神の化身
さて、事のあらましをお復習した訳だが。
(ここは何処だ?)
気が付けば、私は先程とは全く違う場所に居た。
マンションの一室なのは変わり無いのだろう。しかし明らかにもっと高級な部屋だ。かなり広々とした部屋には、白と黒のツートーンカラーで構成された家具が丁寧に配置され、持ち主のセンスの良さが見てとれる。
リビングと思われる場所に私は立っている。
目の前には、白いテーブルを挟んで黒いソファーに腰かけて、クリップボードを使って何かを紙に書いている男。
肩まで伸びた白髪は、癖の有る跳ね方をしている。少し犬のようなイメージを受ける。
灰色のタートルネックに黒のジーンズパンツと言うビートルズスタイルを身に付けているが、正直頭の印象が強くて余り似合っていない。
足を組み直しながら「さて、次は…」と言いながら此方を見た彼は、私と目が合うとかなり驚いたのか。大きく目を見開き、足を戻しながら前のめりになり、此方を下から舐めるように見ている。
「驚いた。形になってるなんて何百年ぶりだろう。」
そう呟いた彼は、クリップボードを目の前のテーブルに置いた。
(何だ、あれは…。)
しかしクリップボードの上に有るものは紙ではなかった。まるで映りの悪いテレビ画面に表示されているデジタルなモザイク画像をA4サイズに切り取ったかのような物が、チカチカと瞬きながら色を変え、形を変え、シルエットを崩している。
「初めまして、羽生彰利君。私はサルバトーレ。神の化身さ」
そう自己紹介した白髪の彼。しかし最後に何て言った?
神の…化身…?
大丈夫かコイツ。
「信じれてないね。まぁ無理もないよ。今の君は、見知らぬ人間によって知らない場所に連れ込まれたと言われた方が余程しっくり来るだろうから。」
スッと右手で、私から見て左側。彼から見て右側のソファーに座るように催促される。私は一先ず、お言葉に甘えて黒いソファーに座った。座り心地はまぁ普通だ。
「これは見えてる?どんな感じ?」
そう言いながらクリップボードの上をトントンと
叩く。彼の指が触れる度に激しく模様を変えるモザイク。しかしありのままを伝えても通じるのだろうか?
「あー、何と言いましょうか。不出来なドット絵とでも言いましょうか…」
と、そこで区切り、続きを言おうとしたとき「成る程」と彼の話が始まった。満足はしたらしい。
「そこまで形になってるんだね。驚いた、君は高位の聖職者とかそういった立場に就いた訳でも無いのに、何だってそこまで自己観測が出来ているのかな?」
そう興味津々で頷く彼。しかしまぁ、よく解らん事より今の状況を教えてほしい。
「あの、その前に、ここは一体何処なのでしょうか?」
その疑問に答えはすぐ返って来た。
「ここは私の仕事部屋さ。位置としては、君達で言うとこの世とあの世の狭間って所か。」
そう言いながらソファーにもたれ掛かり、優しそうな顔でこう告げた。
「羽生彰利君。君は死んでしまったんだ。」
「…」
正直、そんな気はしていた。恐らく私は感電したのだろう。そして最近、風呂上がりや立ち上がった時等に違和感を感じていた私の心臓は、たかだかゲーム機ごときの電圧で心停止してしまった訳だ。確かに今思えば些か軽率だった。しかしあの程度の事で感電してしまうと言うのもおかしな話だ。何らかの不良が有ったのだろう。
…もしやあの手紙がその警告だったのでは?だとしたら遅すぎる。なんの冗談だ。
しかも雨が原因で手紙も読めず、感電までするとは…。
「では、ここは所謂閻魔様の御前と言う場所なのですか?」
「いや、ここはそういう所じゃないよ。言うなれば面接会場とかカタパルトとかかな?」
カタパルト?面接はまだわかるが、カタパルトってあのカタパルトか?何でまた。今からあの世に向かって「羽生彰利、行きまーす!」ってやるのか?
では…と言いかけて、こほんと咳払いをし始めた彼の声を傾聴する。
「君がここに来たのは訳有ってなんだ。実は君に別世界で人生をやり直してほしいんだ。」
何だって?
生まれ変わるのはまだ良いが、別世界?
