アシュレイ×修一
「ハァハァ」
修一は、殴り疲れて息を荒げている。
「落ち着いたか、修一。荒療治ですまんな」
「この世界は、俺のことに構ってる余裕なんかないだろうが。お前ら、これで良かったのか? アメリア様、ヴィクターの命懸けの努力が水の泡ですよ?」
「水泡じゃないさ。修一という弟子を育てて、この世界に送ってくれた」
一同が頷いた。
「ありがたい言葉だけど」
はあぁ、と長いため息をつく。
「引きこもるのはやめますけど、レベルがリセットされた俺には何もできませんよ」
「まあまあ。ヴィクター様の鞄には石版以外にも色々入っているよね。修一は中身を確認しないまま鞄ごと隠してしまったんでしょ。見てみようよ」
ニールに促されて、修一は鞄をあさる。
「そうだな……。あぁ、これか、マナ変調装置」
金属製の箱を取り出す。初めて聞く単語に一同は、説明を促す視線を修一に向ける。
「魔物を引き寄せたり、逆に魔物を遠ざける波動を発生させる」
「凄いじゃないか。これ一つだけでもスタンピードを制することができるぞ」
アメリアが感嘆の声を上げた。一同も興奮している。
「残念ながら未完成品です。前の世界、地球には魔物がいませんでしたから最終調整はこちらの世界でやる予定だとヴィクターが言ってました」
「殆ど完成しているのだろう? 修一ができないのか?」
「俺は仕組みを知らないので、できないです。石版にその情報があったのだろうけど……」
むっつりとした表情で語る。
「マジか、上級魔法に匹敵するような武器の作り方でも収まっているのかと思ってたぜ。早まっちまったか……」
アシュレイが焦った表情で呟いた。
「当然、色々な種類の武器の作り方の情報も収めてあるはずだよ」
「色々って、修一よぅ。そんなに沢山の知識がこんなのに入っていたのか?」
修一はまた、ため息をついた。現代地球の携帯端末が扱う情報量は、ほんの三十年前の地球人からしても、予想外の莫大な量だ。ましてや、オルトゥス世界では想像を絶するものだろうと、今になって修一は気が付いた。タブレットの真の価値を彼らが想定できるはずがなかった。
「はぁ。まあいいや、次。これも入っていたか。マナ撹乱ロッド。俺がプリシラ達に渡したヤツと同じものです。あれは今は王都の研究所にあるんですよね」
「そうだ。解析中だ」
アメリアが応える。
「皆は効果を試してみた?」
修一が問うとプリシラとアメリア以外は首を振った。
「二人以外は触ったことないか。なら効果を実演しよう。アッシュ、これを握って手を放すなよ」
二つの金属製のロッドを、一つに繋げてから、アシュレイに渡す。
「何だこれは! マナが抜ける? 話には聞いてたがここまでなのか!」
ロッドを握るアシュレイが叫ぶ。
「マナは抜けてない。撹乱されてるんだ。この状態で殴らせてもらうぞ。腹に力を入れておけよ」
修一は意地の悪い笑みを浮かべてからアシュレイの胴体に拳を突きいれた。
――ドス
鳩尾に放った突きの角度は完璧だった。とはいえ突きの速さも重さも、人間離れしたものではない。レベル四十相当のアシュレイに効くはずがない。だが――
「グボァオェ」
アシュレイは両膝をついて苦しそうに呻く。
「魔封じの首輪と同じ原理だ。効果が段違いだけど。こちらの世界の首輪はマナ錬成時だけに干渉する。だけどこのロッドは、握ったり、首輪状態にしてあれば、マナ揺動そのものが撹乱される」
「マナ揺動が撹乱されれば、身体強化も解ける訳か。マナ探知にも反応しないようだね。となると、魔物に襲われなくなる?」
ニールが聞く。
「どうかな。水が蒸気になった様なものでね。マナ揺動のあり方が変わっただけだから、慣れれば探知はできそうかな。古代竜に本当に効果があったのかどうか、再度試したくはないな」
