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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 7 堕ちた神々  作者: 石渡正佳
ファイル7 堕ちた神々
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身代わり

 いまだ実体がわからない栃木の根津商会が広域農道南側現場に介在した第四の業者だったかどうかを確かめるという密かな目的のためオブチの検査を実施した。外環道のインター周辺は戦前まで広大な田んぼで、戦後に発電所や製鉄所の石炭灰が大量に埋立てられた。まだ廃棄物処理法が成立する以前で不法投棄はおろか産業廃棄物という言葉すらなかった時代である。その処分跡地に産廃処理施設が林立するようになり、最近になって鉄道新線の開業によって住宅地へと再開発された。新駅の建設現場からは昔埋め立てた廃棄物がザクザク出てきた。そんな産廃銀座の一角にオブチの積替保管場があった。

 「あれってエコの看板ですよね」オブチの入口にエコユニバーサルの看板が堂々と立てられているのに遠鐘が気付いた。大きな看板でオブチ本来の看板が目立たないくらいだった。

 「知らない人が見たらここはエコかと思っちゃいますね」喜多が言った。

 「ちょっと待てよ。ということはエコあてのマニフェストが切られていてもオブチに入った可能性があるわけか」伊刈が鋭く指摘した。

 「オブチがエコをかばったわけはそれですね」喜多が応えた。

 「それも含めて調査してみよう」伊刈は意気揚々とオブチに乗り込んだ。

 狭いヤードにうずたかく積み上げた雑多な産廃にユンボが乗り上げて踏み潰しているのが最初に目についた。路上でしばらく様子を伺っていたが誰も出迎えに出てこないのでプレハブ二階建ての事務室を訪ねた。ゴミの現場には似合わないほっそりした事務員が受付に座っていた。一階は彼女が担当しているマニフェスト受渡カウンターがあるほかは資材倉庫や更衣室に使われているようだった。

 「犬咬市の者です。神田工場長はいらっしゃいますか」喜多はなぜかヒヤヒヤしながら彼女に対面し検査の趣旨を告げた。産廃業者には美人女子社員が多かった。

 「少々お待ちください」不法投棄の調査などとは露ほども思わない彼女は笑顔で応対し二階の神田に電話で確認を取った。

 「どうぞこちらへ」読者モデル程度は経験しているのだろうチャーミングなだけではなく立ち姿も美しい事務員が外階段から二階の事務室に検査チームを案内した。階段の踊り場からは道路の反対側のヤードが一望できた。間口三十メートル奥行き五十メートルほどのヤードがダンプの出入りする僅かなスペースを残して産廃で埋め尽くされているのが見えた。分別などやる余地はなく入荷した産廃を重機で積み上げ踏み潰してから出しているだけだった。たったそれだけの単純作業を三百六十五日延々と繰り返している。これこそが産廃錬金術だった。ただし不法投棄ありきの錬金術だ。

 「表の大きな看板は誰が建てたんですか」伊刈はヤードと事務所に挟まれた道路を見下ろしながらさりげなく事務員に語りかけた。

 「ああ、よく言われるんですよ。エコさんがどうしてもって言うんで建てたみたいですけど誤解されるからいやなんですよね」

 「マニフェストはエコあてなのにこっちに振替えて入ってくる荷はないですか」

 「ありますよ。うちに入ってもエコさんのはエコさんに持っていくから同じですよ」伊刈の誘導尋問はさらりと受け流されてしまった。決定的な情報だったのになんだかわかり切った質問をしただけのように感じた。

 二階の事務室の入口まで神田が出迎えに出ていた。二階にはほかに事務員がいなかった。神田は工場長兼事務長のようだっだ。処理施設は何もなく、マニフェストを受け取って整理するだけだから事務量も高が知れているのだろう。社長のデスクは見当たらず神田が事実上の代表だった。

 「散らかっていますがどうぞ」応接用のソファなどないようで、神田は事務室の奥のテーブルに調査チームを案内した。作業員がお昼の休憩に使っているようなスペースだ。

 「ここの受け入れはほとんどエコユニバーサル行きなんですか」開口一番に伊刈が切り出した。

 「そんなことないですよ。エコさんが回してくれる仕事が多いのは確かですが」神田は営業的な笑みを浮かべて答えた。「それよりどうされますか、場内を点検されますか」

 「いえもう結構ですよ。階段からでもよく見えましたよ」

 「まあそれはそうですね。お見せできるほど立派な工場じゃないですからね」

 「書類を拝見したいんですが」

 「何をお見せしたらいいですか」

 「決算書と総勘定元帳、それにマニフェスト綴り、もしもあれば計量伝票も拝見します」

 「本社に行かないと経理関係の書類はないです。あとはすぐお持ちします」神田は自分でてきぱきと書類を揃えた。神田の書類管理はしっかりしていた。出入りしたダンプはすべて台貫トラックスケールで計量され、マニフェストに記載された数量とは別に一台ごとの実際の搬入量が正確に記帳されていた。

