エピローグ
十日が経った。あの時、高レベル魔物の群れに飛び込んでいった前衛のアシュレイとゴルバスは、本当に死にそうになっていて、さすがに修一は頭が下がった。後日、感謝の気持ちを込めて、拳銃を含めた地球産の武器一式をパーティ『大食い』に譲った。貴重なものだが、地球での戦いを思い出すので修一自身は使いたくなかった。今はマノラが拳銃使いだ。
岩山から一番近い街がサラトガ街なので、ギルドマスターのルカスの指揮の下で、古代竜の搬送、解体等をしている。アメリアとプリシラも立場上、ルカスと共に忙しくしている。
修一は、アメリアに再生魔法をかけてもらって、サラトガ街の宿で療養していた。やっと数日前に全快し、だらだらと過ごしているところを、ギルドに呼び出された。
ギルド会議室にはアシュレイ、ゴルバス、そしてプリシラとアメリアがいる。修一だけでなく、アシュレイのパーティも療養していたので、事後処理には関わっていない。
「古代竜の解体過程で、とんでもないことが分かりました。まだ確定していないので他言無用です」
ルカスが青い顔で話しかける。その内容を既に知っているはずのアメリアとプリシラを見ると、顔色は悪くないが、呆然としている。修一は緊張で喉を鳴らす。
「全て終わったのです。人類は救われました。皆さんのおかげです」
青い顔をしていたルカスが、今度は感極まって目に涙を溜めている。意味が分からず、アメリアとプリシラを見るが、呆然としたままである。実は彼女達の方がルカス以上に衝撃を受けているので、ルカスが説明役をしているのだ。
「古代竜を倒してオルスク大森林の調査がやっと本格的にできるようになったがよ、まだまだ気は抜けねえだろ? 最近また迷宮が増えてるんだぜ」
アシュレイが怪訝な顔で問いかける。
「迷宮は迷宮コアが創ります。では迷宮コアはどうやって発生するのでしょう? あるいは、運ばれてくるのでしょうか?」
そう言ってルカスは鞄から、握り拳より一回り大きい球体を取り出した。魔石のようにも見えるが、色ツヤ、紋様が違う。
「魔石? いや、まさか迷宮コアか! それにしては小さいが」
「はい、これが数十個、古代竜の体内にありました。幾つか王都の研究所に送って解析してもらい、その答が返ってきたところです。生育途中の迷宮コアだろうとのことです」
ルカスは一旦言葉を止めて一同を見渡してから、また続けた。
「見つかったコアの大きさは様々で、通常のコア位大きいものも二つありました。つまり、古代竜はその体内で迷宮コアを育てて、そして十分に育った迷宮コアを『産卵』する。勿論、推測ですがね」
「はぁぁ」
三人は一斉にため息をついた。言葉が出なかった。
古代竜は、オルスク大森林のような魔物の氾濫地帯に現れる、そうオルトゥス人は理解していた。だが因果は逆だった。古代竜が現れる所に迷宮が産まれていたのだ。
「帝国との争いも終わる」
我に返ったアメリアが言う。
「古代竜もいない、迷宮も増えない。ならば魔物寄せの魔道具はレベル上げのためだけに使っていい。他国からも多くの魔法使いを招いて、上級魔法使いになってもらう」
「各国の戦力が増えたら争いの火種になるのでは?」
修一が問う。
「どの国も、オルスク大森林のような魔物の氾濫地帯を抱えている。上級魔法使いが増えれば、その土地と資源をまるまる開拓できるのだ。戦争なんかに命と時間を浪費する理由がなくなる」
「新しい時代が始まるんですね」
「そうだ。開拓時代だ。この街は最前線になる。ルカス、頑張れよ、ふふ」
「え、ええ。皆さん助けていただけますよね?」
ルカスの顔色がまた青くなった。
――古代竜の討伐から半年
