臨時パーティ結成
修一とアシュレイが対峙している。二人とも顔から表情が消えて、アシュレイからは殺気が漏れて出ている。
「アシュレイ! この人は大丈夫です! アシュレイ! ヴィクター様の弟子なんですよ! 私は修一さんを信じます!」
一触即発の雰囲気を察したプリシラが二人を止めようと叫ぶ。アシュレイはプリシラに応えない。
だが、プリシラの声を聞いた修一に表情が戻った。修一は短く息を吐いて、短剣を握っている右手の力を抜いた。短剣が落ちる。修一自身も腰をおろして胡座をかいた。
「こっちに来てから初めて出会った二人に信じてもらえなきゃ、どのみち俺は生きていけないよ」
どんよりとした口調で言葉を発した。ゲーム内の「シュウイチ」は百戦錬磨だが、柊修一は平和な日本の、ただのサラリーマンだ。今までは凄まじい身体能力に気分が高揚していたが、この世界の人からすれば自分は不審者に過ぎない、居場所はないのだという現実を突きつけられて気分が沈んでいる。
いかにもしょんぼりとした修一の言動に、さすがのアシュレイも毒気が抜けた。剣を鞘に戻しながら声をかける。
「ピリピリしちまって悪かったな。短剣を拾って鞘に納めてくれるか? オレだって昔、色々やらかしちまって、このコーエン辺境領に逃げてきた流れ者だ。他人の過去を詮索する資格なんてねえのさ。ただな……」
アシュレイはプリシラを見る。プリシラが頷いて話を引き継いだ。
「私は冒険者もやっていますが、コーエン辺境伯爵の長女です。アシュレイは私と父の安全を思って、警戒心から敵対的な態度を取ったのです。修一さんに非はありません。お詫びします。ここで冒険者になるのなら歓迎しますよ。私は修一さんを信じます」
「お前さんはいいヤツだとは思ってるんだ。プリシラをかばったし、村が襲われそうだからって真っ先に駆けて行ったしな。だがよ、強くていいヤツってのは危険なんだ。利用されるからな。国を守る為に手を汚してくれと言われたら断われねえ……」
アシュレイは言葉を止めて過去を思い出していた。「強くていいヤツ」、こう言われて利用されてきたのは自分自身のことだった。しばし思い出に浸ってから我に返って修一を見たアシュレイはぎょっとした。
「うおっ、殺気を当てたからって泣くこたねえじゃねえか」
胡座をかいてしょんぼりとしていた修一が今はすすり泣いていた。
「ウゥ、違うよ。俺だって自分のことが信じられないんだ。グスッ、賢者の弟子なんて何の証拠もないし自分でも現実感ないし。気がついたらこの世界にいて。いくら魔法が使えたって一人じゃ生きてけない。不安だよ。でも信じてるって言ってくれた。グスッ、いいヤツだって言ってくれた。こんな俺でも受け入れてくれるんだなって。グスッ」
「修一が強すぎたから警戒しただけだって。記憶喪失なのは問題ねえよ」
まいったなあ、と思いつつ、プリシラを見ると、さらにぎょっとした。プリシラの目にも涙が溢れていた。今にも修一に駆け寄って抱きしめそうな様子だ。
(なんでだよぅ)
アシュレイは一人困惑する。だがよく考えてみると、才能と実力のある魔法使いの「少年」が、記憶を失って見知らぬ土地で絶望して涙している――この光景を見れば、プリシラのような純真な少女は母性本能をくすぐられて、さらには恋に落ちてもおかしくはない、のか?
