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迷宮下層とブラックオーガ

「お嬢、得意の火魔法を使おうとしたが延焼を恐れて躊躇したか? 別に火魔法じゃなくても風魔法の突風程度でもいいんだぜ。少しでも体勢崩せば援護になるからな」


 ハイオーク戦は快勝だったが、プリシラの火魔法への執着を気にしたアシュレイが助言をする。


「そうですね。戦闘時に緊張していると無意識に火魔法に頼ってしまいます。ごめんなさい」


 プリシラはしゅんとなってうなだれる。


「俺も石投げ魔法ばっかりだしなあ」


 修一が苦笑いしながらフォローする。


「さて、ハイオークからは魔石を抜いとくか。心臓近くにある小さな石だ」


 言いながらアシュレイは解体用ナイフを出して、手慣れた様子でオークの胸に斬り込み、直径二センチ程度の魔石を取り出した。


「一応ボス級魔物の魔石だからな。メシ付き個室の宿代にはなるぜ。ほれ取っとけ」


 魔石を修一に投げる。


「お、ありがとうー」


 少しおどけた調子でお礼を言いながら、遠慮なく受け取る。魔石を指でつまんで眺めていた修一は、足元のノームが魔石を見上げているのに気付いて、魔石を左右に大きく動かす。するとノームの身体がそれにつられて揺れる。


 その様子を見てほっこりとした気持ちになったプリシラは、気を取り直して、この先の情報を伝える。


「ここからは下層扱いですが、中層とあまり変わりません。ゴブリン、コボルトにオークが新たに交じる程度だそうです」


「そっか。なら冒険者の先輩方がフォローしてくれることを期待して、試したいことがあるんだけど」


「ほう、言ってみろ」


「短剣での戦闘。ハイオークの動き見てると、ついていけそうだったから」


「ふーん、やはりその短剣は伊達じゃなかったようだな」


「お手並み拝見しますね」


 しばらく進むと、前方に棍棒を持つ二匹のゴブリンがいる。修一は、短剣を右手に持ちスタスタと歩いていく。一匹目が棍棒で打ちかかってくるのに合わせて、無手の左手で武技を放つ。


(パリィ)


 ゴブリンが大きく体勢を崩したところに剣を一閃。そのままもう一匹に向かい、今度は先を取って強打の武技を放つ。


(スマッシュ)


 あっさりと二匹を倒す。近接戦闘を十分にこなせる身体運用ができることは、賢者の屋敷の敷地で試して理解していた。後は、実戦時の精神状態はどうかなと思っていた。


 先ほど自分は、奥に二匹のゴブリンを視認したとたん、一切の迷いなく一歩を踏み出した。その内面は、ゲームで雑魚敵を前にした時と同じで、平静そのものの精神状態だった。


(うーん、やっぱり精神面もゲームキャラと融合してるってことなのかな)


 戦闘時の冷静さは、冒険者としては有り難い資質だが、少し気味の悪さを感じた修一だった。


「やはり短剣の戦い方に慣れてるな。そして二回の武技か。無手のパリィは難易度高いぞ」


「うん、無手の武技を試してみたかったんだ。オークにもいけそうだね」


「普通、魔法使いは魔法杖を持っているので、杖術は一応覚えます。といっても武技までは使いこなせません。修一は武技が使えるので、魔法使いと言うより、魔法剣士ですね」


「魔法と短剣、両方使って戦っていた記憶が断片的にある。でもどこまで戦えるのか分からない。まだまだ手探り状態かな」


 それから休憩を含めて二時間ほどで、最下層の広間に着いた。広間手前の通路から、様子を伺う。そこには二メートル半はあるだろう人型の魔物、ブラックオーガがいた。手に戦棍メイスを持っている。


「そういえば間引き依頼なのに、ボス討伐までするの? 迷宮全体の密度を低くしとけば暴走期にはならないんだよね?」


「まあ……間引きついでだ。一日で踏破できる程度の小さな迷宮だしな」


「気を遣わなくて良いですよアシュレイ。私の都合なのです。結婚適齢期の貴族令嬢が、お遊びで冒険者をして貴族の義務を放棄している。そう社交界で噂されているのです」


「オレらからすれば、貴族と冒険者の調整役ができるお嬢は貴重な存在なんだがよ。だからできる限りの協力はするぜ。お嬢が下層ボスを討伐すれば箔付けになる」


「辺境伯騎士団を引き連れての討伐ではダメなの?」


「社交界からは冒険者はならず者ばかりだと思われてますからね。そんな者達を手懐けて、少人数で下層ボスを討伐してこそ、調整役として一目置かれるでしょう」


「よーし、話はここまでにしよう。迷宮最下層ボスだ。プリシラ、初撃に威力のある魔法撃ってくれや。プリシラの魔法発動直後にオレが右手から突っ込むから、同時に修一も撃ってくれ。万一、オーガがプリシラに向かったら頼むぞ、修一」