あれか、異世界転生と言う奴か?息子や孫から色々聞いてはいる。近頃流行りの創作対象なんだとか。そう言えば、『カースボーン4』にも異世界転生者が居たっけな…。
「それはまた突然ですね…。私としては妻の元に参りたいのですが、私に拒否権は御座いますか?」
今言った通り、私は愛する妻のもとへ向かいたいのだ。彼女と再び会える機会が失われるなどとても困る。
「まぁ拒否権は有るけども、君の奥さんも既に転生済みだからね。このままでは確実に会えないよ?それからね、向こうに行って欲しいのには訳があるから、それなりの報酬とか出るけど。ここまで聞いてまだ首を横に降るのかい?」
なんとなんと、妻は既に転生していたのか!私を置いて行ったという事になるので少しばかり悲しいが、そうと解れば次は早い。報酬とやらも気になるし、まずは話を聞いてみよう。
「成る程、では詳しくお聞かせ頂きたいと願います。」
「うんうん。まずね、向こうの世界は剣と魔法の溢れるファンタジー世界なんだ。つまりは科学が発展していない訳でね?こちらと違って魔法が発達『出来ない』訳でもないのに科学が停滞しているのは、神様的に詰まんなくてね。」
剣と魔法か。そう言えば、妻の静江はお伽噺が好きだったな。遺品のなかには、古びた絵本や革製の表紙の本、さらには最近のものらしい挿し絵の本も有ったな。成る程彼女が私を置いていく訳だな。
「更に言えば、80年程ずーっと戦争しっぱなしでね。オマケに魔獣の大発生とか疫病とかで、人工が大きく減っちゃって。だめ押しとばかりに、生まれ落ちるのを人々が拒否しちゃって。そりゃそうだよね!産まれてもまともに生活できないんじゃ意味無いもんね。」
フフフと笑いながら告げる彼に、同意の頷きを返す。
全くもってその通りだ。一度きりの人生なのに、未来は不確かなことが確かな状態。そんな環境に自らを置くわけもなく、人々は再び生まれ落ちることを拒否しているのだという。
しかし、そんな弾んだ声で言う事では無いし、ならば対策を講じろよと思わなくもない。そんな私の心を読んだか、或はもとより言う予定だったのか。弁解を始める化身サルバトーレ。
「いやまぁね?なら神様パワーで何とかしなさいとか思うんだろうけど、そもそも僕ら住んでる世界違うし。管轄違うし。しかも神様って結構やること多くてね。休息だって必要だし。やりたくても出来ない事なんていっぱい有るのさ。だから、僕らがこうして出張って来ているって訳さ!」
とのこと。一息に言う辺り、中々鬱憤が溜まっているのかもしれない。
「それで、具体的には何をすれば良いのですか?」
「早い話が、科学技術を多用した、約500人規模の村を作って欲しい。それも2つ以上ね。それさえ出来れば、後は自由にしてて良いよ。あ、でも神への反逆とかは止めてね!」
しないよ反逆なんて。
しかし村興し、しかも複数か。中々な難易度だな。
「成る程、報酬と言うのは何でしょうか?」
「何が良い?叶えられる願いは出来うるだけ努力しよう。なんてったって神様の、半ば我が儘みたいなものだ。個としての自由や権利を認めておきながら、義務以上の事をさせようとしてるんだからね。私はこの通り化身でね、どちらの立場にもなれるのさ。人と、神とのね。」
身ぶり手振りの多い彼は、雰囲気と言い名前と言い欧米系のノリだ。
彼の言いたいこととは、詰まりは『どちらの主張や都合も理解が出来る』と言う事だろう。それならある程度は要求しよう。具体的に言えば、向こうでも出来るゲーム機か、私の夢と言っても過言ではない、ゲームのキャラクターに『成る』ことだ。
彼等の様に超人的な肉体でもって目の前の障害を尽く粉砕する、私が憧れた正義の味方。清々しい生き様。そんな存在に私もなりたい。私が彼等の横に並ぶと言うよりは、『彼等に成りきりたい』。
そう思うのは間違っているだろうか?