アメリアの予想通り、サラトガ街は開拓の拠点となって賑わっている。もうすぐ領都の人口を超えるだろう。アメリアもプリシラも街に新たに邸宅を構えて忙しくしている。
修一はギルドに籍はおいているが、冒険者稼業からほぼ引退している。古代竜討伐の功績は大だと認められたが、地球での苦い経験があるので、地位も名誉も全力で断った。
ただ報奨としてノルン村のヴィクター屋敷を貰い受けて、今は改築してそこに住んでいる。引きこもっている訳ではないが、村から出ることは殆どない。得意の土魔法を使って、ノルン村の整備をする代わりに、食材を提供してもらって日々を過ごしている。
プリシラとの関係は進展していない。人間はそう簡単に変われない。一人でいれば地球時代を思い出す。思い出せば自己嫌悪に襲われる。プリシラと一緒になるべきか否か、迷ったまま答えを出せない。「べき」論では、答えは出ないことを忘れている。
プリシラの日々は充実している。上級魔法使いの身体能力なら、サラトガ街とノルン村の行き来は容易い。時間があれば(無くても無理やり時間を作って)訪ねていく。そして修一と一緒に食事をする。それだけでいい。その日々が愛おしい。
その日もプリシラが訪ねてきて、夕食を一緒に取っていると、この時間帯に珍しく来客のノックがある。修一が扉を開けると、そこにいたのは、アメリアにマノラ、そしてヘスティア帝国のケヴィン・ブラナー将軍だった。
アメリアが挨拶もせずに用件を切り出す。
「ヘスティア帝国のベルンハルト王子が誘拐された」
「はぁ」
「救出に行く」
「はぁ?」
「説明は道中でする。馬車で待ってるぞ。行き先はウェスペル大陸だ」
「はあぁ?」
アメリアはこれ以上応えず、踵を返して馬車に向かった。残された修一とプリシラは呆然と顔を見合わす。
「大陸間の行き来は途絶えてるはずだよね? プリシラは何か聞いている?」
「いえ、初耳です」
「とにかく話を聞かなきゃ。でもきっと断われないんだろうな」
「ええ。よほどの事情だと思いますよ。支度を手伝いましょう」
マジックポーチに野営道具は入れっぱなしなので、改めて旅支度は必要ない。皿を片付け、戸締まりを確認して屋敷を出ると、二人は敷地の一角に向かった。
そこには新しい墓標が二つある。ヴィクターと滝沢樹のものだ。ヴィクターの墓には、折れた魔法杖、滝沢樹の墓には、修一の買った指輪が入っている。
ヴィクターの死は影響が大きすぎて公表しないことになった。だから修一が個人的に建てた。非公開なので、墓碑銘を他人には読めないよう英語にして、修一自身が銘を刻んだ。名前と地球の没年月日が記されている。
二人はしばらく黙祷をした。そしてアメリア達の待つ馬車に向かおうとするが、修一がふと思い出した。
「あ、久しぶりにアメリア様に会って思い出したけど、十五歳の時の啓示内容、詳しく教えてもらう約束だったよね?」
「そうでしたっけ? ウフフ。じゃあ、無事に今回の任務を果たしたら教えますね」
プリシラはぺろりと舌を出した。
「ちょっ、まいったなぁ。きっと今回の冒険も厳しい。命を懸けることになるぞ」
「ええ。でも私達なら乗り切れます」
「……そうだな。きっと乗り切れる。だから――」
修一はプリシラから顔を逸して墓石を見る。しばらく黙っていたが、一人頷くと、プリシラに向き直った。
修一の呪いは生涯消えない。自己嫌悪の牢獄から開放されることはない。それでも傍らにはプリシラがいる、仲間が待っている。それだけで人生は生きるに値するのだ。
「だから、帰ってきたら結婚しよう」
「はい!」
二人は寄り添い、仲間の待つ馬車へと向かった。
■ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
次回作の構想については活動報告に。




