反乱の結末
家でなかなか書けなくて進まない。
あっ、木沢長政の反乱の結果ですが、基本的には大きな問題なく、鎮圧と相成りました。
本隊、二万と対峙した木沢軍一万。そこに飛び込む本拠地の落城情報。そして、降伏勧告の使者の到着。木沢軍1万のうち大半が武装解除の上、降伏。ただし、木沢長政本人と500人程度がそのまま、対陣し本隊中央に突撃。死兵の勢い凄まじく、中央深くまで切り込まれ、本陣手前まで到達したが、朝倉宗滴の巧みな用兵でなんとか、突破を阻止。最終的に多勢に無勢、全員討ち死に。とのことです。ただ、死兵と化した木沢軍の勢いは凄まじく、こちらは1000人ほどの被害が出て、本陣手前に布陣していた京極高延討ち死に。京極家は弟の高吉が継ぐとのです。
あまりの凄さに、父上が腰を抜かしたとのことです。
「その後ですが、反抗する勢力はなく、そのまま京まで進軍し、公方様は入京致しました。そのまま京にお留まりなさるとのことです。また、各地域からの軍勢も治安維持に残った以外は帰還の途上にございまする。」
「そうか、三太夫。御苦労であった。木沢長政殿については丁重に葬るように伝えよ。また、皆にもよくやったと。」
「ははー。」
とりあえず、大きな損害はなく、ことは治った上に、河内、大和をほぼ味方勢力に加えれたのは、大きい。国力的にも管領側を上回ったと言えるし、このまま主導権を握ったままでいられれば。まあ、あとは権謀術数で管領とやり合うくらいかな?そこは公家や人民の支持で勝てるだろうし。
・・・・
「どうだ、京の様子は。」
「叔父上。多少の掠奪はあったようですが、期間も長くなかったので、それほどかわりはないようです。近衛の屋敷も無事ですよ。」
「そうか。では早くに戻れそうであるな。」
「そうですね。京が荒れなかったのは本当に良かったです。」
「ふむ、来月には京に戻ろうかと思っておるのだが、一つ頼まれてくれぬか。」
「なんでしょうか?できることであれば。」
「そのだな。あれだ。」
なんだろ?言いにくいことなのかな?
「娘がここで勉強したいと言うておるのじゃ。」
「こちらは構いませんが、良いのですか。離れて暮らすのは?」
「よくはないのだがな。確かにここは勉強するには最も良い場所であろう。京ではまた、今回のようなことがないとも限らん。ここであれば、妹もおるので女手もなんとかなろう。」
うーん、いいのかな。今のうちしか親元で暮らせないのに。
「良いのですか?いずれ親元を離れるにしても、まだ早いのでは?」
「そうじゃな。娘が言うことを聞かんのじゃ。父上嫌いとまでいいおる。・・・・それにお主もいずれは京にこよう。ここは京からも近いから会おうと思えばできよう。」
「先程も申しましたがこちらは構いません。母上には私から話しましょうか?」
「いや、よい。こちらで言っておく。ではよろしく頼むぞ。」
お父さん大変ですね。哀愁の漂う背中。
ほどなく、本隊・別働隊が帰還してきたので、報告に集まってもらった。
「皆の者、御苦労であった。まずは、浅井久政。どうであった。」
「はっ。・・・・・」
うん、三太夫の報告と特に変わらないね。
「よくやった。褒美はとらせよう。次は勘助。別働隊の様子はどうじゃった。」
「はっ、籠城軍との兵数差もあり、ほとんどの城がすぐに降伏勧告で陥落しました。一部、応じない城もございましたが、焙烙玉や火薬により城門の破壊出来た時点で降伏致しましたので、特に問題はございませんでした。」
火薬が効果でたと。戦略的にも問題はなしと。
「幸隆の方はどうじゃ。」
「こちらも同じですね。これほど城攻めとは楽なものなのかと思ったくらいで。」
ふむ、問題なしと。
木沢さん、ありがとうございました。
「皆の者、御苦労であった。」
増えた領地の管理をどうするかだね。一応、三淵君を名目上、上に据えるとして、補佐を。勘助君、幸隆君には、軍師として側にいてほしいし、領主経験のある義虎(信虎)かな。
「大和、河内については、三淵を上に据えた上で誰かに補佐についてもらいたいと考えておるのじゃ。領主経験があり、用兵の巧みな義虎をと考えておるのじゃが、どう思う。稙綱、どうじゃ?」
「はっ、適任かと。」
「義虎どうじゃ。」
「はっ、過分な評価を頂き、ありがとうございます。可能な限り務めさせて頂きたく。」
「そうか。では頼むな。飯盛山城に三淵を。信貴山城に義虎を。義虎には、三淵の補佐を頼む。」
「ははー。」
「勘助、幸隆。そちらにも別に褒美はとらす。」
「はっ、ありがとうございまする。」
「そちらには、余や学校にて軍学を教えてほしい。あとは、父上が今回のことで近々城作るとかなんとか言ってたので、相談に乗ってやって欲しい。」
「ははー。」
よし、今回はこれでいいかな。
ほとんど降伏して、勝ったと思ったところに、死兵による突撃。一向宗で慣れてる朝倉宗滴の爺さんじゃなければ、突破されてました。
二万いても500相手に実際に戦えるのは数千がいいところだからね。勝ち戦で死にたくない連中に死ぬ気の連中が突っ込むと、士気の違いで止まらない。ましてや、まだ火縄銃ないし。
わかりやすい例は、関ヶ原の島津軍の捨てがまり。




