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ビギンズナイト㉚

「あれ? どうしたんですか、マイカさん。

 こんな遅い時間に」


 扉を開けた先にいたのはマイカさんだった。

 普段の派手な戦闘装束とは懸け離れた地味なパジャマに身を包んでいる。

 それが却って身体のラインを際立たせ、何ともいえない色気を醸し出している。

 邪な視線を悟られない様、俺はそっと目線を逸らす。

 しかしそんな俺の問い掛けに彼女は答えず、不安げに部屋を覗き込んできた。

 そして誰もいない事を確認。

 すると安堵する様に胸を押さえながら深呼吸をし始める。

 何だろう?

 いつもズバっと切り込んでくる彼女らしくない。

 何回か深呼吸をした後、踏ん切りがついたのだろう。

 見惚れる様なとびっきりの笑顔を浮かべるや、俺に話し掛けてきた。


「AHOY~♪

 こんばんは、ショウ君」

「はい。こんばんは」

「今、ちょっとだけお邪魔しても大丈夫かな?」

「ええ、問題ないですけど……」

「じゃあ失礼して、と」


 トトトと俺の脇を抜け軽快に中へ入り込むマイカさん。

 シャワーでも浴びたのか、少し湿っている赤毛。

 擦れ違いざまコンディショナーの香りが仄かに漂う。

 戦闘の邪魔になるからと、いつも縛っている髪を今はストレートにしている。

 見慣れないその姿に……

 胸が激しく鼓動を刻み始める。

 おいおい、しっかりしろ俺。

 マイカさんは魅力的な女性だけど、そういう対象にしたら失礼だろ?

 内心の動揺を抑えつつ俺は平静を装いドアを閉める。

 必要以上の物がない室内。

 マイカさんは物珍しそうに周囲を見渡している。

 そういえば互いの部屋は入った事がなかったな。

 二か月以上も行動を共にして共同生活をしてきたが、プライベート空間はきっちりと区分けしてしてきた。

 まあ女性陣の中に男が一人なのでそれは大変有難い配慮だったが。

 何かを思案するように悩むマイカさんだったが、開口一番宣言する。


「よし、じゃあショウ君の秘匿本を探そう!」

「それは仲のいい同性の友人宅に行った際に行う通過儀礼です。

 今やる事じゃないし……第一、ありませんよ?」

「え? 嘘でしょう!?」

「本当です。

 何なら探してみますか?」

「年頃の男子が秘匿本を所持してないなんて……

 あ、分かった! 電子派なんだ?」

「残念ですがそれも違います」

「ならばショウ君は……もしかして(ごくり)。

 アッチの人……なの?」

「何でそうなるんですか!

 普通に女性に興味はありますよ!」

「あはは、なら良かった。

 それならばさ――

 あたしにも、ワンチャンあるよね?」

「え?」


 聞き返す間もなく……

 突如、抱き着いてくるマイカさん。

 顔を俯かせている為、その表情は覗えない。

 驚きのあまり反射的に身を捩る俺。

 だが、彼女の全身が小刻みに震えていることに気付く。

 そうか……怖いのだ、彼女も 

 先程垣間見た身近な死。

 無慈悲なその手触りにおそらく不安を感じているのだろう。

 俺は幼子をあやす様に軽くハグをすると頭を優しく撫でていく。

 小さい頃、寝付けない時ミハルさんによくやってもらった。

 これをやって貰うと凄く安心出来たものだ。

 不安を払拭するには一番だろう。

 効果は覿面で、震えが止まりぎゅっとしがみつき返してくるマイカさん。

 豊かな双房が押し付けられ潰れる。

 またブラをしてないのか。

 む、無防備にも程がある。

 パジャマ越しとはいえ感じ取れる弾力。

 生々しいその感触に俺は狼狽する。

 そんな俺の葛藤を他所に、マイカさんは俺の胸元で首を振る。


「違うよ、ショウ君」

「え?」

「慰めてほしいんじゃない。

 凄く嬉しいけど……

 君に伝えたい事があって今日は来たの」

「伝えたい事?」

「うん。

 ずっと前から気付いてはいたんだ。

 君に惹かれていくあたしの想いを」

「マイカさん……」

「あはは。

 ごめんね、急に。

 こんな風に言われても迷惑だよね?

 あたしさ、がさつだし年上だし……

 その、全然魅力的じゃないし」

「そんな事ありません!

 マイカさんはいつでも……

 初めて会った時から凄い魅力的な人ですよ!」

「ホント?

 それならば嬉しいな。

 本当はさ、本当はね……

 これからも隠していく気だった。

 ルリアとミコに申し訳ないから。

 でも――さっきの光景を見たらその決心が揺らいじゃった。

 この気持ちを知って貰わないまま死ぬのは――

 この気持ちを伝えずに死んじゃうのは――

 絶対嫌。嫌なの!」


 普段の余裕ぶったお姉さんぶりはどこへ行ったのか?

 胸元に熱い雫が零れ落ち、滲み込んでいく。

 幾度も幾度も。

 まるで五月雨の様に。

 年上とはいえ僅か21歳の女性だ。

 今まで必要以上に無理を重ねてきたのだろう。

 一味を率いる頭目として。

 虚勢の剥がれ落ちた今の姿こそが素顔のマイカさんに違いない。

 ただ駄々をこねる幼子の様なその姿を俺は……

 可愛い、と思った。

 守りたいと思った。

 だから優しく頬を挟み込み、上を向かせる。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔。

 明るいハシバミ色の瞳が俺を怖々と映し出す。

 ああ、奇麗だ。

 そして何よりも不安にさせたくない。

 心を突き動かす衝動のままゆっくり唇を重ねていく。

 拒否は無く、彼女は瞳を閉じると俺に応じ始める。

 最初は甘く、次第に熱く。

 絡み合う舌と舌。

 互いを求め合う指と指。

 俺達は時を忘れ、ただ無心に貪り合う。

 それは恋には遠く、愛には近過ぎて。

 目前に迫った闇を払う様に、明らかになった心を確かめ合う。







 



 この日……俺は本当の意味で漢になった。




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