人造迷宮
コーエン領北部国境地帯を北に超えるとカラトベ山脈がある。この一帯は、巨人族の末裔とされるヴァイマック種族が部族ごとに別れ住んでいる。その一つ、ゴウロック部族の居留地近くに、地下古代遺跡が発見され、後に迷宮化した。最初は帝国がゴウロック族と組んで密かに調査していたが、現地指揮官の独断暴走による誘拐騒動の後、現在はラトレイア王国が一帯を実行支配下に置いて、管理迷宮とするべく体制を整えている。
「マラカイ砦の守備隊はほとんどこっちに来ているようです。コーエン領の冒険者もだいぶ駆り出されていますね。迷宮入口付近には守備陣地が構築されています」
迷宮を遠くに見ながら、暗紅騎士団の斥候がケヴィンに報告する。暗紅騎士団の任務とは、カラトべ遺跡迷宮の奪還だった。ロスロット砦がコーエン騎士団と対峙している間に、暗紅騎士団本隊と合流したケヴィン達は、砦を迂回して、カラトベに向かっていた。
「高レベル反応は?」
「ありました。風貌からしておそらく賢者アメリア」
「チッ、アメリアが来ていたか。抜かりがないな」
「賢者の国外活動は協定違反では?」
「微妙なとこだな。迷宮の実効支配後に来て専守防衛しているだけという体裁だろう」
「我々の部隊だけで制圧可能でしょう。強襲しますか」
「貴様達はアクスアトの悪夢を知らないのか? アメリア一人に、騎士団ごと領都が半日で灰になったのだぞ」
「その逸話は聞いたことがありますが、まさか、本当に一人で?」
「現地で生き残りから直接話を聞いている。しかし強襲作戦が無理だとすると、次策でいくしかないが……」
「次策も陛下が承認なさっていますからね。やるしかありません」
「あの策を実施したらヴァイマックが種族ごと滅ぶぞ。さらにコーエン領も無人の荒野になりかねん」
「他に選択肢はありませんよ、ブラナー将軍」
「こういう時だけ将軍と呼ぶな。だが分かっている。北口はまだ奴らに見つかっていないな?」
「近くに見張りもいません。侵入可能です」
「あの部屋に行くだけだから、三人だけ付いてこい。残りは撤収準備をしておけ」
****
二日後、ケヴィン率いる小隊は帝国への帰途についていた。全員が騎乗して、速足で進んでいる。街道周りが岩場で見通しの悪い地帯に差し掛かると、ケヴィンが隊員に声をかけた。
「殿で様子を見る。皆は野営予定地まで先行しろ」
そう言ってケヴィンは部隊から離れ、馬を止めた。
「修一、出てきたまえ。忠告しておく」
修一とプリシラが、岩陰から現れた。ロスロット砦制圧後、プリシラは遺跡迷宮でアメリアと合流することになっており、修一と共に先行していた。その途中、ケヴィン隊を先に探知した二人は、衝突を避けて隠れてやり過ごすつもりだった。
「忠告? 争うつもりはないようだな」
修一が声をかける。
「かつて無い規模の魔物の大氾濫が発生する」
「カラトベ遺跡迷宮ですか? 魔物の間引きはしているはずですが」
プリシラが問う。
「もともとあの遺跡内に、未起動の迷宮コアが設置されていたのだ。帝国が起動させて、迷宮化した」
「未起動だったのか。通常の迷宮コアとは異なった形状だと聞いていたが」
「そうだ。おそらく人造の迷宮コアだ。そして隠し部屋にも人造迷宮コアがある。二日前にそこのコアを六つ、起動した」
「なんだと!」
「迷宮最奥部では既に魔物があふれているだろう。今からではその部屋にたどり着けまい。ただちに避難して、あの一帯は放棄する他ない。忠告はここまでだ」
そう言うとケヴィンは馬に拍車をかけて、驚愕で固まっている二人を置いて、走り去った。
しばらくして我に返った二人は、街道脇に隠していた馬に戻る。
「計七個のコアが同時稼働したら、常時スタンピード状態になる。マズイぞ」
「アメリア様が迷宮に着任しているはずです。急ぎ合流しましょう」
二人は騎乗し、迷宮に向かった。
****
「私は魔物寄せの魔道具を一つだけ持っている。これでスタンピードを引き寄せて時間を稼ぐしかあるまい。修一にはこの役を頼みたい」