いいや、人には其々の趣味趣向や世界があるのだ。そう簡単に否定できるものではない。その筈だ。
「私の一番お気に入りのゲームの登場キャラクター達になりたいです。具体的に言うならば、私の部屋にあるゲームで『カースボーン4』の私のセーブデータのキャラクターから可能なだけお願い致します。あ、彼等の装備品やアイテムもです。それがなければ彼等は成り立ちませんから。」
私のアバター達は、公式から発表されているキャラクターエディタの数値を適用している。それを見れば、彼等とて誰に成りたいか解るだろう。誰が駄目で誰が良いのかはわからないが、誰でも私の好きなキャラクター達だ!もし認可して頂けるならばそれだけで文句は出ない。
「ゲーム…だって?…どれどれ…。」
そう言うとサルバトーレは少しばかり考え込み、やがて何かに辿り着いたかのようにハッと顔をあげ此方を見た。
私が何を言いたいのか解ったのかと思ったが、にやけ始める彼の顔は別の意図を写し出している。
「ははぁ、成る程ね!君がこんなにも形が出来ている理由が解ったよ。」
やれやれと言った感じで首を降り、フーと息を吐くサルバトーレ。
いやいや、急にそんな事言われても困るのだが。
「いやはや、これでデュオニュソスの唱えた教育論は花を咲かせたわけだ。これじゃ益々(ますます)アポロ達の肩身が狭くなるなぁ…」
とか何とか言い出した。
「それはどう言う意味ですか?」
と、思わず聞いてしまったが、彼はにこやかに話を続けてくれた。
「うん、実は百年とちょっと前から人間の魂の段階に対する育成方法と教育論について話がされ始めててね?で、全然進展が無くて。あれでも無いこれでも無いとやりあっていた規律や教育を司る神々に、ある時冷やかしに来たデュオニュソスが笑いながらこう言ったんだ。」
『人間の娯楽に対する欲求と情熱は凄まじいぞ』
「とね!彼は、教材を教材として人間に与えるよりも、より分かり易く覚え易い方法を取れよ、と規律や教育を司る神々を馬鹿にし始めたんだ。」
煽っていくスタイルのデュオニュソスとやら。しかし彼の言っている事は実に正しい。人間とはそこまで出来ていない。中には飲み込みの良い人も居るには居るが、基本的に何事もわかり易くされているに限る。
言い方はどうであれ、彼の唱えた教育論こそ人には適している。私は肯定の意味を含めて頷いた。
「で、激怒する神々に彼は」
『定期的にガブリエルとヘルメスを貸してくれるなら、30年と掛からず最初の一人を産み出してやろう』
「と言ってのけた。これにぶちギレたアポロは、他の神々に自らデュオニュソスへの協力を申し出た。」
『出来なかったら解ってるだろうな?』
「と、デュオニュソスに前置いてね。」
ほほう、喧嘩を買ってしまったのか。デュオニュソスとやらは中々口が上手いな。アポロはまんまと協力を取り付けてしまった訳だ。
しかしだ。それと私の…形がなんたらと、どう関係が有ると言うのだろうか?
私がどんな顔をしていたかは判らないが、私を見つめていたサルバトーレは1度笑みを深くした。
「さて、ここからが君の話だ。ガブリエルとヘルメスと言うのはどちらも伝達役の天使と神様と覚えておけば話は早い。まぁ間違ってはいないからね。でね、デュオニュソスが彼等を使って行ったのが『娯楽の中に進化の教材を混ぜよう』って奴なんだ。」
ははぁ、話が見えてきた。
「つまり、私の最も好んでいたゲーム『カースボーン』には、神々の介入があり、知らず知らず私は神々の教育を受けていた、と?」
「そうなるね!」
と被り気味に声をあげ、大きく頷く化身サルバトーレ。
「まぁ、ゲームだけがデュオニュソスの唱えた方法なのでは無く、他にもまだまだ有るんだ。小説、スポーツ、博打、etc.兎に角沢山のモノに多くの介入がある。…が、成る程ね、最近の子達がやたらと物分かり良く異世界転生してくれるものだから何だろうとは思ってたけど…。そう言えば先駆者達の経験や思い出を、ほぼそのまま本にしたとも聞いたし。まさかここまで出来上がってるなんてね。」
そんな経緯があったとは。
しかし、今の私には大して関係ない話の筈だ。肝心なのは『憧れの英雄達に成れるか』なのだ。
「教えて頂きありがとうございます。それで、私の要求は通りそうですか?」
「うん、問題無いと思うよ。このアイクってアバターは少しばかり手こずりそうだけど、向こうの神様に手伝わせるから平気平気。」
おお!やったぞ!!!
