまって人質ってのも、ほんと、まだまだだ」
姫君の豹変ぶりに、一同はざわついた。頭だけが、にやにやと姫君を見つめる。
姫君はため息をつきながら、長い髪を素早くひとつにまとめた。
「何をする気だ」
頭の質問に、あん? と姫君は眉をつり上げた。
「返してもらうんだよ」
「どうやって?」
「決まってんだろ」
にやり、と姫君は笑うと、すぐ後ろにいた男の顔面を、思い切り拳で殴りつけた。全員が一瞬ひるむが、頭の「とっつかまえろ」の雄叫びで、瞬時に冷静さを取り戻した。
姫君は笑う。
「少しは骨がありそうだな」
しかし、姫君のその予想は外れてしまった。ものの五分で、頭以外の全員が気絶する事態となってしまったのだ。
「なんだよ、筋肉がついてるだけじゃねえか」
姫君がふん、と鼻で笑うと、硬直している頭に向かって、はやく、と手を差し出した。
「秘密、教えただろ。強くなるために旅をしてるんだよ。それ以上も以下もない」
頭は薄く笑うと、護衛を担ぎ、投げるようにして渡した。姫君は両手で護衛を抱えると、じゃあねと小屋を出た。
外に出た瞬間、後頭部に気配を感じ、姫君はとっさに護衛を放り投げた。そしてすぐに、両手で自身をガードする。その両手を捕まれ、捻りあげられた姫君は、苦痛の表情を浮かべた。
「なるほど、そういうこと」
と、姫君の後ろで女が笑う。ねっとりとした高音だ。
「あなたは姫じゃなくて護衛さん、護衛さんが王子様……王子様を鍛え上げる旅って感じかしら」
「なぜ……」
「あなた、さっき王子様のことをその方って、言ってたわよ」
「あ、やべ」
護衛の少女は、ちらりと舌を出した。長身の女がふふ、とほほえむ。
「ちなみにあたしが、この盗賊のお頭。嘘をついていたものどうし、仲良くやりましょ。王子様もお目覚めのようだし」
王子は、上半身を縛られたまま、ゆっくりと起きあがっていた。眠たそうな目で、捕まっている護衛の少女と、後ろでにやつく女性を見る。そして瞬時に状況を把握し、目を丸くした。
「おはよう、王子様。交渉を始めましょう。私、お金がほしいだけなの」
女が身をくねらせながら笑った。あーあ、と護衛が薄い笑みを浮かべる。
「何よ」
「ご愁傷様」
「その状況で負け惜しみ?」
女が王子から目を離したその隙に、王子は走り出していた。さて、と女が王子に視線を戻したときはすでに、彼は女のすぐ目の前までたどり着いていた。
「え……」
王子は顔をめいっぱい引き、女の額に自分の額をぶつけた。かあん、と骨と骨がぶつかる音がした後、女はあっさりと後ろに倒れた。
「怪我はないか」
王子は縄を自力で引きちぎると、護衛を力強く抱きしめた。王子こそ、と護衛は王子を抱きしめ返す。
「王子、いい加減私を守るとき以外も、強くなれるようにしてください。その為の旅ですのに」
「すまない。どうもね、好きな人を守るときじゃないと、力が出ないよ」
その言葉に、護衛は頬を赤らめると、王子からそっと離れた。さて、と立ち上がり振り返ると、一部始終を見ていた盗賊の頭(の振りをしていた男)が、口を開けてつったっていた。
「君、今のすべて秘密にできるよね」
護衛が言うと、男はこくこくと頷いた。よろしい、と王子が笑う。
「約束は守りたまえよ、さもないと、こうだ」
女を指さし、男に向かってウインクをする。ますます頷く男を見て、ふふ、と二人は静かに笑った。
「さて、次はどこに行きますか、姫君」
王子は、未来の姫君に向かってほほえんだ。
「海に行きましょうか。久しく魚を食べていません」
「そうだね、じゃあ、行こう」
二人は旅を続ける。強く、強くなるために。
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