 「自社便とエコユニバーサルの仕事を分けて帳簿を作ってるんですね」伊刈が帳簿をめくりながら言った。

 「ええそうです。分けておかないとエコさんに請求できないですからね」伊刈の指摘に神田が素直に答えた。

 「遠鐘さん計量伝票はどう」

 「計量伝票綴りも自社便とエコ便に整理されています。エコへは毎日十便出してます。そのうち自社ダンプは二、三台で、あとは外注です。外注先は円です」遠鐘が提出された書類を手際よく点検しながら報告した。

 「そのころは確かに円に出してました。今は問題を起こしましたので終わりにしました」神田がすかさず弁明した。

 「撤去していただいた産廃も円が出したものだったんですか」伊刈が尋ねた。

 「はっきりしませんでしたがそうだったのかもしれませんね」神田は答えをはぐらかした。

 「円に委託を始めてからのマニフェストと計量伝票のコピーをいただけますか」

 「かまいませんよ。やっぱり円が問題の原因ですか」

 「円とはどういうきっかけで付き合い始めたのですか」

 「うちはあんまり使いたくなかったんです。エコさんが使えというものですから。やっぱりいけませんでしたね」神田はなんでも笑顔で認めた。神経質そうな外見に似ずさばさばした性格だった。

 「喜多さん何かある」

 「やっぱり大半がエコとの取引みたいです」

 「オーバーフローは」伊刈はわざと神田に手の内を明かすように言った。

 「中間処理施設じゃないんで処理能力と比較できません」

 「収集運搬能力とはどう」

 「ちょっと待ってください」喜多はダンプの積載能力と受注量を比較した。「自社のダンプじゃ運べない量です」そうは言ったものの自信がなさそうだった。収集運搬業の分析にはまだ慣れていなかった。

 「入荷は持込みが多いです。持ち出しも半分は外注を使います」神田の説明に伊刈はいったん頷いたが納得していない様子だった。

 「喜多さん積替保管能力を一日あたりの入荷量で割ってみて」

 「は、はい」喜多は言われたとおり計算した。「二・五です」

 「神田さん、ここの平均保管期間は二・五日ですか」

 「さあ、計算したことがないんで」

 「保管能力は五百リュウベですね」

 「はい」

 「単価を三万円とすると五百リュウベで千五百千万円、それが年間百回転すると十五億円になりますね」

 「はあ、なるほど」神田は曖昧に相槌を打った。

 「オブチの売上高は」

 「十二億五千万円です」

 「神田さん、今日はこれで終わりです。検査した書類の写しをもらったら引き上げます」伊刈は意外にあっさりと検査の切り上げを告げた。

 「ありがとうございます」神田はちょっと拍子抜けしたように答えた。一階で受付をしていた事務員を呼んで書類のコピーを取る間、伊刈は神田から円の安座間の素性を聞き出そうとしたが何も知らない様子だった。

 チームは書類のコピーを持って引き上げた。

 「班長の言うとおり神田のガードは甘かったすね」ハンドルを握りながら長嶋が言った。

 「書類上はエコ受注分とオブチ受注分は分けてたけど現場では混ぜてた。ここがポイントだな」伊刈が言った。

 「オブチから流出したらどっちの受注分かわからないってことっすね」

 「逆も真なり。エコから流出してもどっちから流出かわからない」

 「神田がエコをかばった理由、豊洲が要領を得ない理由はそれですか」長嶋が応えた。

 「オブチが受注した産廃とエコが受注した産廃が同一ルートで流出する可能性があるってことは確かだね」

 「そうとも言えないんじゃないですか。これまでの証拠調査からはオブチが受注した産廃とエコが受注した産廃は混合されていませんでした」遠鐘が伊刈に反論した。

 「どういうこと?」

 「県立高校裏のゲリラ現場ではオブチの証拠しか出ませんでした。広域農道北側現場ではエコの証拠だけでした。南側現場では両方が出ていますが混ざってはいませんでした。つまり別々に受注して別々に流出してるってことです。二社の荷が混合されてから流出するルートは今のところ確認できていません」

 「なるほど鋭いな。で、どう思う」

 「神田さんは書類だけじゃなく廃棄物もエコ分と自社分を分けてるのでは。混ぜてるように見えたのは勘違いですよ。神田さんの書類の几帳面さからは廃棄物もきっちりと分けてるような気がしかます。それからエコの豊洲さんも同じでは」

 「なぜ分ける必要があると思う」

 「どのルートの荷かで利権の配分が違うとかですかね。神田さんがあそこまできっちりと両社の廃棄物を計量をしてたのはエコの支払いがシビアだからじゃないですか」遠鐘の鋭い指摘が続いた。

 「でもオブチのヤードで二社の荷を分けてるようには見えなかったけどな」伊刈は伊刈で自分の直感にこだわっていた。

 「完全には無理でも積み場所を変えるとかはできます」

 「エコに行くしかないです。真相はエコが知ってますよ」喜多が言った。

 「そうだな」伊刈は無言で腕組みしエコをどう落とすか作戦を練り始めた。

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