葬送火
熔岩弾は竜鱗を貫き、骨を焼き、肉をえぐりながら、心臓へと向かった!
だが僅かに届かない! 古代竜の圧倒的なマナに満たされた無数の細胞が、心臓の手前で熔岩弾を阻んだ。
――ドガァァ
熔岩弾の行方だけに集中していた修一は、竜の尾が迫っていることに気付かなかった。尾で打たれた修一は中高く飛ばされて、地面に叩きつけられた。
「ガハァ」
修一は意識を失った。
修一を睥睨する古代竜、その体内からマナ錬成が始まる。ドラゴンブレスの錬成だ。
「ファイアボルト!」
古代竜のマナ錬成を止めようとプリシラが中級火魔法を放つ。上級魔法はマナ回復が間に合わない。
――バシュゥ
ファイアボルトが古代竜のエアシールドを抜けて、竜の胴体に着弾した。人間一人が吹き飛ぶ衝撃だが、巨大な古代竜には効かない。竜のマナ錬成が止まらない。遂にドラゴンブレスが修一を襲った。
――ゴオォォォォ
その光景を見ているプリシラは驚かない、悲しまない。何故なら自分はもう逃げることはないからだ。修一と共に逝く。マナが回復し次第、上級火魔法で追撃をする。何度でも。自分か竜の命が尽きるまで何度でも。
ブレスが止んだ。プリシラからは、叩き飛ばされた修一の様子は、木々に遮られて見えない。古代竜はブレスを止めたままの姿勢で動かない。巨竜の傷口、三箇所から炎が吹き上がっている。古代竜とて重傷だ。
(全てを焼き尽くそう。古代竜も私の命も)
修一には追撃すると約束した。それを果たす。そのことだけを考える。
「葬送火」
プリシラの思いが、言葉となってほとばしる。プリシラのオリジナル火魔法、そのマナ錬成が始まった。命まで捧げるという彼女の決意が、凄まじい魔法を産み出した。
長いマナ錬成が完了すると、眼前に発現した火球が古代竜に放たれる。火球は、弱まっているエアシールドを抜けて、力なく地に伏せている竜の胸元に着弾する。そこから火炎が上がった。火炎は胸元から全身に広がっていく。やがて竜の身体全てが炎に覆われた。
プリシラのオリジナル魔法「葬送火」とは、着弾後に術者の意図する方向に燃え広がっていく、遠隔範囲魔法だった。
巨竜を丸ごと火炎に包むほどの広範囲魔法。いくらプリシラが上級魔法使いとはいえ、こんなものを錬成できるほどのマナ保有量はない。だが、プリシラの命を削る禁断魔法は、自らの細胞に染み渡っているマナまでをも錬成過程で消費した。
身体細胞の全てからマナを搾り取ったプリシラはガクリと膝をつく。体力と精神力を使い果たし、マナ揺動も微かなままで回復しない。心身が衰弱しているプリシラはもう動けない。
葬送火の威力は凄まじい。それでも、僅かに火力が弱まっていく。重傷の古代竜だが、その魔法耐性は、葬送火よりほんの少し優っていた。いずれは鎮火し、マナを回復した竜はプリシラをブレスで焼き尽くすだろう。
(すみません、修一。古代竜の命には届きませんでした)
プリシラは心中でそう呟いた。意識が薄れていく。
「ォァァァン」
薄れていく意識の中で、古代竜の咆哮、いや、悲鳴が聞こえた。そして古代竜の膨大なマナが霧散したのを感じて、驚いて目が覚めた。
弱まっていた火炎が再び燃え盛っている。悲鳴を上げた古代竜は動かない。マナ探知をする気力もなく、ただ呆然としていると、微かに声が聞えてくる。
「プリシラ……」
修一の声だ。愛する者の言葉が、衰弱していた心身に染み渡る。プリシラは気がついたら駆けていた。
「修一、修一、どこですか!」
「プリシラァ!」
修一の声がまた聞こえる。やがてプリシラは修一を見つけた。骨盤を砕かれ、歩くことのできない修一が這いずりながらプリシラに向かっていた!
