1 勇者転生
ちょっとした息抜きで書き始めました。
「……ま…………さま…………穿槻様っ!!」
「んがッ!? は、はいっ!! わかりません!!」
また、やってしまった。どうやら、俺はいつの間にか寝ていたようだ。
昨日というか、今日の朝までゲームをしており、碌に寝ていなかったのが原因だろう。
授業中にも関わらず、俺は惰眠に耽ってしまっていたようだ。
これでは先生も……
「何を言っているんですか……」
ほら見ろ、先生にも呆れられてしまった。クラスの皆も俺を笑っているに違いない。
『また寝てるよ』
『どっか行ってくれないかな』
『コイツの所為で授業が止まって困るわ』
なんてな……どうせ、クラスの連中も先生も俺のことなんて無視してるだけだろうし、笑いとか一切ない。なにせ、俺、穿槻 優助はこの学校で、というか、この街で一番の嫌われ者だからだ。何故、俺がこんなにも嫌われ者なのかって? それは幼稚園まで遡ってカクカクシカジカ。……精々気にしてくれるのなんて、この前死んだ婆ちゃんくらいだったよ。
「どうしたんですか? まさか、何処か具合が悪いのですか!?」
にしても、今日の先生、ちょっと婆ちゃんに似てんなぁ……お節介焼きだったんだよ……婆ちゃん、俺は元気だぞぉ………………ん? んん?
って、なんで先生、今日は俺に構ってんだ? しかも、寝ぼけてたから気が付いてなかったけど、体調を聞いてくるなんて、優しさがある!! いつもなら、寝てる俺の事なんて完全スルーで、授業続けてるはずなのに……え? 今日って、新任の先生でも来るんだっけ? あ、でも、そんなような話微かに聞いたような?
「? ……………………!!!!!」
先生の顔を見ようと閉じていた目を開け、前方をみると
穿槻の目の前には女の子がいた。
背の低い、ピンクのドレス着た、可愛いらしい女の子だった。
太陽の光に当てられた髪は、深い青色で透明感を纏っていた。
気目細やかな肌は小さな毛穴すらないように思える程滑らかであり、整った顔には潤い、艶のかかった小さなピンクの唇、吸い込まれるほどに大きな真っ赤に燃える赤い瞳。それら全てが自明のようにそこにある。全てが揃った、美少女に彼の心は貫かれた。
さらに、可愛いのは顔だけではない。立ち振る舞いもだ。座っているだけなのにただただ可愛い。椅子に届いていないことを誤魔化すかのように膝から下を八の字に開いて、さも届いていないのではなく、地に足をつけたくないだけなのだ! と主張しているかのように座っている。両手で膝を抑え、身体を前のめりにしているのも、可愛さプラスポイントだ。
目の前の女の子に穿槻は目を奪われていた。そして、一筋の涙を流す、人は天使が舞い降りた時、その尊さに涙を流すものなのか。彼は心でいもしない神様に感謝の祈りを捧げていた。
「あ! 自己紹介からですよね! えぇ、こほん、私は、ミゼフスト王国第三王女、シェリル=アーノ・アレクス・ミゼフスト=ライネルスと申します。この度は、私……って、え? ど、どうしたのですか!?」
「……」
俺は手を組み、頭を右へ傾け、目を見開き考える。
「?? どうかいたしましたか?」
すると、どうしたことか。
目の前にいる先生も金色の玉座のような椅子に座りながら、俺と同じように首を傾けた。
可愛い。めちゃくちゃ可愛い。ただただ天使。こんな先生うちの学校にいたっけ?
