あなたしかいないから、告白
「私、ときどき意味も無く泣いてしまうことがあるの」
何でもないことなのかもしれないが、私は勇気を持って彼に告白した。彼の部屋、リビングに座って、震える声で言った。握った手の平は汗ばんでいる。
彼と付き合って半年。私の弱い面を、彼に、唐突に告げた。
「夜になるとね、怖くなるの。なぜだか分からないけど、泣いてしまう。情緒不安定なんだと思う」
変なことを言って、と引かれるかもしれない。私は俯き、自分の膝を見つめた。
「よくあることなんじゃない。知らないけど」
あっけらかんと言う彼の言葉に、私はきょとんとしてしまった。
「小さい頃からなの……心の病気か何かかなって」
「病気でもいいじゃない。今まで生きてきたんでしょ」
「自分を傷つけたこともある」
言って、はっと息をのんだ。これを告げるのは、まだ早すぎたかもしれない。嫌われる。だめだ、怖い。私は強く握りしめている拳を、ますます強く握った。
「今は傷つけてないでしょ?」
彼は間髪いれずにそう言う。
「……まあ」
「じゃあいいじゃない。それに、傷つけたくなったら、俺に助けを求めればいいよ。いつ、どんなときでもすっ飛んで行ってあげる」
「……本当に」
「うん」
彼は笑うと目じりが下がる。私は、その表情に救われた。
言おう、言おうと思って半年目、この告白は、なんてことは無い会話のひとつになっていった。こんなに簡単に、自分の悩みは軽くなるのか、と思う。
彼は私を救ってくれた。
長年の私の悩みを、いとも簡単に。
「ねえ」
「何?」
「今私、凄くうれしい。これ、ずっと、言われたら嫌われるって思ってた」
冗談でしょ、と言いたげに、彼はからからと笑った。
「そんなわけないじゃん。俺は、どんな君でも大好きなんだよ。いつも言ってるでしょ」
「それ、本当?」
「本当だって、今証明して見せたでしょ」
彼は言う。私は、言おうと決意する。
「もう一つ、隠していたことがあるの。言っていい?」
「いいよ」
彼はどうぞ、と手を広げた。私は、彼の胸に飛び込んでいく。暖かい鼓動が、私を落ち着かせる。
「昔、父が刑務所にいたわ」
「へえ」
「人を殺しかけたの。私は罪人の娘なのよ」
「君が罪人じゃないんだろ」
「そうだけど」
「君が罪人になっても、俺は最後まで君の味方だよ」
優しい言葉だ。ふと、小さいころの記憶がよみがえる。転校する日のことだ。べたつく夏の始まりだった。どこからか飛んできた、人殺しの子どもだという罵声に、耳をふさいで逃げた。心無い言葉をかき消すように、泣いて、泣いて、校庭を出た。
母に何度も謝られた。あなたが悪いわけではないと、幼心に伝えて泣いた。父とは、もうあれ以来、会っていない。恨みでも無い、軽蔑でも無い、いや、その全てかもしれない感情が、延々と私の心の中で渦巻いている。
「ありがとう」
そんな私を、やはり彼は、救ってくれた。
「泣いてもいいよ。君はなかなか泣かないから」
「ううん。泣かないよ」
私は彼の胸に頭をこすりつけた。まるで動物の愛情表現だと思う。彼の前で、私は何もかもを脱ぎ捨てて、いち動物として、とても純粋な気持ちでいられるときがある。その瞬間が、とてつもなく好きだった。
「滅多なことじゃ泣かないの」
「そういうとこ、好きだけど」
彼と唇を重ねる。私の心の中にあった悩みのおもりが、次々と消えていく。うじうじと悩んでいた数分前までの私が、ばかみたいだ。
「あなたといると、心地いい」
「俺もだよ」
彼が私の髪を撫でる。私はまっさらな状態になれる。
「あなたしかいないって、思うの。重い?」
彼はしばらく返事をしなかった。ただ、私をますます強く抱きしめる。
「……ごめん」
無言は、困惑の証拠だと思い謝ると、違うよ、と彼は言った。
「そんなこと、君が言ってくれたの、はじめてだ」
「そうだっけ」
「そうだよ。俺は今、凄く幸せ。ねえ、俺しかいない?」
もちろん、と私は言う。
「あなたしかいない。あなたが私を受け入れてくれたように、私もどんなあなたでも受け入れられるって思ったの」
ありがとう、と彼は言った。声は少しだけ、弱々しかった。
「俺も、言えなかったことがある」
「なあに?」
「何でも、受け入れてくれるんだよね」
「もちろんよ」
彼は私を抱きしめたまま、言った。
「ありがとう。勇気を出して告白するよ。
まず、借金がある。一千万は超えるよ。昔しくってね。今、少しずつ返してるところ。
君のお父さんと同じ、前科者でもある。若いころに、何度か盗みと殺人未遂をね。
前科者はなかなか雇われなくてね。正社員って言ってたの、嘘なんだ、ごめん。アルバイターなんだよ。真面目に働いているよ。
ああ、やっと言えた。愛してる、本当に愛してるよ」
私は、彼の胸の中で硬直した。
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