私の夢がまともに、ほぼそのまま叶うのだ!そんな事、この世に生まれ落ちて1度も無かった!やった!あぁ、ありがとうございます神様!
内心躍り狂いたい所をグッと堪えて、次に重要な質問をする。
「ありがとうございます。それで、どのキャラクターになれるのでしょうか?私としては、セーブデータ1番の、アイクが嬉しいのですが…。」
すると、サルバトーレはキョトンとした顔でこんな事を言い出した。
「いや別に、全員で良いじゃない?遠慮すること無いよ。」
…へ?
「もっとえげつないお願いする人とか居るから平気平気。君の場合出来ないことも多いし、変身にも制約があるし、優しい方だね。」
か、軽く言っているが全12データ全てに成れると言う事になってしまうのでは?私一人で12の体を使い回せるのか…正に団体一名様、いや、一命様か?
しかしこれよりえげつないお願いとは一体…
いや、藪をつついて蛇を出す気は無いのだ。聞かぬが花だ。
「そ、それはそれは。アイテムの方は…どうでしょう?」
これは欠かせない。生き抜くためにも、必要なものだ。
「問題無いね、人を作り出すより物を産み出す方がよほど簡単なのさ。こんな程度まだマシだよ。」
あっけらかんと言う神の化身。しかしだ、流石に全てで
は無いだろう。
「魔法もですか?」
「再現可能さ。」
「奇跡も?」
「余裕だね。」
「装飾品の効果もですか?」
「赤子に魂を宿させるより楽チンだ。」
なんとまぁ…。
人を産み出すとはそんなにも大変なのか…。と、私が顎に手を当てうんうん唸っていると、
「言っておくけど、これは君だからこそ施せるものなんだ。」
と言いながら腕を組みつつ、右手の人差し指を立てるサルバトーレ。
「私だから、ですか?」
「うん。今から向こうの世界の基本的な知識をインプットしてあげるけど、君はその中にある『体を自由に入れ換えられる原理』を理解出来るからね。それに、君の『意識』は、『コレ』にも耐えられるくらいに強靭で頑丈だ。」
そう言うと、突如私の中に向こうの世界のある程度の知識が流込んできた。
向こうの世界は『アールドフォスモン』と呼ばれているらしい。これはかなり昔に初めて送られた転生者が呼んでいた呼び方が変化したものだ。彼が国を興し、現地の文化と混ざり合った所、300年ほどでこの呼び方に変わっていったとか。
総人口は25億人程。内の10億程が『短命種』人間であり、『獣人種』6億、『魚人種』3億、『竜人種』『長命種』が其々2億程。他に『妖精種』1.8億ちょいと残りの『神』らしい。
いや神様を人口に入れるってどうなのだ?
