死神と天使 イマージェンシー
死神の青年は、この町で一番高い時計塔の上にいた。つい先ほど繰り広げた、ここの管理人との会話を思い出し、眉間にしわを寄せる。
仕事かと訪ねられ、違うと言うとすぐに「じゃあ青髪の天使ちゃんか」と笑われた。なぜ知ってる、と目をむくと、図星だなと管理人は愉快そうに手を叩いていた。
ロマンチックだの、とからかわれたことも思い出す。全く、誰が言い触らしたのだ。
見渡す景色は、薄暗かった。ぽつぽつと淡いオレンジ色の明かりが見えるが、この町の住民は、大方、寝てしまっているのだろう。
たぶん今日だと、天使の師匠は言っていた。今日、彼女の魔力は暴走する。ロマンチックのかけらもない、一大事だ。発作的に起こる魔力の暴走は、もう何年も彼女を苦しめ続けていた。
死神は、夜の町を静かに見渡し続ける。本当は彼女の元に行きたいと思っていたが、毎日のように通うと、彼女は恐縮してしまうのだ。
そんな気遣い、いらないのにと死神は少し悔しく思っていた。彼女に心の底から頼ってほしい。いつだって、わがままなほどに、僕を振り回してくれてもいいのだ。
まだ、そこまで心を許されていないのか。死神は、時々彼女が何を考えているのか分からなくなった。彼女は、何も言ってくれない。自分を慕ってくれているのは確かだと思いたいが、言葉が少ない人なのだ。
うつむいたそのとき、視界の端に青く光るものを見つけた。顔を向けると、その青い光を覆うように、オレンジ色の光が瞬いた。
彼女だ。やはり今日だった。オレンジ色の光は、彼女の師匠の魔法の色だ。彼女の暴走を、何とか押さえつけているのだろう。押さえつけたまましばらく放っておけば、力を使い果たして彼女はやがて気絶する。それを待つのもひとつの方法だったが、彼女は自分の魔力によってぼろぼろになってしまうのだ。
それは避けたい。すぐに助けるためには、死神の魔法、魔力を殺す魔法が必要だ。
死神は袖を振りあげた。黒い煙が、時計塔の下に現れる。死神の姿が見える前に、彼は移動を繰り返す。煙が、町を縫うようにして移動していた。青い光に、黒い煙が向かっていく。
青い光のすぐそばに着くと、案の定、その光の中には彼女がいた。白い羽が、彼女を包み込むようにしながらゆっくりと羽ばたいている。オレンジ色の光を発しているのは、この町いちの魔法使いだ。
魔法使いは、死神の姿を見つけると何かを叫んだ。きっと自分の名だろうと死神は思ったが、それに反応する余裕は無かった。
手を伸ばし、指先に意識を集中させる。死神の指先から、薄い黄色の光が飛び出し、羽の中で泣いている彼女に勢いよく向かっていった。
黄色の光は、オレンジ色の光を通過し、青い光ごと彼女を優しく包み込んだ。オレンジ色の光がぱんと弾ける。魔法使いが反動で後ろ弾け飛び、数歩後ろによろけた。
青い光は、彼女の白い羽先から出ていた。その光は、やがて黄色い光に吸い込まれていくように消えた。
残された彼女は、黄色い光の中で死神の目を捕らえると、にこりと笑って意識を失った。
死神は光を操り、ゆっくりと彼女を地面に下ろした。すぐに駆け寄り、細いその体を持抱き上げる。あちこちにかすり傷ができていたた。魔法使いに目をやると、彼はすぐに、治癒の魔法で彼女を癒した。
「すっ飛んできてくれてありがとう」
死神は不満そうな表情を浮かべながら「いえ」と短く答える。
「……どうして彼女は、僕を頼ってくれないのでしょうね」
死神は、天使を強く抱きしめた。天使の体は、驚くほどに細くて軽い。
「僕が君のそばにいれば、こんな傷を負うことなんてないのに」
魔法使いは、ふ、と小さく笑う。
「頼ってるよ。魔力が暴走するなら夜がいいって、彼女、ずいぶんとがんばってた」
魔法使いの言葉に、死神は目を丸くした。
「そんなこと言ってたんですか」
「ああ。君に助けられるのが、一番心地いいそうだよ。あ、これ言ったって秘密ね」
口の軽さに、死神は「あっ」と眉をつり上げる。
「時計台の管理人さんに、僕らのこと、話したでしょう」
「いいじゃない」
「からかわれましたよ」
もう、とため息をついた後、死神は視線を落とした。天使がすやすやと眠っている。
「暴走するなら夜がいい、なんて言ってくれたんですね」
「知れてよかったかい? 君ら、もっと自分の気持ちを伝えなよ。さっきのこと、直接言ったら、その子喜ぶと思うけどな」
魔法使いの言葉に、死神は静かに笑った。
「そうですね、今度、僕の気持ちをしっかりと伝えます」
もしかしたら、僕も自分の想いを伝え切れていないのかも知れない、と死神は反省した。今度、しっかりと話し合おう。もう、やきもきしながら、夜に光る青を探さなくてもいいように。
「お、いよいよプロポーズ?」
「からかわないでくださいってば!」
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テーマ「夜に光る」