「…………んん?」
が、もう一度、よく考えよう。
「俺は、穿槻 優助、17歳、高校生。日本生まれ日本在住、海外へどころか飛行機にすら乗ったことはない。加えて、俺はこの学校の生徒・先生どころか街中の誰にも相手にされず、今まで女子との会話は家族以外無し。先まで自分の席で寝ていて、授業前に時計を見た時は9:53であり、先生に起こされ、気が付いたらこの状況であった。今俺の目の前には一柱の天使がそのお姿には釣り合わないへっぽこな黄金の玉座に座しておられる。あぁ……」
今、口に出したことを踏まえたうえで、一度確認してみよう。
まず今、俺は立っている。目の前には見知らぬ先生がいる。女の先生、というか女の子だ。見た目中学生くらいの。到底先生にはなれない年齢の女の子だ。
上を見る。天井は高く、そして白い、金色のシャンデリアのようなものが数十個見られる。
やはり、そうだ。
「………………帰りたい」
涙目になりながら、捻り出した言葉は、とてもとても大きいヨーロッパの国の玉座の間のような部屋に小さく、儚く響いき渡った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれから、俺が自分の状況を把握するには少しの時間がかかった。
なんせ、寝て起きたら見知らぬ場所にいたのだ。状況の理解、身の安全、今いる場所の危険性など、考えなくてはいけないものは沢山あったのだから。それでも頭と心と身体は全部がバラバラに動いているような感覚がする。どうにか思考をまとめようとした。
その間も目の前のシェリルなんとかと名乗った女の子は俺のことを優しく宥め、落ち着くのを待っていてくれた。
もう大丈夫、と思ってのことだろう。少ししたタイミングで彼女は俺に声を掛けてきた。
「お、落ち着きましたか? ユウスケ様?」
「……あ、はい、そうです」
しかし、俺は突然名前を呼ばれ戸惑ってしまい、案の定、変な答えになってしまった。
「ふふっ、取り敢えず状況の説明をさせていただきますね――」
「「「――王女様ッ!!」」」
「ひっ!?」
話を進めようとした彼女に、何に対する説明なのか聞こうとしたのだが、後ろで凄い音を立てて開いたドアが開き、その音にびっくりして、穿槻は硬直してしまった。
何やら複数の人の気配がする。なんでこんな事がわかるのか俺にも理解できないが、なんとなく、人の気配がする。後ろの扉からこちらに向かっているようである。ナイフが皿に当たって出るようなキシャキシャという音を立てながら俺の後ろに人が整列しているようだ。
え?
えっ?
なに?
なんなの?
だれか入ってきたよ?
誰?
ねぇそこの、天使様? ……って、あれ? 頭抱えてるし、えぇ?
ど、どういう状況?
「ッ!! 王女様ッ! 何をしているのですかな?」
「……見てわかりませんか?」
「召喚陣……ハッ、悪魔でも召喚していたのではないのですかな? どうやら失敗のようですがね」
どうやら、王女様と、声から察するに、老年の男が言い合っているようだ。しかし、悪魔? 召喚陣? なにやらファンタジーな単語が沢山出てきたな。っていうか、失敗ってなんだこのやろう。
「ッ!! 何をしているお前達!! 早くそのものを囲わんかッ!!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
は? 囲うって? なんなの? え? 俺なんかした? いや、立ってるだけなんですけど、なんか目の前にいる女の子にはちょっと迷惑かけたかもしれないけど、それはこっちにも事情があるんだ、仕方がないだろう。
って、え?
なにあれ?
剣?
槍に盾?
しかも鎧?
え? めっちゃ物騒なんですけど!?
まさか、俺のことをそれで、刺したり、刻んだりするつもりじゃないだろうな!?
「静粛に!!」
俺が戸惑い、ビクビクしていると、部屋中に響く大きな声で、女の子が叫んだ。
声に力を入れたのか、皆の注目を集めることに成功していた。
「騎士たちよ、その御方を誰と心得るッ!」
そこには、先程までの女の子らしい姿はなく、まるでどこかの国の王様のように、腹のそこから言葉を発している、彼女の姿があった。
「その御方は勇者であるッ!」
その彼女が、そう叫んだ。
は?
勇者?
俺が?
どゆこと?
「なにを馬鹿馬鹿しい、勇者なぞいるわけがありましょうに」
そうそう、この人の言うとおりだぜ、いるかどうかは知らんが、兎に角、俺が勇者な訳無いじゃんか。
「では、ボストン公爵は妾の言うことが信じられないと」
「こ、この男の顔など見たこともありませぬぞ?」
妾って、本当に王女様みたいだなぁ……
ん? 待てよ? 今、公爵って言ってたよな? 公爵ってよく小説に出てくる貴族の爵位ってやつだよな?
うん。よく見ると、彼女の身につけているもの全部高そうだ。なんていうか、どっかの令嬢みたいな。
「それはそうでしょうとも……御方はこの世界の民ではないのですから」
「なんとっ!!」
なんとっ!?
「「「「「ざわッ」」」」」
なんか、色々考えている内に凄いこと言われたよな!?