(いやいや、さすがにちょろすぎるだろ)
プリシラの兄貴分として彼女の幸せを願っているし、修一とお似合いかもとは思うが、恋に落ちるのは早すぎる。プリシラに先んじて修一の側に行き、手を伸ばして、修一を立たせた。
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「落ち着いたようだな。ところで何故冒険者になりたいんだ? 帰国したいんじゃないのか」
「帰る方向も方法も解らないから、ここで冒険者になって生計をたてるしかないです。俺はそこそこ強いみたいだし。でも記憶喪失だから無理せず、弱い魔物相手に戦闘を積んで強さを確認したいですね。レベルアップもしたい。帰国できるか調べるのは後回しかな」
「分かりました。ここでの依頼が終わったら、領都の冒険者ギルド本部まで一緒に行って登録しましょう。近くの支部でも登録できますが、そちらには私達が付き添う時間がありません。修一さんは色々と目立ちそうだから、しばらくは私達と行動した方がいいですよ」
「ありがとう。ぜひお願いします。お二人はこの村にどんな依頼で?」
「依頼は、この村周辺の魔物の調査と間引きだがそれは終わった。後は、近くに小さな迷宮があるんだが、そこの下層ボスを討伐したい。だが合流予定の二人が来てねえんだ」
「二人はオルスク大森林の調査を担当しているのですが難航しているのでしょう。私達はこの村に先行して、周辺調査と間引きをしていたわけです」
「領都に戻るまでの日数を考えると、討伐期限は明日までだな。前情報じゃ二人でも倒せそうだが、さすがに初見の魔物だから人数は揃えておきたいんだよな」
アシュレイはそう言いながらプリシラに視線を向けると、彼女は頷いてから、修一に顔を向ける。
「自分の強さを確かめたいんですよね。明日一緒に迷宮に行きませんか?」
「いやいや、俺、迷宮に入ったことないんで。足手まといになるだけですよ」
「ヴァーミリオンウルフは、魔法も使えてすばしっこい。中級冒険者のパーティじゃ厳しい相手だ。魔法一発で倒せた修一は、間違いなく上級冒険者だ。謙遜する必要はねえよ」
「そうですよ。討伐に成功したらBランク相当の報酬は払いましょう。依頼主はコーエン辺境伯爵、つまり父です。私は、領主の娘でもあり冒険者でもあるから、冒険者との調整役をしています。ここしばらくはアシュレイのパーティに同行して魔物調査に従事してきました」
「分かりました。改めて修一です。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな。パーティ組むんだ。敬語はいらん。名前も呼び捨てでアッシュと呼んでくれ」
「私もプリシラと呼び捨てて下さい。敬語も必要ありません。私は敬語ですが、遠慮なく話すにはこの話し方が良いのでお構いなく。名前は呼び捨てにさせていただきます。本当は様付けした方が楽なんですけどね」
とアシュレイに恨みがましい視線を向ける。
「パーティ内で様付けしてるヤツは居ねえからな。お嬢もいい加減慣れてもらわねえとな。ま、とりあえず話はここまでだ。村に行こう。俺達はここ二日、村長宅に滞在してる。村に宿はないから修一もそこで泊まれ」
アシュレイ達と相談のうえ、村長には、転移魔法陣の話はせず、東方から旅して来た魔法使いとして紹介してもらうことになった。
夕食は、野菜のスープに、黒パン、ステーキ、赤ワイン。村長宅とはいえ、予想外にまともな料理だったが、ステーキ用の肉とワインはアシュレイ達が提供したものだった。肉はグレイボアというイノシシ型の魔物で、昨日の周辺探索中に狩ったものだという。滋味があって美味しかった。
行商人でもないのにワインを持ち歩く余裕があったのは、アシュレイ達二人ともがマジックバッグを持っていたからだ。マジックバッグは、かなり高価で、それだけでなく、多少のコネがないと購入できない。
食事後は村長ら家人は気を遣ってくれたようで、早々に退席し、今はワインを三人で飲んでいる。
「修一は帰国することを焦っていないようですが、故郷に残してきた方はいないのですか?」
酔っているようで、ほんのりと頬を赤く初めたプリシラが尋ねる。
「親兄弟はいない、この記憶は確かだ。それから……恋人がいたけど死んだという記憶もある、けどこちらは曖昧で断片的だ。ま、どのみち俺を待っている人間はいないなぁ」
三年前に亡くした母親と、ゲーム内の登場人物のことを思い浮かべて答えた。
「それは……寂しいですね」
プリシラは唇を噛んでグラスを見つめる。
「辺境に流れついた冒険者なんてみんなそうさ。何かを断ち切って、ここに来ている。なんならお嬢がここで修一の大切な人になったらいいじゃねえか」
ニヤリと笑ってアシュレイはプリシラをからかう。
「はい。パンがあっても、人は一人では生きていけませんから。修一、私で良ければここでの最初のお友達になりましょう」
酔って赤く染まった頬を修一に向けて、ニコリと微笑む。
「あ、うん……」
修一はどぎまぎして言葉に詰まる。からかわれていることに気付かないプリシラが、生真面目に答えただけなのは分かっている。
だが花のような笑顔を向けられ、あなたの大切な人になりたい(大意)などと言われたら見惚れるしかないではないか。