ノルン村近郊迷宮
迷宮とは迷宮コアが作り出した魔物の巣で、地下洞窟状になっている。魔物は迷宮内に湧く。
迷宮は、魔物の密度が一定の安定期が続くと暴走期に入る。暴走期は、魔物が限度を超えて湧き始め、暴走状態となって迷宮から飛び出していく。大氾濫と呼ばれる災害だ。
放置すれば災害をもたらす迷宮だが、倒した魔物から素材を回収できるメリットもあり、国は一部の迷宮をコアの破壊を禁じて、「管理迷宮」としている。ノルン村近郊迷宮もその一つだ。だがこの迷宮は小さく、冒険者には人気がない。年に数回、最寄りの冒険者ギルドが間引きの依頼を出している。
「最下層のボス級魔物は、オレは戦ったことがないが、オーガの亜種、ブラックオーガだ」
「通常オーガより強いですが単独行動。オーガキングよりレベルは低いと推測されています。この人数でボス討伐できるとする根拠はアシュレイがオーガキングを一人で倒しているからですね」
「ああ、死にそうになったけど何とか倒せたな。あの後にレベルアップしたから、今なら油断しなけりゃ大丈夫だろう」
村から賢者の屋敷を通り過ぎて少し歩くと洞窟があった。天井や壁面に光苔のようなものが付着していてほんのり光を放っているが、見通しは良くない。高レベルの修一の視力ならそれほど困らないのだが、試しに明かりの魔法、ライトを発動し、光珠を五メートルほど前方に浮かす。
「いいぞ修一、光量が強くて安定しているな。この明かりを維持したまま、攻撃魔法も使えるか? この先にファングバットが群れている。打たれ弱いし攻撃も大したことないが、群れで飛んでいるから、面倒なんだ」
「やってみる。ストーンショット」
初級範囲土魔法。一センチほどの石弾が十個ほど射出され、五匹を撃ち落した。修一は土魔法の特に射撃系魔法に習熟している為、貫通力も照準精度も高い。修一以外がこの魔法を放てば二、三匹に当たる程度だったろう。だがまだ十匹近くいる。
「次は私がいきます。フレイムラディエーション」
――ゴオゥ
同じく初級範囲火魔法の火炎放射が迷宮を照らす。放射時間は一秒に満たないが、五匹ほどの魔物が燃え上がった。
実は二人とも、中級範囲火魔法のファイアストームも使える。これなら、群れごと一掃できるが、まずは初級魔法で互いの技量を様子見している。
「よし、二人とも上出来だな」
アシュレイが長剣で、残りのファングバットを一掃する。
この後も、トカゲ系やヘビ系の小型魔物と遭遇するが、やはり防御力は低いので、範囲魔法で対処していく。中層までは、彼らに重傷を負わせる魔物はいないので、修一の戦闘能力の確認と練習を兼ねて、初撃は修一に任されている。
通常、迷宮内は、通路が各所で枝分かれしていき、それらが再合流したり行き詰まりとなり、迷路状になっている。迷宮にはドアはないが、大小様々な大きさの部屋がある。このような行き詰まりの領域の幾つかはマナ濃度が高く、そこに魔物が湧く。
だが、魔物が多く湧きそうな部屋にも、殆ど魔物はいなかった。小規模な迷宮なので、何度か通路は枝分かれをしたが、すぐに行き詰りとなり、引き返す時間もかからず順調に踏破していく。
迷宮に入って二時間もしないうちに、大広間と覚しき場所にたどり着いた。広間には幾つか岩があるが、その岩陰に二十センチほどの人型の魔物が見えた。
「ストーンバレット」
「よせっ」
アシュレイが止める間もなく椎の実型の石弾が射出されるが、魔物を素通りして背後の岩を穿つ。
「あれっ?」
「あれはノーム種族だ。土の精霊と言われている」
「魔物と同じくマナから生まれると言われていますが、攻撃はしてきませんし、こちらの攻撃も素通りします。こちらに敵意がなければ触れることもできます。半実体生物ですね」
顔や体つきからすると少年のようで、服も着ており、表情の読めない顔でこちらを見ている。表情は読めないが、確かに敵意は全く感じない。
「ストーンボール」
