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アバターチェンジ ー模倣戦記ー  作者: Celery
序章 新たな生活
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娯楽は人生を豊かにする

私は、羽生彰利(はにゅうあきとし)


年齢は68歳。…だった。


両親は代々続く事業家の家系で、上流階級意識が強くて私の考え方には合わない、私の世界とは噛み合わない人達だった。

長兄、長女、次女、次兄、の兄が二人の姉が二人。私は一番下だった。子供の時から自由が少ない生活で、私が家で論文を読まされていた頃には友人達は漫画を読んでいた。友達を作るのも親の審査があり、結局まともな友人等出来る筈もなかった。

親戚連中は殆どが金の亡者。思い出しただけで虫酸が走る。


両親が死ぬまで警察官だったが、その後はサラリーマンに転職してやった。回りの奴等は勿体無いだ何だと言ってきたが、お前達に何が解る。


私は散々我慢してきた。

友人も、恋人も、進路も、職業も、そして遊ぶ事を我慢してきた。そんな私の何を知っていると言うのか。もう少し他人の世界に足を踏み入れる事の意味を考えてほしいものだ。


ただ唯一、剣道は捨てずに済んだ。

私は、幼少期の思い出から剣道の先生に成りたかった。だが両親の反対によりそれは叶わず、しかし剣道に近い職業とは何かと考えて警察官になったのだ。

賞も幾つか取った。定年後は、念願の先生として近所の中学校で非常勤講師を勤めていた。

しかし、それもやがて歳を理由に終わりがやって来た。仕方あるまい、依る年波に勝てるものなどごく少数なのだ。


そんな、両親や兄姉からの愛薄い私だったが、結婚して、子供も居る。私は夫であり父親だ。息子が一人と孫が一人。女子には恵まれなかったが、それでも満足だ。

私は、多分随分と甘やかしたと思う。

親が親なだけに、私は子供や孫へ強く物事を規制するのが苦手で、妻には中々に迷惑をかけたと思う。

そんな妻も、これまた私には勿体無い、気立ての良い人だった。共に両親からの見合いで知り合った二人だったが、腹の中は似たようなものでとても気が合う人だった。料理も美味く、掃除も綺麗。私が大嫌いな親戚連中とも上手く渡り合った。

正に良妻賢母。私の拙い子育てでは、あぁも自慢の息子には成るまいよ。


だが結局、結婚してから一度も旅行等をすること無く、妻には先立たれてしまった。


初めて、親族の死で泣いた。

あの時ああしていれば、もっと違う職業に就いていれば。そう後悔しっぱなしだった。


両親の死も二人の兄の死も、上の姉の死も。私の目に涙などなかったが私は妻を其ほどまでに愛して居るんだなと自覚した時は、まるで初めて身の上を語り合った昼間の喫茶店の中で感じた時のようなむず痒さを感じた。


だが、妻の死は私には耐えられなかった。

衰焦し切った私の生活は荒れに荒れた。独り暮らしとなった家はやたらと広く、妻の面影を追う日々を過ごして一月が経てば、家の中はゴミにまみれていた。

唯一妻の部屋とベッドルームは残し、全てが『汚部屋』となった頃。息子と孫がある提案をしてきた。



「一緒にゲームをしよう!」



この日から私の人生は大きく変わったのだ。



正直に言って、初めは乗り気では無かった。

ゲームと言えば世間での評価は決して高くない。私も警官時代にゲームにより心を乱した若者がしばしば補導されたりもしていた。海外でも、ゲームを禁止されたのが原因で両親を射殺した少年がいた。だから孫にゲームを誘われた時にはかなり複雑な気分になったが、後にそれは大きな偏見だと思い知った。


私はのめり込んだ。

画面の向こうに拡がる無限の世界に熱中した。

なんと夢があるのだろう、なんと現実的なのだろう。様々な矛盾が成立する世界。まるで長編小説の様な濃さと、詩のような手軽さが両立しうる『デジタルゲーム』


妻と言う色を喪い、モノクロとなった私の世界に再び色を付けてくれたもの。それがゲームだった。




話しは今から少し前。

私は自宅のあるマンションの三階の階段を登っている。

一軒家は息子に託し、逆に息子達が住んでいたマンションの一室を譲り受けた。

妻の遺品と私の生活必需品を運び込んだだけのマンションの部屋は、ゲーム機一式と大型液晶画面、そしてブルーライトカット老眼鏡と大きなソファーとサイドテーブルのみ、リビングにきっちりセットされている。他はほぼ手付かずだ。

手に持ったコンビニのアイスをソファーで食べながらゲームをするのが楽しみな今の季節は、猛暑続く夏。先日も二つどなりの部屋から熱中症で老婆が運び出されていた。私も気を付けなければ。


スマートフォンを見やれば、夏休みで暇な孫からオンラインゲームのお誘いが来ている。内容は私の最も愛するシリーズ『カースドボーン4』だ。私はこのシリーズの登場人物である『大岩のアイク』が大変気に入っている。

谷間の街道で7000の軍を相手にたった一人で食い止めきった彼は、谷を塞ぐ大岩の如しと称され、人々から称えられた。私は、男なら憧れない者は居らんだろうと思っている。しかし、アイクばかりが魅力的な訳ではない。呪われた妻のために解呪の方法を探して放浪する第4王子、『放浪騎士リカルド』や蛇とも蜥蜴とも竜とも人とも取れぬ見た目の種族『成り損ない』を脱するべく、翼を得る旅に出た少女『ダリーナのフィグネリア』、再三主人公の命を狙うも、傷薬一つでコロッと堕ちてしまう可愛いオッサン暗殺者『影のマクミラン』等々。魅力的なキャラクターと、剣や魔法や銃といった豊かな武器と戦術が、ファンタジーとスチームパンク溢れる世界で繰り広げられるゲームだ。


