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二人の覚悟

 帰路は、魔物に出会うことなく、一行は無事、村長宅に戻った。夕飯を食べながら、今後について相談する。


「明日は宿場町ケイラに泊まって、さらにもう二回、宿場町を経由して領都だっけ」


「おう、領都のギルドで調査の報告と修一のギルド登録をするつもりだけどよ、うーん」


「なに?」


「修一の当面の目的は強さの確認とレベルアップと言ってたけど、それは今でも変わらないのか?」


「うん。まだ自分がどこまで戦えるか試しきれていない。弱い魔物相手にもっと実戦練習したいね。それからレベルアップ。こちらの世界でレベルアップするのがどれくらい大変か分からないけど」


「レベルアップだけが目的なら強い魔物を魔法で狩り続けるのが一番効率がいい。さらに武技より魔法で倒した方がレベルアップしやすい。だがオーク以上は力もあって頑丈だから、一撃で倒せないこともある。一人だと囲まれたらむな。となると、安全と効率のバランスがいいのは、ゴブリンのようなそこそこ弱い魔物を一人で大量に狩ることだな」


「その提案いいね。弱い魔物相手の実戦練習とレベル上げを兼ねることができる。時間はかかるだろうけど安全第一だしね」


「うーん、修一は腕も性格もいいから、上級冒険者と騎士団で編成しているスタンピード対策班に入ってもらいたかったんだがな。そこまで目的がはっきりしてると誘い難いな」


「アシュレイ、そのことも含めて、修一と二人で話したいことがあります。よろしいでしょうか」


「そうか、分かった。先に部屋に戻って、装備の手入れでもしてるぜ」


 アシュレイはグラスに残ったワインを飲み干して部屋を出る。


「修一、アシュレイは知っていることですが、私が冒険者になった切っ掛けをお話しします」


「うん」


「六年前、私が十二歳の時に魔物の大氾濫(スタンピード)に母が巻き込まれて亡くなりました。私をかばって目の前で。私は間一髪のところで、アシュレイ達に助けてもらいました」


「辛かったね。俺も事故で母親を亡くした。俺は現場にはいなかったし、もう二十歳越えてたけど、それでも呆然としてしばらく何もできなかったよ。母子家庭だったから父親はいないし兄弟もいない。世界にたった一人、取り残された気持ちになった」


「そうですか、両親とも……。私は父が健在ですし、弟もいますから、三人で支えあって、乗り切ることができました。そして、強くなろうと思いました。もう誰も大切な人を奪われることのないように」


「強くなる為に冒険者に?」


「強くなる為もありますが、冒険者とコーエン家との連携を強化したかったのです。騎士団だけでなく、冒険者にもスタンピードの兆候調査を依頼しています。ですが冒険者ギルドを通しているので、裏付けや情報の統合をするのに、時間がかかります。対策が間に合わなくて村が襲われることが何度もありました」


「それで今のような調整役の仕事をしているのか。まだ若いのに凄いな」


「今日はまだまだ未熟だと思い知らされました。ところで修一、宮廷魔法士について何を知っていますか」


「えーと、この国では、上級魔法が使える魔法使いは、賢者と呼ばれていて、その全員が宮廷魔法士だ。今はいないけど圏域の賢者のヴィクターもいれて七人。この程度かな。この七人の二つ名は覚えてるけど、具体的な人柄とか仕事内容は知らないなあ」


「七賢の一人に啓示の賢者アメリア様がいます。人や国の転換点となる場面のイメージを得るのだそうです。そして上位貴族は、十五歳の成人の儀の際、個別に賢者様に予言を頂きます」