うん、なるほど、凄くよく状況の整理はできてきた。
これはあれだ。勇者召喚だな。しかも、多分だけどこの子が独断で行ったやつっぽい。
しかし、このままだとそのうち魔王がうんちゃらなんちゃらと言い出して、戦わされるかもしれないよな。
うん。嫌だ。そんなの絶対嫌だ。
だからといってこのままこの世界にほっぽり出されても死ぬし。こういうパターンの小説や漫画はよく読んでたからな。実は気が付いていたから、そんなにパニックにはなってないな。ヲタクで良かったわ。
「失礼だが、王女様? それが本当のことであれば、国宝をお使いになられたのでは?」
あ、やっぱり王女様だったんだね、確かに、なんか自己紹介していたような気がする。
というか、国宝って、王女と言っても手が出せるものなのだろうか?
「えぇ、召喚には多大な魔力が必要ですので、彼の宝具を使い、数日掛りでやっと勇者様をお招きすることができたのです」
「なんと愚かな……このような事に宝具をお使いになられて、召喚など奴隷共の魔力で十分でしょう!?」
奴隷、奴隷か……。この異世界には奴隷制度があるのか……
確かに、奴隷は必要だ。だがそれは勿論、玩具としてではなく、ちゃんとした労力として、だ。魔法があるような世界なのだ、人の自由を縛る魔法があってもおかしくはない。それを悪用することが出来るというのが問題なのだ。所詮、魔法も道具……か、使う人によって、善にも悪にも成りうる。
「えぇ、確かに、奴隷達の魔力を使えば、今すぐにでももう一度召喚する事は可能でしょう。しかし、それをすることで、彼らは命の危険にさらされてしまうのですよ? 奴隷になった者の多くは貧しい生活を余儀なくされます。魔力消耗の激しい勇者召喚などしてしまえば、一体何十人の奴隷が亡くなってしまうと思っているのですか! この国では奴隷の所有については法律上禁止してはおりません。ですが、奴隷だって人なんです! 道具ではないのですよ! 命を軽んじ、弄ぶような行為は避けるべきです!!」
よく言った! 王女様!
心の中で思っていたことのほとんどを王女様は言ってくれた。
俺だって奴隷には反対だ。しかし、簡単になくせないのだろう。奴隷ではなくなり、自由の身になったものが今までと同じように暮らすことはない。となると、どこかで歯車は噛み合わなくなり、率いてはそれがこの国の破滅にもなりかねない。それをわかっているから、王女様も禁止とは言い出せないのだろう。
それにしても、女の子が泣いているのを見るのは、なんていうか、胸糞悪いな……
「奴隷どもの命なんぞ失われてもなんとも思いませんな、所詮は下劣な民ですぞ?」
あ? なんだこいつ?
そういえば、先から王女様に向かって威圧的だよな?
しかも奴隷の事も見下しているようだし。
「奴隷、奴隷って……」
「は?」
「ゆ、勇者様?」
やべっ、つい口に出てた?
でも、そうだよな、奴隷、奴隷って、こいつ、何様だよ? 奴隷だって同じ人様じゃねぇか。
人の権利って知ってる? 命を持つことだよ。命ある生き物は心臓を潰せば、どんなに凄い偉人だって、死ぬんだぜ? 生きる権利と死ぬ権利、この二つは誰にも縛られず、自由でなくちゃならないんだよ? 保育園からやり直しますか? あぁ?
「……なん、でも……ない……」
うん。まぁ、でも、やっぱり、ここは事を荒立てるべきじゃない。
だって話しているのは、王女様と公爵様だもんね。俺関係ないもんな。
あれ? おかしいな? 王女様とか周りの見る目が何ていうか変になってるよ? どうして?
「え、えっと、で、ですからボストン公爵? 私、ゆ、勇者様と今後の事を、お、お話しせねばなりませんのですかしら? ご、ご理解いただけませんか?」
ん? なんだ? 王女様、凄い汗かいてるぞ?
あ! やっぱり、そうだよな! 俺みたいな平民がどこの国かはわからないけど、王女様という身分の高い者と会話していたんだ。下手をすれば、牢屋行き、又は処刑……アイアン・メイデンとかないよね?
