それぞれの道
プリシラの高まった感情が落ち着いていく。その様子を見て修一は話しを続けた。
「だけど何故二人で挑むことになるのかな。六人も賢者がいるのに」
「国内で同時多発的に危機が起こって六賢がその対応で手一杯になるか、あるいは古代竜に挑むのは国外なのかもしれませんね」
「賢者は国外に出れないの?」
「国際協定が交されています。賢者様の力はあまりに強大。たった一人、半日あれば、街を壊滅できるほどの力があります。どんな理由があろうと他国の賢者が来たら街はパニックになるでしょうね」
「そこまでなの?」
「先の独立戦争では、国が、正確には属州ですが、三つ滅んでいます。それ以来、国同士で戦争はしても、賢者は防衛のみという協定が成されました」
「まさに一騎当千だな。でも、そんなに強くても古代竜には敵わないのか……。そもそも古代竜が人間の街を襲った記録はないんだよね? おとぎ話は別にして」
「ないですね。古代竜は、オルスク大森林のさらに東のホルゴス山脈に生息していると言われています。そこを拠点にして、オルスク大森林などの魔物が氾濫してる地域を周遊しているとか」
「人間を倒してもマナの摂取ができるはずだよね。でも街に住んでる人間は、平均レベルも低いし数も少ないから効率が悪くて襲わないのかな」
「そうかもしれません」
そう言った後プリシラはしばらく言葉を止めて考えている。
「こうしましょう。いったん領都に報告したら、私は公務で王都に行く予定でした。その際にアメリア様にお話を聞いてきます。修一と出会ったことで啓示に変化があるかもしれませんし」
「俺も一緒にアメリア様のところに行った方がいい?」
「いいえ。修一は、記憶を失っているなら戦闘経験を積んで勘を取り戻すのが先決だと思います。要は修一の最初の目的そのままですね。それなら、ここから半日の所にあるサラトガ迷宮が一番です。進展があれば、サラトガの冒険者ギルド宛に連絡します」
「分かった」
その後、幾つか確認をしてから、二人はアシュレイのいる部屋に顔を出した。
「よお、二人ともすっきりした顔してるな。覚悟を決めたいい顔だ」
剣の手入れをしていたアシュレイが顔を上げた。
「はい。決めました。修一とはいったんお別れします。修一はこのまま明日、迷宮街サラトガに。あそこの迷宮には大量のゴブリンがいますから、修一ならソロでも安全に十分な戦闘経験を積むことができます」
「ああ、修一の目的にはサラトガ迷宮が一番だろうな。だが領都には連れて行かないのか?」
「領都に行ってからサラトガに向かうのでは、修一の時間が勿体ないです。私とアシュレイでサラトガの冒険者ギルドに推薦状を書きましょう。アシュレイは戦闘評価、私は人物保証を」
「オレはそれで構わん。ふむ、時間が勿体ないか」
「ええ。修一は武技も使えるから一人でも色々な状況に対応できることが今日の戦闘でよく分かりました。それに街の近くで魔物の氾濫が発生したら、修一はどうせ戦力として駆り出されるでしょうからね。それまでに少しでも戦闘経験を積んだ方がいいです」
「街にとっても修一にとっても、それが一番いいかもな」
「うん、二人ともお手数ですが推薦状よろしくお願いします。俺はしばらくは一人で腕試しするよ。無理しない範囲でね。ええとレベルアップには武技より魔法で倒したほうがいいんだよね?」
「そうだ。魔法で倒した方がマナを取り込める。オレは戦闘で魔法を使えないから、お嬢が冒険者を続けるならあと五年もしたら抜かれるだろうな」
「じゃあこの国には高レベルの魔法使いが多いの?」
「いや。魔法が得意な者は戦闘職につかなくても食っていけるから、低レベルのままだな。お嬢のように中級魔法が使えるようになっても冒険者を続ける魔法使いは貴重さ」