「未来予知とは違うんだ?」


「ええ、抽象的なイメージも多いようです。私は具体的でした。『賢者の弟子とともに、古代竜に挑む』という啓示です。そして、その者の外見は黒髪黒目だと……」


「俺が賢者ヴィクターの弟子だと信じてるの? 現実感がなくて俺自身も信じきれてないのに」


「ええ、修一は高い能力に加えて、戦いに慣れています」


「……記憶が混乱しているのはウソじゃない。はっきりと覚えていることは、俺は日本と言う国で生まれ育ち、年齢は二十八で、商会の使用人だったこと。魔法は使えないし、魔物と戦ったこともない」


「私と同じ十代後半、せいぜい二十歳に見えます」


「前に言った通り別の記憶があるんだ。年齢は二十歳。魔法使いとして戦いの日々を送っていた。魔法使い同士の抗争があったんだ。だけど、こちらの記憶は断片的なものばかりで現実感がない。この現実感のない記憶の中では、俺は確かに賢者の弟子で、師匠の最期に立ち会っている」


 修一は覚悟を決めた。ここまでプリシラと関わってしまったら無関係だと放置はできない。


「激しい戦闘の後、その記憶を失うことがあると聞いたことがあります。賢者様は亡くなっていましたか……。修一、緊張していますね。緊張というより、恐怖しているようにも見えますが」


「怖いに決まってるだろうがっ!」


 思わず声を荒げる。


「その予言、竜に挑んだ後の結果までは分からないんだろ? 成功するのか失敗するのか、成功しても俺達は死ぬかもしれない」


「確かに、頂いた言葉はそれだけです……」


「あのでっかい古代竜は、賢者が十人くらいでかかれば倒せるものなのか?」


「どうでしょうか。竜種は傷の再生能力もあるし、不利になれば飛んで逃げるでしょうし」


「やはり難しそうだね。プリシラは偉いよ。竜に立ち向かう覚悟ができてる。情けないけど俺は……俺は怖いよ」


「修一、すみませんでした。予言は絶対ではありません。予言を聞いた上で行動を変えれば未来も変わるそうです。私は少しでも情報が欲しかっただけです」


 プリシラはそう言って修一の手を握る。


「ああ、分かってるよ。だけど、古代竜に挑むなんてよほどの理由があるはずだ。プリシラにとってかけがえのないものを守る為に挑むことになるんじゃないか? だから恐らくプリシラは避けられない」


「そうかもしれません。家族、コーエン領、王国を守る為なら、私は命を懸けるでしょう。ですが信じて下さい、貴族の権力で無理やり修一を戦いに巻き込むことはしません」


 プリシラは手に力を込めた。


「信じるよ。後は俺の選択だ。だけど、もし俺が逃げたらどうなる。プリシラは一人でも挑むんだろ? けど一人じゃ成功する訳ない」


 修一はいったん言葉を切って間を空ける。


「……プリシラ、俺は命なら懸けてもいい」


「命なら?」


「ああ。商人としての俺は、正直、死ぬのは怖い。だけど、魔法使いとしての俺は、死ぬのはあまり怖くないみたいだ」


「修一は、この国の人間でもないし、知り合ったばかりの私の為だけに命を懸けるのですか? 本当に?」


「勇気なのか蛮勇なのか。魔法使いの俺はどうやら英雄になりたいらしい。プリシラを見殺しにはしない」


「十五の時からずっと不安だったんです。でも挑む時は一人じゃない、黒髪黒目の賢者の弟子が側にいてくれる、それだけが唯一の希望でした。私だってずっと怖かったんです」


 プリシラの頬を涙が伝う。


「俺がプリシラの希望になろう」


 二人は互いの手を握りしめた。



(俺は臆病者の偽善者だ……)


 修一は内心、自己嫌悪に襲われていた。プリシラに嘘はついていない。命は懸けよう。だが、懸けるものがまだあることをプリシラには伝えていない。賢者の石の入った呪いの小箱――大いなる力を得る代償に生涯呪われる。この箱を開ける気にはなれないし、この箱の存在を誰にも言うつもりもない。この小箱に魔法使いとしてのシュウイチが怯えていた。

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