0 偽りの世界。偽りの勇者。
男は世界に嫌われた。
世界に嫌われる原因は彼の魂にある。彼の魂は、かつてこの地の深く、人では到底至ることのできないほど極寒の地から繋がる地下深くの空洞に存在した、名状しがたい生き物の残滓なのだ。彼の世界を作った神は、その生き物と対立しており、その残滓を全て処分しようとしたのだが、残滓は生き物の加護により守られていて、手出しできなかった。神は、どうしても処分することのできないその残滓、つまり彼の魂に呪いを掛けた。
故に周囲は彼を嫌う。知り合い、友人、家族までもが、彼の世界では彼の事を嫌っていた。
彼は何をしても怒られる。だからこそ、彼は何もせず、一人眠りにつくようになる。だが、寝ていても怒られることに変わりはない。蹴られ、殴られ、日々傷を増やしていた。それでも彼は眠りにつくことはやめない。なぜなら、夢の世界へと旅たつからだ。その世界では、彼は世界を救う勇者だった。同じ夢を何度も何度も繰り返す。そのうち、彼は夢の世界に囚われ、現実の彼は深い眠りにつくことになる。
彼が眠りについたことで、彼の居た世界は少しずつ、少しずつ歯車が噛み合わなくなっていく。彼を嫌っていた人々。彼を傷つけていた人々。その矛先がいつ誰に向くか分からない。しかし、彼は眠りの世界から戻らない。そうして、人々は神様に祈った。
『どうか、彼を夢の世界から引き戻してくれ』と本心を。
『彼に一言謝らせてくれ』と建前を。
人々は本音と建前をいくつも並べては神に祈り捧げる。
神様はそんな人々に怒りを覚えていた。
『あなた達はまた、間違いを起こすのですか』
人々は分からない。神様が何に怒っているのか、全く分からない。
所詮、人々は世界の一部であり、世界に嫌われた彼に対する思いやりなど微塵もない。自分たちが満足したいだけなのだ。それは彼ら自身では気が付く事も出来ない。どうしても、どう考えても、彼を責めて終わりだ。
人々は苦しんだ。
どうすれば、彼が帰ってくるのかと。どうすれば、この気持ちは、恐怖は収まるのかと。
人々は悩み、苦しみ、もがいた末に、一つの答えにたどり着いた。
彼を勇者にしよう。
彼が勇者として、彼自身を倒すのだ。
彼は嫌われの彼をたおし、勇者になるのだ。
人々は彼を勇者にするために、世界各地に銅像建て、毎日のように祈り捧げた。
『早く、世界が元に戻りますように。彼がいた頃の平和な世界に戻りますように』
彼は瞬く間に世界中に名前を広め、そして全人類に嫌われ、全人類に尊敬される勇者となった。
それを受けて世界は皮肉を込めて、彼のことを【偽りの勇者ビビリ】と名付けるのだった。