風林火山はボクでんねん。
作者は風林火山最終回だけ記憶にあるな。そこ以外見てない。
「ふむ、菊童丸は基礎はできておるし、吉法師も筋はよいな。」
疲れた。結局、いつもとあんまり変わらない。
「あの、水を飲んでもいいでしょうか。」
「ならん。精神を鍛えるためにも水など鍛錬中に飲むものではない。」
昭和の部活か。
「と言うのは、嘘じゃ。集中してやらんと意味はないからの、ちょっと休憩するかのう。」
「ふう。」
「しかし、多少は飢えや乾きに強くならんと戦に負けて逃げるような時には困るぞ。」
「それはあるかもしれませんね。」
「水〜。」
「はい。」
「ごくごくごく、ぷはーー。生き返るー。」
「最近の若いもんはすぐに根を上げよって。」
「昔の若者は根を上げてませんでした?」
「そんなもん決まっておろう。・・・上げておるわ。かっかっかっ。バレんように適度に手を抜ける奴が生き残っとる。常に手抜きせんやつなど、戦場に着く前に疲れて動けん。武術でも同じじゃ。全身に力を入れてもうまく体は動かん。必要なところに力を入れ、そうでないところは適度にじゃ。」
「何を言うとる、仕事もせんと手抜きで生きていけるわけがあるまい。」
「仕事しないのは流石にダメじゃが、同じ仕事をするなら、楽したほうがいいんじゃよ。悪く言えば手抜き、よく言えば工夫かのう。」
そうそう、でも大体工夫って目に見えないからサボってると思われて、残業してる奴が評価されるんだよね。
「例えばじゃ。武士である以上、金勘定なんぞが必要になるわけじゃが、一切なんの工夫もなければ、本当に順番に銭の数を数えることになろう。」
「数えればよかろう。」
「毎度毎度、それをするのは面倒じゃろう。じゃから、束にして結ぶなり、帳簿をつけるなりじゃ。」
「それはそれで面倒じゃのう。」
「そうじゃな、帳簿なんぞつければ、今度は算術が必要じゃ。ほとんどのものはそこで算術を覚えることをせん。今ある仕事に加えて、算術の勉強をするのは今の仕事以上に苦労するからのう。武術でもそうじゃ、楽に勝てるようになるには、人一倍鍛錬が必要じゃろう。」
「わかったような、わからんような。」
「まあ、今はよかろう。下手の考え休むに似たりじゃ。今は刀や槍を振ることに集中しておれ。そうすれば強くしてやろう。」
「では、さいか「菊童丸様ーー」」
おっ、勘助の声だ。
「あっ、なんだろう。こっちこっち。」
「こちらでしたか。いえ、少々ご相談が。そう言えば、新しく武芸の師をお呼ばれになられたとか。」
「そうそう、こちらのかたが剣聖として、有名な塚原卜伝師匠になります。」
「えっ。・・・つかは、らぼくてん・・・ですと・・・・。師匠師匠ではござりませぬか。」
「ふむ・・・・」
あっ、これは覚えてないっぽい。
「勘助でございます。」
「か・・ん・・すけ?かんすけ、勘助か!おおっ、息災・・・とは言えぬか。その風貌じゃ、苦労したようじゃのう。」
「まあ、確かにこの体を見て士官を断られたりと苦労はしましたが、菊童丸様に拾っていただき、今はよくして貰っておりまする。」
「そうじゃのう、今晩にでも酒でも酌み交わしながら、詳しい話でも聞かせてもらえるかのう。」
「はい、こちらこそ。しかし、師匠と再びこのようにお会い出来るとは。」
「じゃが、今はこやつらの稽古が残っておるのでな。」
「そうでございましたか、ではお邪魔になりまするな。一度、失礼させて頂き、夜にお伺い致しまする。」
そう言うと、勘助はこの場を離れていったのだが、
「のう、あやつ。菊童丸に話があったんじゃなかったのか?」
「まあ、しょうがないよ。感動の再会だったみたいだから、またあとで聞くよ。」
そのあとしばらく稽古を続けていると、顔を赤くした勘助が謝りながら、戻ってきたよ。
山本勘助は新当流を治めてるってことで今川に仕官しようとしたけど断られたと言う話があって、塚原卜伝の弟子と言うことになるんだけど。イマイチ、嘘っぽいとのことだが、今回は歴史のロマンを優先させてもらった。
みんな、司馬遼太郎の創作と歴史の真実は分けて覚えないとダメだよ。