もしやそれくらいしょっちゅう御光臨なされるのか?止してくれ…。曲がり角とかで鉢合わせたりしたらどんな顔をすれば良いんだ。真剣に悩む。
世界は『世界』と言うエネルギーを何をするにしても消費する。魂は世界を消費して作り出すが、条件により成長する。やがてそれは新たな世界に成り得るが、その前に大体の生き物は魂を育てる器が劣化し死ぬため、残った魂を元の世界へ還元し、また新たな物事を世界を消費して行う。
らしい。
全ての生き物に魂の強度と肉体の強度が別々に存在し、私は肉体の格は低いまま、魂の強度だけゲームの物を適用するらしい。
カースボーン作中でもレベルの名称は『ソウルレベル』であり、それさえ上げればアバタークリエイトで細腕の女子にしても、100キロを越える特大武器を振り回す事が出来ていた。それは現実でも適用される法則なのだと言う。これはデュオニュソスの教育論の影響で、ゲームの設定がかなり向こうの世界の理に近いからこそ出来る芸当なのだとか。
だがそれは一つの魂が複数の肉体を持つのでは無く、一つの意思が複数の魂と複数の肉体を持つと言う事になる。
それは一つの生き物として成立できるのだろうか?と思いそのまま疑問を聞いてみた。
「良い質問だ。良いかい?君達の言う『個人』なんてね、所詮は自身の知識、経験、技能と他者からの観測に基づく区別であって、僕達の知る本質は違う。現に、今君は肉体も無ければ魂すら無い。『意識体』、或は精神体と呼ばれるものなんだ。」
なんと、既に私の魂は世界に還元済みなのか…てっきり今のこの状態こそ幽霊的なモノだと思っていたが。
「魂を肉体にいれると意識が生まれる。意識とは基本的に魂によって産み出される外殻みたいものでね。その殻を貼り付けたり剥がしたりするだけで、他の体における魂に意識が宿ら無い様に手順を踏めば後は『君』と言う『意識』が操る。それだけの、単純な御話さ。」
と言いきった。
納得が行った。例えるなら、人形を複数用意する。それらに風船を結びつけて私の顔写真を好きな人形の風船に張り付ける。変えたければ、剥がして付け替える。そんなイメージだろう。
「正しく理解できたね?でも、それも普通ではないんだ。君はある程度の年齢を重ねて知識理解を深めてから、現代社会に置いて様々な娯楽に触れて神々の教育を受け『啓』を得た。だからこそ君はある程度の我が儘を通せるのさ。」
「通しても問題の無い器が有るからね」とサルバトーレは言った。器とはつまり『意識体』とやらの事なのだろう。
向こうには魔法、奇跡、闇魔法、スキルがあり、全て使う力が違うらしい。魔法は魔力、奇跡は魔力を奉納して神力を借りる、闇魔法は魔力に人の持つ業の力を混ぜて使う、スキルは生命力を練り直し、魔力と業の中間の『気』を使うらしい。
カースボーンには魔法も奇跡も闇魔法もあったがスキルなんてそんなものは無かった。
原理としては、『自分の世界』を『ひっくり返し』て『外の世界』の『自分の体』を『被う』。そうして纏った『自分の世界』を行使するのがスキルなんだとか。よって世界の反転や纏った世界の行使に『魔力』と『人の業』と言う、『人の意識』の力が必要なんだとか。また、『人の意識』は産まれた環境や育った環境により色も指向性も変わる為に発現するスキルや得意とするスキルは人によってかなり差があるのだとか。
また、向こうの世界に置いて魔力は神々には産み出せぬ力であり、しかし神々には、その外見の維持や神としての本能を押さえる力として無くてはなら無い力なのだとか。『外見』と言う殻や、自然体では高まってしまう『位層』を下げるための魔力が足りなければ、只でさえ啓の浅い人が神々を認識することが更に難しくなるのだとか。
そして神々は、まだ向こうの人が神の手を離れるのは早いと考えているらしい。
向こうの世界自体は、特に何かしらの不足で危険な状態と言う訳では無いらしい。ただ、他世界からの侵略行為を受けていて神様達はそっちの対処に追われてるんだとか。
「神々が、戦っている…?」
それはつまり、今から向かう世界の神々と更に別の神々が戦争を引き起こしていると言う事になる。
「そうとも、そんなにおかしな話では無いよ?自分達が治める世界をより良く、大きくしようとするのは神々の義務だもの。だからこそ、神々のレプリカである人類は永遠までも争いを止められないのさ。」
成る程。
「更に言えば、負けた世界は勝った世界に取り込まれる。複数の宗教と複数の主神が1つの世界に存在するのはこのせいさ。勝者の派閥はそのままに、敗者の派閥は消失か縮小されてね。ま、今のこの世界は、『1人の王様』が起こした『神々の大誤算』により神々の介入から乖離されているからこれ以上主神が増えることもなければ、有力宗教が増えることも、世界が広がる事も無いのだけどね。」
