二人の朝
魔王ヴァリアッテ・スノーホワイトは朝が非常に弱かったりします。
地球時間でいうところの午前八時に起きないといけないはずなのなのに、二度寝したり、ベッドの上でごろごろしていたりで起きるのはだいたい午前九時前だったりします。
久能はヴァリアッテと同じ部屋に飼われているので、ヴァリアッテを起こそうかどうしようか毎朝悩んでいます。
そろそろ起こそうかと決意するのは、だいたい午前八時二十分頃です。
「ヴァリアッテ様、そろそろ起きないと」
「余はねむいの」
久能が起こそうとすると、ヴァリアッテの第一声は必ずその言葉でした。
そう答えて、声をかけてきた久能を足の裏で軽く小突くように蹴りました。
ヴァリアッテに蹴られた久能は、これでようやく今日一日が始まったと感じるのでした。
久能を蹴ったヴァリアッテは、それで充実感が生まれ、気分がしゃっきりとしてきて、起きてもいいかなと思い始めます。
でも、ヴァリアッテはまだ起きません。
「そろそろ時間ですよ、ヴァリアッテ様」
起きているのは分かっていても、ベッドを出ようとしないヴァリアッテに久能はそう言いました。
「起きるには、まだ早い」
ヴァリアッテはもう一度久能を蹴りましたが、今度は足先でした。
すると、頭の中がすっきりとしてきて、ヴァリアッテは頃合いを見て、起きようと思うのでした。
久能はというと、その蹴りで何故か安心するのでした。
そして、次に久能に起こされた時にようやくヴァリアッテはベッドを出るのでした。
もちろん、久能を足蹴にした後に。
ヴァリアッテが鈴の音を鳴らすと、オークのメイド長・アッサンと、エルフでメイド長補佐のリーネ・アーシュタインが朝食を運んで来ました。
外見はいかついですがメイド長のアッサンは、とても繊細な上、几帳面な女性です。
それに引き替え、メイド長補佐のリーネはおおざっぱな性格をしていて、繊細そうな美しさのある外見とは対照的であったりします。
ヴァリアッテの食事はアッサンが机の上に置き、久能の食事はリーネが地面に置きました。
二人の食事を置いた後、アッサンとリーネは一礼して、部屋を出て行きました。
今日の朝食は根菜類のスープ、目玉焼き、パン、それと、ジュースでした。
「余が『良し』と言うまで食べては駄目だぞ」
「分かっているよ」
これはいつもの事です。
ヴァリアッテが食事を終えるまで、久能は朝食を食べる事ができません。
「久能、来い」
ヴァリアッテは久能を呼びました。
久能はヴァリアッテが何をしたいのかすぐに分かりましたが、あえて何も言わずに、ヴァリアッテのそばへと行き。ひざまづきました。
「口を開けよ」
久能は言われるまま、口を開けました。
「余からの褒美である」
ヴァリアッテはスープの中からにんじんをフォークで刺すと、それを久能の口の中へと運びました。
久能はにんじんが口の中に入ってきたのを確認してから食べました。
「うむ、よろしい」
ヴァリアッテはにんじんが嫌いでした。
そのため、にんじんが入っていると、褒美と称して久能に食べさせているのです。
ヴァリアッテの食事が終わるまで、久能は朝食を食べられません。
床に正座をして、ヴァリアッテが食事を終えるまで、その様子を見ているしかないのですが、久能的にはさほど気にしてはいませんでした。
ヴァリアッテは嫌いなもの以外は美味しそうに食べていて、好物のデザートを前にして目を輝かせ、口に入れた瞬間、とても幸せそうにしている姿は何度見ても飽きないものでした。
そして、食べ終えて、満足している表情もまた一段と愛らしいのです。
そんなにも愛らしいヴァリアッテの下僕になれて、と久能は満たされるのでした。
「もう良いぞ」
「では、いただきます」
その一言で、久能は朝食を食べ始めます。
もちろん正座したままで、お皿を持ち上げてお箸を使って食べます。
ヴァリアッテはお箸を使った事がなかったので、久能がお箸を使って食事する姿を最初は物珍しそうに見ていたのですが、便利そうだと分かると久能のを取り上げて使い始めました。
一回目は、久能よりも上手く扱えなかったので拗ねてしまいましたが、すぐに久能よりも起用に扱えるようになり、小豆であろうとも普通にお箸でつかめるようになりました。
その後すぐ、ヴァリアッテはすぐに自分用の箸を職人に作らせたのです。
「可愛いし、持ちやすい。これは良いものだな」
久能が住む日本のサクラをモチーフにした模様の入ったお箸でした。
スプーン、フォーク、ナイフ、お箸がヴァリアッテの前に並べられ、それらを巧みに使い分けながら食事をするようになりました。
「……まだか?」
ヴァリアッテはつまなそうな顔をしながら、久能の食事姿をじっと見守っています。
そんな目で見られていながらも、久能はゆっくりと食べます。
かき込むように食べると、食べ方が汚くなるせいか、ヴァリアッテが不機嫌になります。
なので、不快に感じさせないよう所作に気を配りますが、急いでは食べません。
「まだ食べ終わらぬのか? お前は本当にダメな奴なのだな」
ヴァリアッテにそうなじられるように言われるのが嬉しいからです。