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愚か者の死

 夜が明けた。夜の間、魔法を撃っていたマノラは今は休んでいる。代わりに、一眠りして回復したプリシラが、ファイアヴォルテックスを再度、スフィアの周りに展開していく。今回は表情に余裕がある。


「昨夜より火炎が大きくなっているね」


 スフィアに集まった魔物が、火炎に触れると、すぐに炭化していく。


「ええ、レベルアップしましたから、魔法の威力も持続時間も増えました。寝ている間にレベルアップとは、情けないやら恥ずかしいやら、ですが」


 レベルが高くなるほど、レベルアップするには、より大量の魔物を倒さねばならない。上級魔法士には簡単にはなれない。だが、火属性を得意とするプリシラは、驚異的な効率でレベルアップをしている。


「恥じることはないさ。ファイアヴォルテックスは三つで十分かな」


 辺り一帯が魔物であふれ、光景としては凄まじいが、修一とプリシラは、一見のんびりとしている。上級魔法ファイアヴォルテックスは、完全自律型なので発動後は制御できないが、術者の負担は一切なく、やることがないからだ。やがて、昼に近づくとマノラが起きてきた。代わりに修一が休む。



****

「修一、起きて下さいっ」

 寝付いてから数時間ほどで、プリシラの焦った声に起こされた。覚醒したと同時に、凄まじいマナの圧力を感じる。


 スフィアの周りは魔物に覆われているので、視界が効かない。だがマナ探知をせずとも、上空から膨大なマナの塊が近づいてくることがわかる。その圧力で息苦しい。


「これは!? 古代竜か!」


「間違いないでしょう。魔道具を止めます」


 修一とマノラが頷くと、プリシラは魔物寄せの魔道具を手にして、そこから魔石を抜いた。


 それでも古代竜の接近は止まない。やがて、大きな衝撃が伝わってきた。近くに着地したようだ。


 既に膨大なマナの圧力を感じているのに、古代竜が着地後、さらにその圧力が高まっていく。魔法を放つ為のマナ錬成だ。


「ブレスがきますっ」


「プリシラ、共鳴魔法を頼む」

 修一が頼む前にプリシラは既にマナ錬成を始めている。


 プリシラが魔法を修一にかけると同時に、修一がスフィア再生成の為のマナ錬成を開始する。だがこの途中で古代竜がブレスを放つ。


 竜は、首を振りながらスフィア周辺に白色に輝くブレスを吐く。その時間は数秒だったが、ブレスが止まった時には魔物の海は干上がっていた。


「アーススフィアが……」

 マノラが呟いた。


 ブレスを受けたアーススフィアは、形は残っているが、その厚みがほとんど失われていた。そして古代竜が脚をスフィアに踏み下ろす。


 大岩同士がぶつかったような重い衝撃音がする。だが、古代竜の大木より太い脚はスフィアに阻まれ、中空で留まっていた。修一がスフィアの再生成になんとか間に合った。


「古代竜の踏み潰しは防げるようだな。だが、ブレスには一度しか耐えらないぞ」


「ガアアアアアアアア」

 古代竜が吠えた。修一達のマナを揺さぶる。


「魔物寄せの咆哮です。私達が魔道具を止めても、古代竜がここに魔物を引き寄せるつもりのようです」


「魔物が集まるまで時間がある。今ならスフィアを解除して逃げられるのでは?」

 マノラが提案する。


「いいえ。私達はレベルが高過ぎます。古代竜にとってはご馳走。逃がさないでしょう」

 プリシラが焦燥の表情で応える。


「ファイアキャノンは?」


「ええ、撃ってみましょう。時間が稼げるかも」

 プリシラがファイアキャノンを古代竜の頭部に放った。顔から炎が噴き上がる。


「やったか!」

 修一が叫ぶ。


「混乱状態にはなっているけど、それ以上のダメージはないみたい。あぁ、炎が小さくなっていく」

 マノラがうめいた。


「竜鱗の魔法耐性が高過ぎて、炎が持続しません。これではほとんど時間稼ぎになりません」


「クソッ、ここまでか」

 修一は覚悟を決めた。ポーチから呪いの小箱を取り出す。


「これをヴィクター師匠が亡くなる直前に渡してくれた。この箱を開けると大いなる力が得られるが、その代償に生涯呪われる、と言われた」


「そんな、大丈夫なんですか?」


「大丈夫じゃないよ。でも開けるしかない」


 そう言って修一は小箱を開ける。中を見た修一の顔が青ざめていく。そして悲痛な叫び声をあげた。


「うああああぁ」

 両腕で頭を抱えて唸っている。


 プリシラに箱の中身が見えた。

「指輪?」


「お、思い出した。大いなる力とはヴィクターに託された魔道具のことだ。彼の屋敷の床下に隠した。あの魔道具があれば、世界を救えるはずだ」


 青白い表情のまま、二人を見る。


「記憶を封じていたのですか?」


「前の世界では、自分の愚かさのせいで大切な人を失ってしまった。自己嫌悪に耐えられなくて、精神魔法で記憶を書き換えたんだ。魔法使いとして戦っていたのは自分じゃない、架空の物語の主人公だと、自身の記憶を操作した」