と、話を閉めた。
向こうの世界は様々な国や世界から転生者と転移者を招いたために、様々な文明や文化が混じり、又は反発して混沌としてるんだとか。お陰で英語やドイツ語やロシア語が向こうでも喋られているらしい。
そのせいで戦争が起きたのでは?と思ったが聞かぬが花だな。沈黙は金、笑顔はプラチナ。妻がよく言っていた言葉だ。
しかし、知識をインプットすると言う割には随分と情報が足りない。正には向こうの『世界』に関する『基礎』の知識しか無く、より詳しい地理や情勢等の知識が見当たらない。
「1つ質問が有るのですが、この知識には地理や各国の情勢。言語、文化、文明等の情報が欠落している様なのですが。」
と私が指摘をした所、彼はとても嫌そうに顔を歪めた。ミスを指摘されて嫌がっているのかと思ったがどうも違う様だ。
「勘弁して。全部となるとかなりの神々に協力をしてもらわないと成らないんだから。出来る事は全部君が自分でやって。今の知識だって、『人では証明が出来ない』ものだけだ。それに僕にだってノルマが有って今結構急いでるんだ、この後2人も控えてるんだぜ…。」
と、首を横に振る。
ノルマなんて物が有るのか。化身も大変だな…
「言っておくけど、これも特別対応なんだよ?誰かと目を見て話すのなんて久し振りだからこそなんだ。普通なら、ここまで手を貸す事はしないんだから」
と言う彼。恥ずかしそうに頬を掻いている辺り、長年色々な人を見ていたからか何と無くそんな気がするだけだが、彼は結構寂しがりやな気がする。
とりあえず、私は素直に頷いておく。特別扱いなんて文字通り有り難い話だ。
「そんなところかな?ではそろそろ向こうに向かってもらう。準備はオッケー?」
まだです。
「体の取り換え方やアイテムの取り出しかたが知りたいのですが…」
「あぁ、そうだね。良いかい?自身の内側の世界に意識を向けるんだ。前にも言った通り、魂は世界の欠片が元なんだ。君のアバター達は、最早内包力を持つまでに魂が成長しているからこれが可能だけど、普通は出来無いから気を付けてね。」
成る程ね、魂は世界の欠片で出来ている。世界の欠片は成長する。成長した魂は内側に世界を宿し、やがては外殻を破って顕現する。それが世界の産まれ方の『一つ』であり、私のアイテムは自分の世界に仕舞い込んでいる訳か。
これまで教わったことを統合し精査すれば、この解釈に至る。となれば後は割りと簡単だ。
「後は同じ要領で、アバターも仕舞い込んであるから。良いかい?取り出すというよりは『置換する』と意識した方が良いよ。じゃないと、意識が繋がっていない体が放り出されるだけだからね。」
おっそろしい事をさらっと言うもんだ。
「ただ、これをするにはごく少量とは言え魔力が必要なんだ。で、魔力の使い方なんだけどね…」
そう言いながら、私の腕をガシッと掴んだ。
「えいっ☆」
「おあっ!」
彼がすっとんきょうな掛け声をあげた途端、全身がビリッと痺れ、私の中の固まっていた何かが動き出した。つい馴れぬ感覚に変な声をあげてしまった。結構恥ずかしい。
しかしこの感覚が魔力とやらなのか。
上手い例えでは無いだろうが、ベッドの下の怪物の様な感覚だ。そこに有るという前提で意識をすれば感じられるが、意識さえしなければ何も感じない。不思議な感覚だ。
「感じるかい?君の魔力だ。本来なら、向こうの世界で本人達の頑張りによって気付かさせるんだけど、これもサービスだよ。」
そう言うサルバトーレは、随分と楽しそうに笑っている。あまりに楽しそうなんでこちらまで笑顔になってしまう。
「さて、時間だ。そこに立って。」
有無を言わさずと言った感じで指差したのはベランダの前だ。大きな一枚硝子の扉を開き、部屋の外へと連れ出される。外の世界は未だに真っ白だ。
今から私は新たな世界に旅立つのか…。そう言えば、妻は一体どこに居るのだろうか?もしかして既に新しい家庭を築いていたりして。そのとき私はどの様な反応を示すのだろうか?
今か今かと身構えていると、そう言えばといった調子で「あっ」と化身が声を上げて此方を向いた。
「そうそう。さっきも言ったと思うけど、先達の体験談を物語としてこっちで小説にしてるらしいけど、案外君の事も書かれるかもよ?」
「え?」
「だから立ち振舞いには気を付けなね!」
そう言ってにこりと笑うサルバトーレ。私が何か言う前に、段々と視界は白んでいきやがて何も見えなくなった。