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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 7 堕ちた神々  作者: 石渡正佳
ファイル7 堕ちた神々
11/20

人違い

 福島から車を飛ばして何時間かかったかわからないが、根津商会の藤堂が翌日の昼前に出頭してきた。年齢は四十代半ば、中肉中背、髪はぱさぱさで、こざっぱりしたカーキ色の作業服に社名がオレンジ色の糸で刺繍されていた。たしかにどこからどう見ても電気工事会社の社長だった。話を聞いてみても産廃の知識が全くない素人で、工事から出る廃棄物は福島市内の業者に頼んでいるの一点張りで、それ以外は何を聞いても見当外れの返答だった。

 「ほんとに電気工事だけの会社なんですか?」喜多が何度も念を押すように尋ねた。

 「そうですよ」

 「ダンプをお持ちじゃないですか」

 「屋内工事専門だからワゴンしかありません」藤堂は汗をかきながら釈明した。

 「銀行口座はどうですか? 福島銀行に口座をお持ちじゃないですか」

 「持ってますよ」

 「この番号はどうですか」喜多はあきるの環境システムの逆貫社長から聞いた根津商会の口座番号を半分だけ見せた。

 「うちの口座じゃありませんよ」

 「変ですねえ」

 「こっちこそ変な気持ちですよ」

 藤堂は最後まで感情を表にせずに帰っていった。

 「どうも空振りみたいです」藤堂の車が駐車場から出て行くのを確認してから喜多が伊刈に報告した。

 「ずっとやりとりは聞いてたよ。空振りじゃないかもしれないよ」

 「そうでしょうか。ほんとに何も知らないように僕には思えました。あれが嘘なら天才詐欺師ですよ。逆貫社長に大杉と名乗った運転手が思いつきで根津商会の社名を口にしたんじゃないでしょうか」

 「電話がつながる実在の会社をわざわざ偽装に使うかな。思いつきで嘘をつくなら架空の社名を使うのが普通だよ。福島の会社があきるのに営業に来たってのも嘘として自然じゃないだろう。なにかからくりがあるんじゃないか」

 「そう言われたらそういう気もしてきました」喜多の自信が揺らぎ始めた。

 「前にも言ったけど大きな嘘の中に混ざった小さなほんとが手がかりだよ。大杉って名前は嘘かもしれないけど根津商会は実在した。ここが糸口だよ。ここからパズルが解けるかも」

 翌日、喜多はあきるの環境システムの逆貫社長に電話してみた。逆貫は会社にはいなかったが折り返し連絡が来た。

 「こないだはお世話になりました。大杉が誰かわかりましたか」逆貫がおっかなびっくりといった声色で尋ねた。

 「それはまだわかりませんけど根津商会の藤堂社長には会いましたよ」

 「えっ根津商会の社長は藤堂じゃないですよ。私が聞いている社長は大久保です」逆貫はあっさり言った。

 「ほんとですか」驚くのは喜多の番だった。

 「間違いないです。名刺はもらいませんでしたが大杉にあんたが社長かって聞いたら社長は大久保だって確かに言いましたよ」

 「代金を振り込んだ福島銀行の口座も見せたんですが心当たりがないって言ってました。ほんとに根津商会の口座に振り込んだんですか」

 「間違いないですよ。なんなら通帳見せましょうか。福島銀行の栃木支店の口座ですよ。ちゃんと記帳されてますよ」

 「ちょっと待ってください。福島支店じゃないんですか」

 「いいえ栃木支店ですよ」

 「根津商会の社長は藤堂じゃなくて大久保で、福島銀行の口座は福島支店じゃなくて栃木支店ですか。変だなあ」

 「全部嘘だったってことですよ。騙された自分がバカでしたよ」

 「喜多さんちょっと」喜多の電話をそばで聞いていた長嶋が反応した。喜多が見返ると長嶋が電話を切るようにと手振りで伝えた。

 「わかりました。また何かあったらお電話しますよ」喜多は急いで電話を切った。

 「いま栃木の大久保って言ったよな」長嶋が言った。

 「それがどうかしました」

 「たぶん前科者だな」

 「えっ?」

 長嶋にみんなの視線が集まった。「大久保ってのは茨城でパクられた栃木エコステーションの社長かもしれないな。栃木エコは収運の許可を取消されて社名を東北開発公社に変えたんだ。それから大杉って名前だけど大久保の倅が使ってる偽名かもしれないな」

 「それじゃ栃木の根津商会は大久保の会社で福島の根津商会とは関係ないってことですか」喜多にとって根津商会が二つあるなんてまさに青天の霹靂だった。

 「いやむしろ福島の藤堂は大久保の舎弟じゃないか」長嶋が奇妙な指摘をした。

 「舎弟?」

 「藤堂は産廃に触ってないとしても無関係ってわけでもなく社名を大久保に貸したんじゃないか」

 「なんでそんな面倒なことするんですか」

 「大久保はまだ執行猶予中だ。表向き産廃には触れないからな」

 「長嶋さんの言うとおりかもしれないね」話を聞いていた伊刈が言った。「根津商会が二つあるとすれば藤堂の見当外れな受け答えにも合点がいくじゃないか」

 「それはそうかもしれないですけど」喜多はまだ半信半疑だった。

 「同じ社名を使うのは詐欺じゃ珍しくない手口だよ」

 「藤堂が大久保に社名を使われたってことはなんとなくわかりましたけど」

 「たぶん藤堂と大久保はグルだよ」

 「班長、そこまではっきり言えるんですか」長嶋が言った。

 「関係がなかったら福島からわざわざここまで出頭してこないよ」

 「何もかも知っててあのしらばっくれようだったらほんとに詐欺師ですね」喜多が言った。

 「ああいう連中は嘘なんか平気なんすよ」長嶋が言った。

 「大杉って名乗ったネズミ男みたいだっていうやつがどうして閉鎖された愛光のマニフェストを切れたのか、その理由がまだわかりません」喜多が言った。

 「糸口はつかめたんだからあとは時間の問題だ。面白くなってきたじゃないか」

 「嘘をつくときはほんとを混ぜたらダメってことですね」

 「契約書は福島の根津商会、銀行口座は栃木の根津商会なんて手が混みすぎだ。だけどそのおかげでカラクリがわかりそうじゃないか。策におぼれたってことだな」伊刈は藤堂らの嘘をかえって楽しんでいるように見えた。

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