「魔法使いは攻撃力はありますが、武器や防具に制限があるから防御ができません。仲間任せになります。それって怖いですよ。強くて信頼できる仲間がいないと冒険者はできませんね。私は恵まれています」
「よしっ、修一、試したいことがある」
マジックバッグから、革鎧一式を取り出す。
「俺の予備の防具だ。汎用品だからサイズ調整できるだろ。それを着けたら、外に出て魔法を使ってみろ。上手く魔法が発動するなら餞別としてくれてやる」
防具を付けて、三人は外に出る。
「革製品も鞄くらいなら干渉も僅かですが、身体にまとうとマナ錬成が阻害されます、普通なら」
「ストーンバレット」
既に辺りは暗いので、明かりの魔法で光球を出してから、近くの岩に向かって射撃する。
「んー、言われてみれば、錬成する時、僅かな干渉を感じるね」
「この短剣を持ったまま魔法を撃ってみろ」
アシュレイはマジックバッグから予備の剣を出して渡す。修一は鞘から剣を抜く。その状態で魔法を唱えた。
「ストーンバレット……うん、同じく僅かな干渉は感じるけど、発動に問題はないかな」
「すみません、私にも試させて下さい」
修一から抜き身の短剣を受け取る。
「ファイアボール」
火球が発現し、岩に当たった。
「今は落ち着いて集中できたので火魔法が発現しました。ですが、戦闘時は無理ですね。かなり干渉を感じます。修一は本当に戦闘時のような緊迫状況でも錬成できるのですか?」
「うん、緊迫時の方が、逆に干渉なんか気にせず魔法を使うだろうね」
「はぁー、その短剣もくれてやるよ」
「あ、剣は、俺も予備の剣があるからいいよ。短剣の方が慣れてるから、しまったままだけどね」
ポーチから短剣より刀身のある片手剣を取り出して、アシュレイに見せる。
「いや、お前さんの片手剣と短剣、性能もだろうけど見た目も高級過ぎるんだよ。できれば人目のある街中ではさらさず、俺の短剣を挿しとけ」
「分かった。遠慮なく頂きます。ありがとう」
「おう。今着けてる篭手は革製だが、修一なら金属製の篭手でも魔法が使えそうだな。あるいは左手に小楯を持ってもいい。街の武具店で見繕え。プリシラから報酬貰ったんだから、いい物買えよ」
「対人相手なら、盾より素手で武技を使う方が慣れている、はず。だから篭手がいいかな」
「素手の対人戦闘か。そんな経験、酔っ払って喧嘩した時くらいだな。今度立ち会おうぜ」
「ゴブリン相手に練習しておくよ」
「修一は武技が使えるから、魔法使いじゃなく、戦士の格好しておけ。流れ者の魔法使いはかなり目立つからな。お嬢、ギルドへの紹介状には、今の事情を書いておいてくれ」
「そうですね。魔法使いであることは、修一が低ランクのうちは伏せてもらいましょう」
「あと、街に着いたらすぐに背嚢を買えよ。ポーチだけで旅してると、マジックバッグだとバレる。本当はそのローブも、分かるやつには高級品だと見抜かれるだろうが、防御力は大事だしな」
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翌朝、一行はノルン村を出て一時間ほどで街道に出た。この街道を北に向かうと宿場町ケイラを経由して領都、南東に向かうとサラトガだ。
「修一、あなたは十分強いですが、冒険者には色々な人がいます。気を付けて下さいね」
「あぁ、それで思い出したが、どうしても困ったことがあればニールって冒険者に頼れ。だけどなるべく頼るな」
「気難しいとか?」
「いい奴だし実力もあるし信用もできるんだがよ。ヤツが絡むと、ちょっと面倒くせえことになる、かもな?」
困った顔でプリシラを見る。
「私は頼ったらいいと思いますよ。ふふ」
「うーん、まあ悪い奴じゃないならいいや」
修一はサラトガ方面、二人は領都方面へ足を向ける。お互いに振り返ることはしない。三人とも近いうちに再会すると確信している。それまでにやるべきことは多い。修一は冒険者となるべく迷宮街に向かった。