ブラックオーガ戦決着
「ヒール!……うぅ、まだ痛てえぇ……ヒール……ふぅ……」
連続ヒールは効果が逓減するが、二回ほど自分に初級水魔法「ヒール」をかけて落ち着く。修一は立ち上がり、未だ腰が抜けているプリシラを背後にかばいオーガを睨む。
「無事かっ、修一」
アシュレイは短く問いつつ、オーガと打ち合っている。オーガは右足を引きずって動きが鈍い。
「ああ、魔法を撃つ隙を狙ってた」
ヒールを使えば、マナ錬成を感知されてオーガが警戒する。だから痛みで朦朧としつつも、攻撃魔法を撃つ機会を探っていたのだった。
「プリシラを入口まで連れ出せ」
アシュレイは位置取りを変えて、オーガの向きを修一達から逸らす。
「プリシラ、怪我は?」
修一はオーガから目を離さず、背後のプリシラに問う。
「だ、大丈夫です」
そう言いながら立ち上がろうとするが、まだ力が入らない。
「なら良かった」
修一はプリシラに向き直ると、さっと抱き上げる。入口付近まで後退して、プリシラを下ろした。
「プリシラを移動した。怪我はない」
修一はオーガと打ち合っているアシュレイを見ながら、落ちている戦棍の方に向かう。
「左足にも同じヤツいけるか? 修一のタイミングでいい。オレが合わせる」
「その前にオーガに挨拶だ」
修一はメイスを拾う。
「さっきは痛かったぞ、黒鬼」
修一の殺気が膨れ上がる。そして片手に持ったメイスで力任せに壁を殴った。
――ドガアァァァン
部屋を揺すぶる衝撃音に、オーガもアシュレイも動きを止めた。
「グラァ」
オーガが小さく唸り修一に身体を向けた。
(スラッシュ)
修一へと注意を逸らしたオーガの背中に向けてアシュレイが武技を放つ。初めてまともに通った斬撃で血飛沫が上がった。
「ガァァ」
袈裟斬りに斬られたオーガが苦悶の唸りを上げながらバックハンドでアシュレイを殴りつける。だが、反撃を予想していたアシュレイは既に間合いを外していた。
――ドガアァァァン
アシュレイと向き合ったオーガの背後で、また修一がメイスで壁を殴る。二人の動きが一瞬止まるが、オーガはさすがに今度は気を逸らさず、アシュレイを睨んでいる。
「ストーンバレット」
オーガの背後から修一は魔法を唱えた。マナ錬成が開始される。
(スマッシュ)
アシュレイは修一の声に合わせて武技を放つ。武技はマナの錬成過程が瞬時で完了する為、魔法より発動が早い。オーガは、修一の魔法を警戒しつつも、アシュレイの武技に対して武技で迎え撃たざるを得ない。
――ガシィィ
アシュレイの剣とオーガの爪撃がぶつかり合う。その直後、ストーンバレットがオーガの左膝を穿った。オーガはよろめき、ついに両膝が地についた。
「でかしたっ、修一」
ブラックオーガの背後に周り込んだアシュレイが、双剣を交差しながら、武技を放つ。
(ヴォーパルスラッシュ)
オーガの首がごとり、と落ちた。
「うは、一刀両断か……」
呆然と呟く修一にアッシュは少し照れて応える。
「いや、凄まじい切れ味の武技なのは確かなんだが、タイミングと角度が難しいんだ。高レベルの魔物にゃ滅多に通らねえよ。修一が足止めしてくれたおかげだな……お嬢は大丈夫か?」
視線はまだオーガに向けながら声をかける。
「私は大丈夫です。ですが修一には、私の為に怪我をさせてしまいました。お二人とも、申し訳ありません。結局私は足手まといだった」
立ち上がったプリシラはうなだれ、自責の涙をこらえている。
「お嬢は冒険者経験がそこそこあるが、調整役が多かったせいで、修羅場の経験がなかったな。冒険者やってればこんなことはたまにあるから気にするな」
アシュレイはプリシラを見て、怪我がない様子に安心すると、ナイフで魔石を取り出す作業を始める。
「まあお互い無事だったから良かったよ」
そう言って修一もプリシラを慰める。
「下層まで順調過ぎて、オレも油断してた。初見の魔物相手に、隙が大きい中級魔法をプリシラに指示しちまったからな。中距離で三人しかいないんだ、まず確実に当てることを優先すべきだった」
アシュレイは責める態度を一切見せない。それがかえってプリシラにとって辛く響く。
「痛っ、まだコブになってるな。ハイヒール」
修一は中級水魔法ハイヒールをかけ、やっと痛みが取れた。
「ん、ハイヒールも使えるのか?」
「こっち来てから使ったことなかったし、錬成時間長くて隙になりそうだから戦闘中には使わなかった。ところでさ、箔付けの目的は達成されたことになるの?」
「ブラックオーガに立ち向かったのは事実なんだ。誰もおままごとなんて言わねえだろ。お嬢自身が倒すのが条件じゃないしな」
「ええ。私自身は情けない思いで一杯ですが、社交界からは、一目置かれるでしょう。足手まといだったのはお二人しか知らないこと。報酬はその口止め料も含めさせていただきます……」
プリシラはうなだれたまま、力なく応える。
「そこまで卑下する必要はねえよ。だがまあ、今回は箔付けの為の例外として、今後は調整役に徹して、ボス討伐ほどの危険には同行する必要はないと思うぜ。貴族側との調整役ってのは本当に大事なんだ。オレ達冒険者は頼りにしてるよ、これからもな。報酬は規定通りでいい」
「はい、お気遣いありがとうございます」
まだプリシラの表情は硬い。
「いやホントさ、記憶喪失の外国人魔法使いなんてさ、自分でもすげぇ胡散臭いと思ってるよ。プリシラ様どうぞよしなにお取りなしください」
「はい、良きに計らいましょう」
プリシラから少し笑顔が見えた。
「おう。ところで修一、よくもまあヒールで治る程度の怪我で済んだな。頭蓋骨粉砕してそうだったがな」
「とっさに頭突きの姿勢を取ったんだ。知ってる? 生え際のここが一番硬いんだよ」
とドヤ顔をして自分の額を指す。
「お、おう、なんか凄えな、お前さんは。確かにブラックオーガはオーガキングより基礎体力は低かったが」
「へえー、オーガキングはさらに強いのか」
「いや、強さはキングより上だった。武技を連発してきたからな。しかもメイスをぶん投げるなんて聞いたことがねえ。戦い慣れてる感じだった。個体差なんだろうな」
「そうか、武技での投擲だっらヤバかったね」
「それでもあのでっかいメイスにぶん殴られて自力で回復できたのは凄えよ。気は失わなかったのか?」
「気は失ったけど、ノームに起こされたみたい」
「おお、精霊は役立たずなんて言って悪かったなあ。精霊魔法で治療してくれたのかね。ありがたいことだ」
「いえ、それが……私、腰が抜けて何もできなくて見ていただけなのですが……修一の頭を突いたり叩いたり、身体によじ登ったりしていました。修一の石弾を催促していたのかもしれません……」
「お、おう。なんか懐かれたようで良かったな?」
「あ、ああ、そうだね」
地精霊は修一の傍らで、修一の石弾でお手玉らしき何かをしている。相変わらず表情は読めない。
帰途は魔物と遭遇することなく、まもなく三人は洞窟を出た。地精霊はいつの間にか消えている。日差しが低い。村に着く頃には暮れるだろう。木々の間から高台にあるヴィクターの屋敷が見えた。辺境の冒険者見習い、修一の最初の任務が終わった。