「そ、そそそっそうですな!! お呼びした以上! 最高のおもてなしをしなくてはなりませんからな!! あっはっはっはっ!! お、おい、お前たち、早くこっちへ戻れ!!」
あれ? でも公爵もなんか焦ってない? え? 何? もっとお偉い様のご無礼に当たってるのか、これ? えっと、王女様よりもお偉い様というと
いやいやいやいや、ないよね? 国王様がこの中にいるとか、ないよね? だって見た感じ兵士さんっぽい人くらいしかいないよ? 白髪のお爺ちゃんって感じの公爵様が真ん中にいて、その脇に一名おっさん、いや、大体五十くらいに見えるダンディーなオジサマなら……国王とて流石に、公爵様の横にはつかないだろう。
などと考えていると、不意に後ろ居た王女様からお声が掛かった。
「ゆ、勇者様? 私が案内いたしますので、少々移動してもらっても宜しいでしょうか?」
よくわからない。状況が読めないのだけれど、一応、まぁ、敵意はないのかな。
ただ……うん。これは確実に、俺のことを警戒してるよなぁ。
なんでだろ? 先の言動がおかしかったのが原因なのかな、そうだろうなぁ。この先大丈夫かな、ダメだよな。
いっそのことお金だけ盗んで、どこかに逃げるとか? いや、ここがどこだかわからないし、そもそもお金の在り処もお城の出口もわからん、どうしようもないよなぁ。幸い、王女様はいい人っぽそうだから、なんとかなるかなぁ。なるといいなぁ、ならないか……
帰りたい。
「えぇ」
自分の気持ちとは裏腹に、我が口から出てくる言葉は了承の詞であった。
首だって縦に降っちゃって。二つ返事じゃないか。
「そ、そうですか! ……ふぅ」
ん? あれ? 今、王女様の態度戻った?
しかし、残念ながら、優助には最後の方の台詞は聞こえていないようで、王女様の気持ちには気が付くことができず、結局気の所為だったと気に留めることはなかった。
「あ、そうです! 私のことは是非、シェリルとお呼び下さい!」
王女様が名前で呼ぶことを許可してくれるなんて、光栄なことなんだろうなぁ
というか待てよ? 女の子を名前呼びするなんて、何年ぶりだ? 小学生の頃か、中学生のころかな?
久しぶりすぎて緊張してきたな。いや、普通に呼べばいいだけだろ? 普通に、普通…に、普通……に? 普通ってなんだ?
「え、あぁ、シェリル様。敬語……」
またしても口は動き、今度は、先程までのお調子のいい言葉ではなく、思ったことそのままに出てしまう。
そして、なぜか言葉につまり、妙なタイミングで、催促したかのようになってしまった。
「そ、そうですよね!! 私の敬語、下手ですよね…………すいません、私、こう見えても王族で礼儀は習っていたのですけれど、使う機会があまりなくて、勇者様にこんな醜態をさらしてしまって……本当に申し訳ありません……」
――こう見えてもって、どう見ても王女様って感じなんですけど?
とは、口が裂けても言えないだろう。
ただ、こんな、どこにでもいる平々凡々の馬の骨に頭なんてさげてどうする。
王女様という身分の者がそんな気軽に頭を下げてはいけないのではないのか?
なんとか、フォローしなくては……。
「私はもっと下手だ」
うわぁぁああああ。なんで!? なんでぇ!? 意味わからないよぉ!! 私とか、使ってないのに、なに格好付けてんのさ!! しかも、王女様より下手なのなんて当たり前だろ!! 馬鹿なの? 俺は!! こんなんだから、ほら、王女様も黙っちゃったじゃないか!!
「勇者様……こんな、こんな私を慰めて頂けるなんて……とっても、光栄です!! 嬉しいです!!」
へ? いや、そ、そんなに目を輝かせなくても……
「僕は勇者なんかじゃないさ」
あぁ、そうだよ、冷静に考えてみろ、俺が勇者なわけ無い。ビビリで臆病で、小心者で、長いものには巻かれるタイプの俺が勇者なわけがない。先の人たち見て、痛感したよ。王女様に呼ばれてすぐに、召喚の事は頭をよぎった。ヲタクと呼ばれる人種の俺はその思考に至るのにさほど時間は催さなかったし。正直、待ち望んでいた。ただ……現実に俺はあの人たちよりも弱い。この世界ではあれが平均、とまでは言わないかもしれないが、生きていくにはある程度力が必要だろう。俺にはそれが全く足りていない。魔法の方には何か適性があるのかもと期待をしてしまうほどには努力をする勇気もない。
勇者にとって大事な力が尽く足りていない。というかそもそも持っていない。
「いいえ! ユウスケ様は勇者ですよ!!」
シェリルはきっぱりと言い切った。
なぜ彼女はここまで自分の事を勇者であると言い切れるのか。
考えても分かる事はないだろう。なぜなら、彼女とは、つい先程の召喚直後に少し話しただけなのが最初であり、彼女との関係も殆ど築いていないのだから。
「勇者様?」
シェリルの顔が不安に染まる。
彼女がここまで俺のことを勇者というその理由はわからない。わからないのだが、少なくとも、彼女は俺に期待をしてくれている。俺が勇者であると信じて疑わない。それは正直プレッシャーだ。とてつもなく大きな重圧であろう。
しかし、それならば何故?
