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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 7 堕ちた神々  作者: 石渡正佳
ファイル7 堕ちた神々
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公開撤去

 撤去工事が始まる扇面ヶ浦に朝から大勢の記者が集まっていた。一番いい画が撮れる場所に伊刈がメディアを誘導した。その日の正午のJHKニュースに美しい海岸から産廃が撤去される映像が流れるのを昼食中の市職員の多数が見た。たった数秒でもアナウンス効果は抜群で産対課には乗り遅れたメディアからの取材が殺到した。撤去工事の公開がこれほどの反響があるとは予想できなかった。産対課は東部環境事務所のたった四人のチームが大立回りを演じていることをいまさらに認識した。本課の鎗田課長と東部環境事務所の伊刈班長のパフォーマンス合戦がこれを契機に始まった。市長へのアピール度は鎗田課長のワンサイドゲームだったがメディアは絵になる戦果をあげる伊刈を産廃Gメンと紹介しあたかも英雄が登場したように喝采した。

 安座間はいつもの妖艶なドレス姿からは想像できない黒いオールインワン(つなぎ)を着て広域農道北側現場に現れた。背中に大きく「円」とロゴの入ったお揃いの特注品だった。作業員全員でソーランの群舞でも始めそうな意気込みだった。ニシキパワーエナジーはダンプを1台用意しただけで積み込み作業は円が手配したユンボに便乗するつもりのようだった。円のオペレータは入口を封鎖している古電柱に鋼鉄のロープを絡めてなんなく抜き取った。撤去は順調に進み半日で予定の搬出が終わった。

 「廃棄物が周囲の農地に飛散しないように覆土してくれませんか」農地が崩れてしまわないかと農家が心配していたのを思い出し、伊刈は崖が崩れないように措置してほしいと安座間に要請した。

 「わかった。犬咬で一番いい砂を持ってくるように言っとくわ」安座間は清々した声で答えた。すぐに犬咬丘陵を産地とする洗い砂が平ダンプで十台分届いた。覆土作業を始めてみると真っ白な砂は上質すぎてさらさらとこぼれてしまい、かえって覆土には不向きだった。それでもなんとか崖の補強を終えた。

 「うちのオペは優秀でしょう」安座間が作業を見守りながら自分の部下を自慢した。伊刈は撤去と覆土が終わった現場の入口に古電柱を再設置させ、進入路に土手と掘割まで築かせた。これで広域農道北側現場の措置が完了した。完全撤去からは程遠かった。不法投棄をブロックするためのデモンストレーションと割り切ればこれで十分だと伊刈は思っていた。

 扇面ヶ浦の撤去作業は簡単ではなかった。海岸に切り立つ石の崖を切りとおした坂道は湧き水で洗われて苔生し、人が歩いてもずるずると滑る状態で、産廃を満載にしてしまうとダンプが登坂できなかった。護岸のテトラの隙間に落ちてしまった廃棄物はユンボのバケットが入らないので手作業での回収になった。レーベルの撤去の代行を申し出た昇山の横嶋はダンディなスーツ姿で海岸の現場に現れたものの腕組みをして作業を眺めているだけで紙くず一枚拾おうとはしなかった。みなが手弁当で撤去に従事する中、この機に乗じて自分の懐を肥やす算段をしていたのだ。

 「やあこれはどうもご苦労様です」伊刈の顔を見ると横嶋は涼しい顔で愛想を言ってきた。

 通恋洞の崖際の現場はさらに撤去が難しかった。農道の幅員が狭いため大型車が入っていけずユンボも回送できなかった。大和環境の小堂営業部長はやむなく四トンのユニック車を用立て、クレーンの先端にチューリップをつけて崖下に落ちた産廃を掬い取ることにした。

 「よく揉んでるなあ。うちよりよくやってるなあ。こんなの見たことがない」伊刈が作業の確認に行くと、レーベル由来と推定したものの特定まではできなかったゴミを見ながら小堂がしみじみ言った。ゴミを建設重機のクローラ(キャタピラ)で踏みつぶすことを業界では重機破砕あるいは揉むと言った。よく揉んだゴミは嵩が減るだけではなく、ぼろぼろになって字が読めなくる証拠隠滅効果があった。

 扇面ヶ浦と通恋洞の撤去作業は丸丸四日を要した。その間海浜のホテルに連泊することになった大和環境の作業員はうまい魚が食べられると大喜びだった。作業が終わると海岸に元々捨てられていた廃車も片付けられ以前よりもきれいになった。伊刈は土木事務所に依頼して海岸に降りる通路の途中に数トンもあるコンクリート製の車止めを設置してもらった。二度とこのきれいな海岸に不法投棄をさせないという強い意志を感じる措置だった。通恋洞の農道は封鎖するまでもなく、こんなところに迷い込むダンプはもうないだろうと思われた。扇面ヶ浦のコンクリート製車止めと広域農道北側現場の電柱杭は、それから十年後にも往時の記念碑のように現場に残っていた。この公開撤去工事が犬咬の不法投棄問題を不可逆的に変えるターニングポイントになった。

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