射出はせず手のひらに拳大の石を出現させ、土精霊の方に転がしてみる。ノームは転がってきた石球を避けずに受け止め、興味深そうに触り出した。
「まあ、ノームは敵じゃないんだが、特に役立ってくれることもなくてな。懐くこともないから、見かけても放置してるな」
ノームはこちらに全く関心はなくなったようで、石球を突いたり、転がしたりしている。
「前情報によると、この広場が層の区切りです。上層ボスとしてホブゴブリンとその眷属がいたはずですが、居ませんね。この先は中型の魔物が出てきます」
一行は、ノームを素通りし、広間の先に見える通路へと向かう。するとノームは、石球から離れて、とてとてと修一について来る。
「あら、ついて来ますね、かわいい。修一は土魔法が得意なので、土の精霊からすると気になるのでしょうね」
「懐かないんじゃないの?」
「ええ、たぶん懐かないと思います。私は火魔法が得意なせいか、たまに火の精霊サラマンダーが姿を見せて、しばらく近くをウロウロするのですが、いつのまにか消えています」
「ノームを気にして戦闘から注意を逸らさないようにしろよ」
「了解ー」
広間を過ぎると、通路は下方へと緩やかに傾斜していく。ノームが加わった一行は、中層になったことで、慎重に足を運んでいく。
「ここの中層の魔物からは、素材にそこそこの値段が付くんだが、今回は素材の剥ぎ取りは無しだ。時間がねえ」
「いくら小規模迷宮とはいえ、日が暮れるまでに村に帰るには、余裕がありません。すみませんがよろしくお願いします」
「いやあ、冒険者の実地講習をしてもらってるだけでありがたいよ」
中層は、人型魔物のゴブリン、コボルトがいる。身長は人間の子供ほどで、それほど素早くもない。武器として棍棒やナイフを持っている。
相変わらず修一が初撃を担当したが、貫通力に優れたストーンバレットを使う必要もなく、上層と同じくストーンショットで倒すことができた。一度に出会う数は二、三匹程度なので、次撃が必要ないことも多く、戦闘時間は上層と変わらないか、むしろ短くなった。
「小さな迷宮だから踏破はすぐだと予想してたが、魔物が少なすぎるな」
「初心者パーティが練習に来たのでしょうか」
「そうかもな」
中層に入って一時間ほどで、また広間のような空間へとたどり着いた。そこには人型魔物が三匹ほど。一匹だけ二メートを超える巨漢で、残りは修一より少し大きい程度。三匹ともイノシシのような頭に牙がある。巨漢は斧、残りは棍棒を持っている。
「大きい魔物がハイオーク。オークの上位種です。通常種のオーガ程度の強さですが、ボス級なので連携してきます。報告だと眷属三匹とありましたが、やはり魔物数が少なくなっていますね」
「連携の練習するぞ。お前らが一発ずつ撃ったらオレが飛び込む。だがすぐには倒さねえ。オレとオークが戦ってる最中に、誤射を恐れず魔法を撃ってみろ。オレの装備と体力なら一発くらい当たっても大丈夫だからよ」
「分かった。俺は左のオーク」
「私は右のオークで」
「ストーンバレット」
「ファイアボール」
二人ほぼ同時に魔法を放つ。どちらも初級単体攻撃魔法だ。すぐにアシュレイが飛び出す。
ストーンバレットを撃たれたオークが、うつ伏せに倒れた。微かに息があるようだが致命状態。ファイアボールを撃たれた方は膝をついている。これをアシュレイが一刀のもと斬り捨てて、ハイオークに向かう。
オークとアシュレイが打ち合う様子を二人は難しい顔で見ている。乱戦なら敵は複数いるので、打ち合っている味方よりも少し離れた魔物だけを狙えばいい。だが今は一対一の戦闘状態で、ここに魔法で介入せねばならない。万一の誤射を考えてプリシラは躊躇していた。
「やってみるか。ストーンボール」
貫通力より質量攻撃。これなら誤射しても大怪我はしないだろ、と修一は決断した。
――ガゴォン
見事、オークの腰椎に当たり、その巨体がわずかだが浮いた。
「やるじゃねえか」
(スマッシュ)
体勢を大きく崩したオークに、アシュレイが袈裟斬りに武技を放ち、その一撃でハイオークは絶命した。