****
「んん」
気絶していた修一が目を覚ます。地面に叩きつけられて気を失ったのを思い出すと同時に、痛みを覚える。古代竜の尾で打たれて骨盤を砕かれている。下半身が動かない。
それでも命は無事だ。修一の身体はアーススフィアに包まれていた。古代竜がブレスを放つ直前に、アーススフィアが展開されて、ブレスの高熱を遮断していた。修一は上半身を起こして、地精霊を見る。
「ウベル、俺を助けてくれたのか」
ウベルは修一を見ると首を傾げる。意思が通じているような通じていないような素振りは相変わらずだ。
「はは、とにかくありがとう」
呼吸を深くして、マナの回復に努めていると、マナ錬成を感じる。プリシラが魔法を放とうとしている。二人とも上級魔法三回分の熔岩砲を錬成していて、これ以上の魔法の発動は心身に支障が出るだろう。それでもプリシラが魔法を放つなら、自分もやるべきことがある。
「よし。第二ラウンドといくか」
修一は痛みに顔をしかめながらも軽口をたたく。治癒魔法を使っている暇はない。ポーチから魔法杖とマナ撹乱ロッドを取り出した。杖を握り、ロッドは地面に置く。
「アースキャノン」
上級土魔法を唱えて錬成を始めると、地面に置いたロッドが浮き上がる。次の魔法がどのみち最後になる。自分の魔法が効かねば、古代竜に踏み潰されるだろう。
「ウベル、スフィアを解いてくれ」
マナ錬成が完了して、修一が地精霊に声をかけると、スフィアが消失した。同時に地精霊も姿を消した。
「ありがとうな」
もう姿の見えない地精霊に礼を言ってから、古代竜に顔を向ける。
「うらあぁぁ」
修一が吠える。そして砲弾と化したマナ撹乱ロッドが、竜の傷口に向かって射出された!
着弾音もなく、ロッドは傷口に吸い込まれていく。そして――
「ォァァァン」
古代竜が小さく吠えた。咆哮というより悲鳴だった。竜の四肢から力が抜けていく。マナ撹乱の効果は古代竜にも有効だった。魔法耐性も含めた身体強化が解けていく。そして古代竜の膨大なマナが霧散した。
「プリシラ!」
修一は叫ぶ。返事を待たずに、プリシラのマナ錬成を感じた方向に這い出した。
****
「修一、大丈夫ですか!」
プリシラは駆け寄ると、膝をついて修一を抱きしめる。
「骨が砕けて歩けないだけだ。俺たちはついに倒したんだな!」
「はい!」
プリシラは修一を助けて塹壕まで戻る。竜の生死は分からない。マナ撹乱ロッドの効果で、通常のマナ揺動のパターンが変容して、マナ探知に反応しないからだ。だが、生きてはいても瀕死であるのは間違いない。火炎が続く限り、巨竜の生命は徐々に削られていくだろう。
「ハァハァ、もう、マナが、ハァ、回復しません」
熔岩砲三発分の上級合成魔法に続き、葬送火も発動して、プリシラは疲労困憊して顔色が悪い。
「もうすぐ転移魔法陣が消えそうだ。俺はここで見届けるから、プリシラは撤収してくれ」
「駄目ですよ。ハァハァ、私も残ります」
「……そうだな、最後まで一緒にいよう。でも休んでてくれ」
修一は明かりの魔法「ライト」を発動し、光球を中高く上げて何度か適当に点滅させる。自分達は無事だがまだ動けない、という意図を込めたライト魔法だが、数十キロ先で待機しているアメリア達に伝わっただろうか。
払暁の毒煙散布から始まった討伐作戦。古代竜の全身が葬送火で覆われたのは昼下がりだった。
修一は治癒魔法を自分に、回復魔法をプリシラに交互にかけながら、燃え続ける古代竜を見ている。魔法で痛みは大分抑えられているが、歩行は当分できそうにない。
プリシラの荒い息は治まり、静かな寝息をたてている。プリシラは一時的に、いわばレベル一の状態になっていて、魔法も使えず、身体強化も殆ど解けている。修一も今は中級魔法を使える程度の量しかマナが回復しない。マナ回復障害だ。
日暮れ時になった。プリシラが目を覚ます。青白かった顔には赤みがさして、マナ揺動も大きくなっている。二人は体調を確かめ合った後は、黙って巨竜を見つめ続けた。
「あ……」
修一が小さな声を上げる。古代竜を包む火炎が次第に小さくなって、やがて消えた。マナ探知をすると、僅かに古代竜のマナ揺動を感じた。マナ撹乱ロッドが長時間の熱で破損したのだろう。古代竜のマナ揺動が復活することで、葬送火が鎮火したのだ。
巨竜は生きのびていた。ただしそのマナ量は、マナ探知しないと感じられないほど僅かだ。それでも――
「オォォォォォォ」
その叫び声は大きくなかったが、修一達の体内マナを揺さぶる。頭がぼうっとして集中力が乱される。
「魔物寄せの咆哮……」
プリシラが呟く。
「魔物を集めてマナを取り込んで回復しようとしているのか!」
古代竜の背後にそびえる岩山から高レベル魔物が降りてくる。オーガ、ホーンドベア、トロール等、百体近くの魔物が巨竜に向かう。
「クッ、メタルバレット!」
修一は慌てて中級射撃魔法を放つ。古代竜にはエアシールドを発動できる体力は既にない。弾は熱で炭化しかかっている竜鱗を貫き、狙い通りに心臓に向かう。だが巨竜の分厚い肉に阻まれた。そして――
――ゴォォ
古代竜は向かってくる魔物の群れにドラゴンブレスを放った。