「何故、魔道具を隠したの?」

 マノラが聞く。


「一人では使いこなせない物なんだ。それに俺はオルトゥスを救いに来た訳じゃない。前の世界から逃げて来ただけなんだ」


「小箱の呪いも、偽の記憶ですか」


「そうだ。指輪がトリガーとなって記憶が戻るよう暗示をかけた。俺は全てを失ってこの世界に来た。だけど、万が一、この世界で命を懸けて守りたい人ができた場合に備えて、記憶が戻る余地も残したんだ」


 ポーチから革袋を取り出す。中から長さ十センチほどの金属棒を二つ取り出してプリシラに渡す。


「君達二人には死んで欲しくない。生き延びて、ヴィクターの魔道具を手に入れてくれ。これは、認識阻害をかけて野営道具だと自身に勘違いさせた地球産の魔道具だ。そっちの棒を捻りながら、こっちの棒にはめ込むんだ」


 プリシラは言われた通り、二つの金属棒をはめ込むとカチリと音がして一つの棒になった。その瞬間――


「あぁ、マナが抜けます」

 プリシラが叫ぶが、修一を信じて手は離さない。


「原理は魔封じの首輪と同じで、金属片の組合せでできているだけだ。マナは抜けていない。撹乱されているんだ」


「マナ揺動を全く感じない!? 死んでいるみたい」

 マナ探知をしたマノラが驚く。


「マノラも一緒に握ってみろ」

 マノラも片手を出して、プリシラと共に金属棒を握った。


「二人で握っているからマナ撹乱効果が半減したな。二人からマナ揺動を感じる。だが、弱い。これなら、古代竜が興味を引かないだろ」


「修一も早くも握って下さいっ」


「いや。俺はおとりになる。スフィアを解いたら、二人はロッドを握ったまま俺とは反対方向に走れ」


「嫌ですっ、囮になるなら私も一緒に行きます」


「プリシラ、君の身体は君のものじゃないんだろ? ヴィクターの魔道具の情報が最優先だ」

 修一は、指輪の入った小箱をプリシラに渡す。


「箱を預けておくよ。囮にはなるが、生き残るチャンスは作ると約束する。二人はいったん逃げてヴィクターの魔道具の手配と、再生魔法が使えるアメリア様を連れて、俺を救出に来てくれ。俺はロディア湖方面に逃げる」


「古代竜からは逃げられません!」


「地球産の魔道具がある。これで仮死状態になれる。心臓が止まればマナ揺動が止まる。竜は死体には興味がないはず、だろ?」


「……分かりました。必ずアメリア様を連れてきます」


 プリシラがもう一度、古代竜に魔法を撃った。魔法が古代竜に着火した瞬間に修一はスフィアを解く。修一はロディア湖へ、プリシラとマノラはロッドを握ったまま、反対方向に走った。


 修一はしばらく走ると立ち止まり、アースシールドを唱える。膨大なマナの塊が迫っているのを感じる。想定通り古代竜が修一に向かってきているが、シールドの発動が間に合いそうだ。


 シールドが発動すると同時に、脚元に地精霊のウベルが現れた。


「ウベル、お前ともお別れだな。最近は意思が通じるようになった気がするのに残念だ。今まで楽しかったよ」


 ウベルは言葉を理解した素振りは見せないが、視線は修一に注がれている。


 修一は苦笑いしてから、記憶から消していた大型自動拳銃を取り出す。


(都合よく仮死状態になれる魔道具なんかあるわけない。だけど約束したからには仮死状態に向けた努力はするか)


 この世界でまさか自分を撃つことになるとは思わなかった。普通の拳銃弾ならローブの上から心臓を撃っても、この頑強なローブなら貫通せず、せいぜい気絶する程度だろう。だが、この大口径の拳銃弾ならどうだろうか。


 近づいた古代竜がブレスを放つ為のマナ錬成を開始した。共鳴魔法で強化されていないシールドでは、保たないだろう。


 死を前にして修一は満足していた。ヴィクターの魔道具がプリシラの手に渡れば、自分は英雄として死ねる。それでいい。生き延びて、自己嫌悪にまみれて残りの人生を過ごしたくはない。


 修一はひざまずいた。銃口を胸の中央、心臓の位置に向ける。ブレスが放たれた。シールドが削られてく。修一は一度だけ息を吐くと、トリガーを引いた。


――ガアアアン


 オルトゥス世界では聞こえるはずのない銃声が響いた。


 弾はローブを貫通しなかったが、その衝撃で胸骨は砕かれ、心臓が停止した。修一はうつ伏せに倒れた。その瞬間にシールドが解除され、巨竜のブレスが襲う。精霊のウベルにはブレスが素通りしている。


 修一の身体がブレスに晒されたのは数秒だったが、ローブに保護されていない手首、足首から先は炭化した。魔法耐性の高いローブは、形だけは保っているが、ぼろ布と化した。ローブ下の身体は炭化は免れたが、重度の熱傷。


 修一の身体からマナが漂い出ていく。やがて古代竜は、修一のマナ揺動が止まったことを察知すると、興味を失くして、東の空に飛んでいった。


 ウベルが修一の身体を触る。修一の反応はない。それでもウベルはペタペタと何度も触る。マナ揺動の消失した人間に、未だに土精霊が寄り添っているのは、修一とウベルの絆が築けたからだろうか。ウベルはいつまでも修一の身体を触り続けた。


今話で4章終わりです。2章最終話「迷宮のデスペラード」の伏線がここで回収(精神魔法)。次話から過去編です。起承転結の転の章になります。ブクマptが更新の励みになりますのでよろしくお願いします。

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