家に着くと、早速ゲームの起動だ。一時間休憩用のタイマーも忘れず準備する。クーラーボックスに手製の麦茶と板チョコ、先程のアイスと目を冷やす保冷剤と濡らしたタオルを詰め込んでソファーの横に置いたら準備完了だ。

ご機嫌なセットだぜ。


鼻唄混じりに、年甲斐もなくはしゃぐ私を咎めるものなど居はしない。まぁ、テーブル上のニコニコ顔の妻の写真と目があったが。


…後ろ向けとこう。





『じいちゃん、[栄華の剣]の装備条件解った~?』


「いいや、さっぱりだ。外国の解析組は?」


ソファーに寄りかかり、画面とにらめっこしながら孫の梨仁(りひと)とヴォイスチャットでお喋りしつつ、一番好きなゲームをプレイする。素晴らしい老後だ。

背筋こそ延びてはいないが、画面と適切な距離を保ちつつ、部屋は明るくして一時間休憩を挟む。実に規則正しいゲーマーライフだと私は思っている。孫にも徹底させているのだ。


『特殊効果は解ったって。魔法をガードすると剣が光って、力的なものをチャージ出来るんだって。で、ある程度貯まると両手構えと強攻撃で放てるみたいだよ。』


「ははっ成る程、だから剣なのに魔法と奇跡のカット率が99.9なのか。」


そんなたわいも無い話をしつつ、孫の操るキャラクターと共に巨大な骸骨のボスを倒す。20メートルは下らない巨体が、白い光となって消えて行く様を見ながら、ふと私の死に様について考える。

既に墓も買い、身辺整理は八割ほど済ませた。後は愛する妻が迎えに来るだけだな。気になるのは私の死後の親戚連中がどう動くかだけだ。一様、警察官時代の伝で、腕の良い弁護士や探偵は確保している。だが矢張気になるものは気になるのだ。


(私も、散り際は潔く在りたいものだな。)


等と考える私はもういつその時を迎えても可笑しくないのだ。




ヒヨコの形を模したキッチンタイマーが一時間経過した事を伝えてくれる。

と、同時にインターホン横の郵便物感知器が、一階のポストに配達物の存在を知らせる。

疲れ目用の目薬を指し、玄関で靴を履いたところで、外から嫌な音が聞こえてきている。


「おおい、頼むぜ…。」


玄関を出れば、コンビニ帰りは晴れていた空が既に一面真っ暗だ。雷の鳴り響くそれはゲリラ豪雨の兆候である。

私は早足気味にエレベーターへ向かい、一階へ降りる。雨特有の臭いが篭の中でも感じられる。だがまだ音はしない。


「よしよし、まだだぞ…。」


集合ポストへ向かい、郵便物を取り出す。鍵番号は妻の誕生日『1225』だが、恥ずかしくって息子にも言ってない。

中の封筒を見ると、ゲーム機本体の製造元であるSANYからだ。親展と重要が両方押されてるなどそうそう無い。何かあったのだろうか?

ユーザー登録を届け出ている私は月一でこのような手紙が届く。つい最近もクーポン抽選に当選し、指定の販売店で直接購入した場合二割引となる買い物券が届いたので、ゲーム機本体を最新のものに変えたばかりだ。

オンラインデータ管理で、新旧の機体のソフトが殆ど遊べる優れものである。色はアイクの特徴である灰色だ。


「どれどれ……おっと、失礼。」


早速中を見ようとして、封を切った所で他の利用者に咳払いをされてしまった。壁の張り紙には『郵便は、部屋で確認、皆のマナー』の文字が。


(部屋に戻ってからで良いか。)


そう思いながら、何時もの通り階段で三階へ向かう。

外の様子を伺うようにゆっくりめで階段を登り始めた。数人の住人が慌てたように内側へ小走りしていくのがちらほらと散見されるなか、まだ余裕だろうとたかをくくった。所が。


「あらららら…」


二階の折り返し地点から激しい雨が降ってきた。風も一気に強くなり、一番階段から遠い私の部屋まで辿り着くまでに中々に濡れてしまった。

あーあと呻きながら手元を見ると、横長に裂いた封筒は少しばかり中まで水が入っていた。幾等かの手紙は既に滲み始めている。


「あ゛ー、何々?此度の新型機体に、あー、『なんたらかんたら』の不具合があり?『ほにゃらら』の基準を…あーあ、酷いなこりゃ。」


『なんたらかんたら』やら『ほにゃらら』は既に読めなくなっている。紙同士がくっつてい何が何やら予想すら出来ない。

何やら重要そうな所にピンポイントな辺り、どことなく悪意を感じる。もうちょっと良い紙使えよな。


辟易と、びしょ濡れの全身で封筒をリビングのテーブルに置いた時だった。ワイヤレスコントローラーの充電ランプが赤色の警告色に変化しているのに気が付いた。

着替え終わればスムーズにゲームに戻りたかった私は、深い溜め息と共に、灰色のコントローラーと黒い充電ケーブルを手に取った。



濡れた手で。



直後だ、手先を中心とした全身の痺れを感じた。

手は勝手に握り込まれ、自分の意思では引き剥がせなくなっていた。痺れは直ぐに痛みに代わり、耳の奥ではヴヴヴと不愉快な音が聞こえてくる。まるで鼓膜が直接振動しているかのような音だ。


程なくして、ブレーカーが漏電を検知したのか、遮断機が作動し部屋全体の電気が落ちた。


薄暗くなった部屋に、私の不規則な呼吸と激しい雨音が木霊する。


全身の痺れは引いても、胸の奥の強烈な痛みに耐えきれずうずくまる。


そして私の意識は。


ゆっくりと。


墜ちて行った。

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