「分かった。プリシラのタイミングでどうぞ」


「はい、いきます……。ファイアボルト」


 プリシラが魔法名を唱える。威力と貫通力のある中級魔法だが、マナ錬成時間は初級魔法より長い。錬成を開始した瞬間――


「グゥガアアァァァ」


 ブラックオーガが咆哮した。武技でも魔法でもない、単純な咆哮。しかし、その巨体から発せられた大音量は、ビリビリとした衝撃を部屋一杯に満たす。


 プリシラの身体がすくんだ。マナ錬成が止まる。


(マズい、魔法を使おうとしたプリシラがオーガに狙われる)


 修一はプリシラをかばおうと一歩前に出る。視界にはオーガを入れていたが、意識がプリシラへと逸れた。その刹那――


 戦棍メイスが飛んできた。


――ドゴォンッ……


 重い衝突音を発してメイスが修一の額に当たり、後ろにいたプリシラを巻き込んでふっ飛ばされる。


 プリシラも修一に巻き込まれて転がるが、大きな怪我はない。だが腰が抜けて身体が動かない。修一の無事を確認したいが、口を開けても荒れた呼吸しかできない。修一はうつ伏せになったまま動きがない。


 アシュレイは修一たち二人からオーガの注意を逸らすべく斬りかかった。


――ガッ


 だが、オーガの丸太のような腕で剣が止められる。武技アーツでない通常の斬撃では、皮膚の表皮を微かに紅く染めただけだ。


(ならば――スラッシュ)


 斬撃の武技。これなら通る、と確信するアシュレイだが――


――ガギィィ


 オーガはアシュレイの斬撃を軽々と弾いた。スラッシュに合わせてオーガも武技スキルを放っていたのだ。オーガは、最初歩の武技スキル「ストレングス」しか使えない。これは、一瞬だけ攻撃力と防御力を強化する。しかしそれでオーガには十分だった。


「ゴガアァ」


 今度はオーガが咆哮しながら、袈裟斬りに爪撃を放ってくる。


(スマッシュ)


 カウンターで手首ごと断ち切ってやろうと武技を放つが、剣がオーガの手首で止まった。オーガはまたも武技を使っていた。


(ヤベエ、いまカウンターにスマッシュ使ってなかったら押し負けてたぞ……)


 冷や汗をかきながら、両手持ちから右手に持ち替え、左手でベルトに挿してあったナイフを投擲とうてき。オーガは軽く弾くが、その隙に、距離を取る。


 マジックバッグから、片手剣を取り出す。右手に長剣、左手に片手剣の格好。A級冒険者アシュレイ、その二つ名は「双剣のアシュレイ」。辺境最強の男の戦闘スタイルである。


(双剣の戦闘は終わった後に身体がガタガタになるから辛えんだよな、しゃあない、覚悟決めるか)


 使うは中級武技「ソードストリーク」。連続斬撃の武技で、アシュレイなら一息で三撃放てる。双剣で倍の六撃。半端のない負荷ゆえ、継戦力がガタ落ちになるが、未だかつて、この武技を受けて倒れなかった魔物はない。


「コフゥー……」


 深い呼吸をしながら、ス、スとオーガに近づく。先にオーガが振りかぶる。その直後――


 バチュン、と肉の弾ける音がしてオーガがぐらついた。アシュレイの脇をかすめて、石弾が、オーガの右膝を撃ち抜いていた。


「おおっ?」


 意識外からの援護攻撃に、さすがのアシュレイも集中力が逸れて、武技を放つタイミングを失してしまった。アシュレイは気を取り直し、オーガに向かいながらも、視界の端で広間の入口の方を見た。


 うつ伏せになりながらも、ギラつく視線でオーガを睨んでいる修一がいた。

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