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魔法剣士の帰還

 地球の医学的常識では、心停止して脳への血流が止まると、十分間で蘇生可能性はほぼ失くなる。修一と別れたプリシラ達が、マラカイ砦までたどり着き、アメリアを連れて山岳地に戻り、修一の「死体」を見つけたのは、翌日の午後も遅い時間だった。丸一日が経っていた。


「アメリア様、再生魔法を!」

 プリシラが叫ぶ。


「リジェネレーションは、マナ揺動のない対象には効果がない。だが、心臓が無傷なら何とかなるかもしれん。見たところ、胸に穴は空いてないが……」


 アメリアはうつ伏せになっている修一の身体を仰向けにして、胸部を確認している。


「マノラは周囲の警戒。プリシラは修一に共鳴魔法をかけろ。心臓がその形さえ保っていればマナ揺動が生じるはずだ。そうしたら同期モードに切り替えろ。自分のマナ揺動に修一のマナ揺動を強制同期させ続けるんだ」


 プリシラは共鳴魔法を発動する。しばらくして一同は、僅かに修一からマナ揺動を感じた。


「よし、よし、リジェネレーション!」

 アメリアは再生魔法をかける。だが――


「心音が聞こえませんっ」

 プリシラが暗い声で報告する。


「一度の再生魔法だけでは無理だったか。効果が逓減するので、間を置かず魔法をかけても意味がない。心機能が再開するまでマナ同期は続けなきゃならん。数日はかかるかもしれん。移動できるか?」


「今でも集中力が途切れそうです」

 プリシラは共鳴魔法の慣れない使い方に額から汗が滴っている。


「強制同期のやり直しは失敗する可能性があるから、できれば私と交代せずにプリシラがそのまま続けた方がいい。ここで野営するしかないか」


「魔物に囲まれています! アメリア様、しばらくは、フレイムスフィアでしのげないでしょうか?」

 マノラがアメリアに言う。


「マノラは回復魔法リカバリーが使えないだろ。プリシラには時折リカバリーをかけないと保たないぞ。私はスフィアを維持しながら他の魔法は使えん」


「そうでした……」


「私はプリシラにリカバリーを、修一にリジェネを時折かける必要があるから、マノラが前衛で魔物を相手にしてくれ」

 マノラが頷くと、今度はプリシラから声がかかる。


「マノラ、アースピットで修一の身体を少し沈めて下さい」


 マノラが魔法を発動する。地面に仰向けの身体を半分ほど沈めた修一にプリシラは覆いかぶさった。


 マナ揺動が僅かに復活している修一が、これ以上魔物の攻撃にさらされないように、プリシラは自分の身体を「蓋」にした。


「二人とも、ここが踏ん張りどころだぞ」


 マノラがアメリアを見て頷く。プリシラは修一の頭を両腕で胸に抱えて集中している。アメリアはマジックバッグに魔法杖をしまい、代わりに槍を取り出した。


「短槍?」


「魔法より手数が稼げる槍を使う。柄部分は魔法杖と同じ素材なので多少の魔法増幅効果がある。穂先はミスリルコーティングなのでマナ錬成を妨げない。マノラのメイスと同じだな」


 薄暮の時間が過ぎ、夜の帳が下りてきた。アメリアは明かりの魔法を唱え、光球を空中高く灯す。


「近づいて来ます」


 マノラが警告する。アメリアはプリシラの側に陣取る。マノラが倒しきれなかった魔物を相手にしつつ、プリシラと修一に魔法をかけるためだ。


「私は中型魔物なら武技を使わなくても一息で三体をほふれる。マノラ、全てを倒す必要はないからな。攻撃タイミングをずらしてくれればいい」


 最初に襲ってきたのは、ファングウルフの群れが四体。人間の中で一番弱っている修一を狙っている。四体が同時に跳躍しようとするが、マノラは、その直前、一体だけにスロウをかけた。


 アメリアが宣言通り、一息で空中の三体を連続で突き、一拍遅れたウルフにも二呼吸目でほふった。


 別の群れ四体が今度はマノラに向かってくる。


「ガスト」


 突風魔法をかけて、二体の勢いを弱める。残りの二体が駆けてくるが、マノラは今や中級魔法士となった身体能力を活かして、後ろ向きの跳躍でぴたりとアメリアの脇に降り立つ。二体が同時にマノラに飛びかかる。マノラはメイスで迎え撃たず、自分の急所をカバーする位置に動かしただけだ。


――トスッ


 一度の刺突音しか聞えないが、アメリアが二連続突きで二体をほぼ同時に屠る。遅れた二体が飛びかかるが、マノラはそのまま動かず、これもアメリアに任せる。ここまでマノラは一度もメイスを振わないまま、二つの群れを撹乱し、アメリアの「一人槍衾やりぶすま」に誘導している。