何故、彼の、自分の、穿槻 優助の表情は今まで見たことないほどに生き生きとしているのだろうか。
「やはり、できれば、勇者はやめていただきたい」
それでも、やはり、自分は勇者ではない。
勇者でなくとも優者では有りたい。
彼女の期待に応えたい。
彼女の希望になりたい。
俺は強くありたい。
「勇者とは勇気ある者。今はまだ私には勿体無い称号です。いつかは、絶対、呼ばせてみせます。だから、その、その時まで、勇者と呼ぶのは待っていてくださいませんか……?」
何を言っているんだ、俺は。こんなの、どこのラブコメだよ。死亡フラグだよ。死ねってことですね、そうですね。言われずとも恥ずかしさで死にますから! 死ねますから!!
ただ、彼女はどう思ってくれているのだろうか? 正直、こんな告白みたいなセリフ重いよね。無理だよね?『は? 何言ってんのコイツ?』って思ってるよね……ごめんなさい。自分も言うつもりじゃなかったんです。心に留めて置くつもりが、いつの間にか口が勝手に動いていたんです許して。
「………………もちろんです! いつまででも、待たせていただきます」
ただ、彼女の反応は、勿論、優助の考えとは逆であった。
「では、これからは、ユウスケさんと呼びますね!! ですから、勇者さ、じゃなくてユウスケさんも、様なんてつけないで、敬語もやめてくださいね!」
それどころか、もっと距離を詰めようとまでしてきた。
「わ。わかった、よ? シェリル?」
「うっふふ、はい、わかればよろしいのです♪」
結局そのまま、王女様は優助と共に玉座の間を後にした。
ただ後ろをついていた侍女の情報によると、どうやら彼女の足取りは普段よりほんの少し、少しだけではあるが、確実に浮ついていたらしい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
優助と王女様、数人の侍女達が部屋を後にしてすぐ後、ボストン公爵は膝をついていた。
その表情は、船などの乗り物酔いでもしたかのように、顔を青くして、吐き気を我慢している様子だった。
「ボ、ボストン公爵!?」
周りの騎士達の中の一人が慌てて公爵の側に駆けて寄り、声を掛けた。
「いや、問題ない。少々、あの者の威圧に耐えかねてしまっただけだ」
「やはり……」
驚きを隠せず、側に寄ってきたのは騎士団長でもあるシリウス・ドラゴンだ。
彼は老年で経験豊富な上、魔力にも長けていた。その為、公爵の状態をすぐに察することが出来た。
勇者の魔力に当てられたのだ。
ダウズエル・ドゥクス・ボストン公爵。
彼は生まれもってより、魔力の資質がずば抜けていた。その魔力が原因で幼少期は魔族病といって、魔力の過剰摂取によって、身体が変質してしまう病気を患っていた。幼少期にはその過剰な魔力をどうにかするために、常に空の魔晶石を持ち歩き、苦しくなったら、全魔力を魔晶石に注ぎ、変質を抑え込むという荒療治でどうにかしていた。身体の成長とともにその病状は落ち着いていったのだが、その後遺症として公爵の魔力量は相当なものになっていたのだ。
そして、威圧だが、これには二種類あり、一つは武術に長けたものが殺気を放ち、相手を精神的恐怖で縛り付けるものである。これは長年戦争に身をおいていれば大抵身につく程度のものであり、対処のしようもある。もう一つは魔力に長けたものが魔力を放ち、相手を身体的恐怖で縛り付けるものがある。
先程、彼の勇者が放ったのは後者であり。
この国で五本指に入る公爵の魔力量をもってしても、彼の勇者の威圧には耐えられず、軽事を言うことしか出来なかったのだ。それでも、意識を失わないのは公爵の力量なのか、将又勇者の制御不足か。どちらが正解かは公爵にも騎士団長にも分かりかねることであった。
「ボストン公爵、彼の勇者は威圧を貴方にしか送っておりません。気力威圧でないとすると、こんな芸当、初代勇者以外には到底できたものは……つまり、彼は……」
「あぁ、あの勇者は本物だろう。これは、早急に事にあたるとしよう。でないと、手遅れになる……」
「承知致しました」
騎士団長の指示のもと、騎士たちも王女様の部屋を去っていった。
残ったのはボストン公爵のみ。
「王女殿下、貴方はどうか……」
彼の声が、誰も居ない、王女様の部屋で静かに消えていった。