「ふぅ。修一、テメエ、やってくれたな。実演を続けようじゃねえか。ロッドは握ったままにしてやるから、オモテ出ろや」
アシュレイは険しい眼差しで修一を睨む。だが、修一はその視線にたじろがない。
「ちょっとちょっと、修一はまだ走れないでしょ。試合はまだ早いよ」
ニールが心配そうに止めに入る。
「アッシュは身体強化が解けてるからな。俺は足首に力が入らないが、レベル一とはいえ身体強化はされてる。釣り合いはとれるだろ」
修一はタブレットの価値について分かっていない彼らと、自分自身に対して、苛立っている。先ほどから暴力衝動にかられていた。
一同は屋敷の庭に移動した。アシュレイは修一より二回り大きく、大人と子供が対峙しているようなものだが、修一は物怖じしない。
「地球で習った無手武術を試させてもらうぞ。俺も左腕は使わない。武技も使わない」
「おう、例の隻腕武術か。こいやぁ。左手でこいつを握ってる限りオレはレベルがゼロみたいなもんだ。その代わり残りの手足では加減しねぇぞ」
この世界では、剣術は発展しているが、徒手格闘術はそれほどでもない。それゆえ地球で武術を習得した修一は、無手の戦いでは、この世界随一といえる。だが対するアシュレイも、戦闘経験と才能に優れた「絶対強者」だ。
「オラァ」
アシュレイが前蹴りを放つ。拳法や空手の熟練者のような鋭さはない。だが重みがたっぷりと乗った丸太のような蹴りだ。
アシュレイの足底が修一の胴体に当たる直前、修一は半歩だけ斜め前に出る。重心移動しながら腰をひねる。更に右腕をアシュレイの膝に添えてようやく蹴りの軌道を僅かに逸らすことができた。
「ウグッ」
蹴りの威力は半減しても腹部が小さく爆発する。その感触にうめき声がでる。だが修一は構わず前に出た。こちらの手足が短いのだから大きく避けたら攻撃できない。修一はアシュレイの懐に入り込んだ。だがアシュレイは甘くない。
「フンッ」
アシュレイは蹴りを捌かれても体勢を崩すことなく、二撃目に移行。懐に入った修一に対して、腕を小さく畳んで頭蓋骨にその大きな拳を打ち下ろす。
――ガスッ
修一はヘッドスリップで躱して、さらに突っ込む。後頭部に拳がかすっていく。
ついに修一の身体とアシュレイの身体が重なった。修一は右掌をアシュレイの左脇下に潜らせる。それでもアシュレイは、密着した身体をこじ開けるように、三撃目を放つ。顎も割れよとばかりの膝蹴り。
――ドッシーン
「ガハァ……。あれ、オレ、修一に投げられた?」
アシュレイは膝蹴りをしたと思ったら、仰向けにひっくり返っていた。投げられた自覚はない。
「ガハハ、膝蹴りした瞬間にバランスを崩して勝手に転びおった。そう見えたな。だが勿論、偶然じゃあるまい。話に聞いた柔術の技だろ。アッシュの負けだな」
「マジかよ。ダメージがないから負けた気がしない、と言ったら負け惜しみになるか」
アシュレイが怪訝な表情で呟きながら、立ち上がろうとする。
「ダメージないのはマナ揺動が戻ったからだろ。イテッ、こっちは後頭部にタンコブができてるな」
修一はそう言いながら、右手に持ったマナ撹乱のロッドを掲げる。
「マジかよ! いつの間に奪われたのか」
「転んだ拍子に壊れちゃ困るからな。まあ、野口老人なら最初の前蹴りで勝負がついてたろうから、俺もまだまだ」
「マジかよぅ。地球人怖えよ。武術も魔道具も高度過ぎる……」
「地球に魔物はいないが、人間同士の争いは絶えない。対人戦闘の武術も道具も、ここより発展しているよ。プリシラ、ヒール頼む」
「はいっ」
プリシラはニコリと笑って魔法をかけた。修一はいつにも増して、荒々しく、不機嫌で、ふてぶてしい。だが、その目に生気が宿っている。プリシラにはそれだけで十分だった。