 ドワーフは種族特性として、筋力はあるが素早くはない。さらにマノラは背が小さく歩幅が狭い。だからマノラ本来の戦い方は乱戦から離れた所で足を止めて、味方の攻防にタイミングを合わせて、敵集団に阻害魔法をかけるというものだ。


 だが今はマノラが前衛。魔物の群れの中で重量武器のメイスを振るえば足が止まる、足を止めれば魔物が群がる。動き続けるしかない。マノラは、群れの中を行動阻害魔法をかけながらトテトテテテと駆け回っては、アメリアに誘導している。


 しばらくは順調に中型魔物の群れを捌いてきたマノラとアメリアだが、マノラが焦りの声を上げた。


「ポイズンラット! 百体以上います。フレイムラディエーション!」


――ボウッ

――ボオウウワッ


 マノラに続いてアメリアも火炎放射魔法で群れの一部を焼く。


「プリシラッ、ラットを止めきれん。覚悟しろ!」

 アメリアが叫ぶ。


「痛みに耐えようとするな、耐えようとすれば力が入る、力が入れば魔法が途切れるぞ。力を抜いて痛みをそのまま受入れろ。悲鳴も上げるな」

 アメリアは無茶を承知で言う。そう言うしかない。


 ラットの大群が押し寄せてきた。火炎放射魔法に続いて精神魔法フォーカスを自分にかけたアメリアは、一息で三体どころか十体ものラットを屠る。だが撃ち漏らした数体のラットがプリシラに向かった。


「んくぅ」


 ラットがプリシラのローブに噛み付いた拍子に、プリシラから小さく声が漏れる。プリシラのローブも修一のもの程ではないが高品質で、簡単には貫かれない。だが噛まれれば鋭い痛みがプリシラの神経を襲う。アメリアの指示通り、痛みをそのまま受け入れようと脱力しているが、声は漏れてしまう。


「んんんっ」


 先よりも強いプリシラのうめき声。一体が足首に取り付いていた。足首はローブで保護されていない。ポイズンラットの歯がプリシラの肉をえぐった。ポイズンラットは噛み付いた対象に麻痺毒を流す。高レベルのプリシラには、ラット程度の麻痺毒なら「殆ど」効かない。だが――


「かはぁ」


 齧られ続けてプリシラはまたうめき声を上げた。だが、肉を抉られたにも関わらず、うめき声には甘さが混じっている。麻痺毒が僅かに効いたせいで、痛みの輪郭が変容していた。


「あぁ、修一、修一、修一」


 何体ものラットに齧られながら、今やプリシラは忘我状態で修一の名前を呟いている。


 凄惨な状況のはずなのに強烈な色気をプリシラから感じたアメリアは、同性ながらゾクリとしつつ、高速かつ正確無比にラットを突いていく。フォーカスの効果が切れるまでには、プリシラに取り付いたラットも屠ることができた。


「ラットの大群は片付いたな」

 プリシラにヒールとリカバリーをかけながら、アメリアはホッと息を吐く。


「アメリア様、周りが静か過ぎます」


「周辺から魔物の気配が消えている?」


 二人とも目の前の大群の処理に集中していたため、周辺の魔物の気配が少しずつ消えていくのに気付いていなかった。近くに察知できるマナの気配は三体のみ。どれもマナ量は大きい。近づいてくる。


 マノラ達は、まさかの思いで、待ち受けた。やがて、幽鬼が三体、光球の明かりの輪の中に姿を現した。その姿を見た瞬間、マノラは涙目になって座り込んだ。体力と精神力の限界だった。


「よくぞ、よくぞ、追い付いてくれたな。ヘイストもリカバリーもないのに。そんなにボロボロとなって。助かったぞ!」


 アメリアがリカバリーをかけようとするが、アシュレイが掌で制した。


「ハァハァ、俺達のことはいい、です。修一の、マナ揺動、僅かに、ありますね、良かった。ハァハァ、少し、休んだら、周辺、探索に、行きます」


「ハァハァハァカハッ」

 三人の中で一番息の荒いネイサンが膝を付いた。


「ガハァ、ガハァ、マノラ、強く、なったな、ガハァ、ガハァ」

 ゴルバスは笑おうとしているが、呼吸が荒くて、笑いにならず、不気味な唸り声になっていた。



 その後は、アシュレイ、ネイサン、ゴルバスの三人で、野営地周辺の魔物を探索、掃討していった。プリシラはアメリアに時々リカバリーをかけてもらいながら、同期魔法をかけ続けた。アメリアの何度目かのリジェネレーションで、修一の自律呼吸が再開したのは翌日だった。

ifルートの『もしも魔法が使えたらパワハラ上司に復讐するよね?』全七話完結しました。そちらもよろしく応援ください〜

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