修一から話を聞いたアメリアが、守備隊幹部と、冒険者の代表としてアシュレイのパーティを前に対策を練る。一帯は既に魔物が増え始めており、ここにいる者以外は討伐に忙しい。
「分かりました。魔道具を起動するのは、ロディア湖手前のゴウロック族と戦った場所はどうでしょう。あの時はマラカイ砦から二日かかりましたが、ここからなら俺は半日で行けます」
「そこでいい。とにかく半日以内に、ここより北方で起動してくれ。我々はここは放棄して、より堅固なマラカイ砦に撤退する。修一も魔道具を起動したら砦で合流しろ。そこで魔物を迎え撃ちつつ、援軍を待つ」
「私も修一と行って、そこでスフィアを展開したらどうでしょうか? 私はファイアヴォルテックスが一応は使えるので、魔物をかなり間引けると思います」
プリシラが提案する。
「あたしも行きます。中級魔法士ですが貢献できると思います」
マノラも同行を申し出る。
「いいだろう。討伐の効率は砦にこもるよりも上だからな。レベリングにもなる」
「迷宮コアは破壊するのですか?」
「王都から魔道具を持って、賢者三人に来てもらう。三箇所で魔道具を起動したら、修一と合わせて魔物の群れは四つに分散するだろう。それから、その三人で迷宮に入ってコアを破壊してもらう」
「たった三人で?」
「私は予備として砦に残っておく。あの三人なら大丈夫だろうさ。修一は糧食は足りてるか? 最低三日は耐えてもらうぞ。明後日には迷宮に突入できる体制を整えたいが、最奥部までどれくらいかかるか分からんな。隠し部屋は、あると知っていれば見つけられるだろうが」
「二十日分はあります。ではすぐに出発しますね」
修一達三人は装備の確認をすると、山岳地を北に向かって駆け出した。
出発したのは午後も遅くだったが、真夜中には、目的地に着くことができた。準上級魔法士のプリシラはともかく、マノラにはきつい道のりだったが、よく耐えて修一達に付いていった――途中の難所の幾つかでは修一に背負われたが。
プリシラに共鳴魔法をかけてもらった修一は、アーススフィアを展開する。大きさは前回の半分ほどにして、強度を増した。そして、魔道具を起動。
プリシラは休みながら、上級火魔法ファイアヴォルテックスをスフィア周辺に設置していく。中級火魔法ファイアストームの上位にあたる近距離設置型の範囲魔法だ。二つ目を発動したところで、青い顔をして限界宣言をした。
「精神力が、尽きま、した、すみませ……」
プリシラは言葉の途中で膝をついて、そのまま横になって気絶するように寝てしまった。修一とマノラでプリシラを寝袋にいれると、マノラはゴルバスから借りたマジックバッグから食料を大量に取り出した。
「もうすぐ未曾有の魔物の大群が来るのに、今からそれだけ食べられるのか。肝が座ってるなぁ、マノラは」
嫌味でも呆れた訳でもなく、感心して声をかける。
「苦しい時も悲しい時も、食べられる時は食べとけって、義父がいつも言ってるから。食べていれば戦えるって」
「戦って強くなりたいの?」
「うん。あたしは帝国の鉱山奴隷だった。十一の時、義父が開放してくれて、親になってくれたんだ。恩返しの為に強くなって手助けしたいって言ったら、『返さなくていいから、大人になったら、お前みたいな子供を助けろ』と言われた。だから強くなるんだよ」
そう言いながら、食事の準備をしている。
「辛い経験してきたんだな」
「ドワーフだから鉱山労働自体には向いてるんだよ。辛いのはお腹一杯食べられなかったこと」
そう言って手早く作ったサンドイッチを頬張る。
「はは、それなら食べておかないとな。厳しい世界だけど、ペイ・フォワードで希望が繋がっていくんだな……。俺は戦ってレベルをあげてきた記憶はある。でも、どんな思いで戦っていたのか、その記憶はないんだ」
「ほれれもきっと、うけういたほもいはあるはふ。いふかほもいたすよ」
マノラは口をもぐもぐとさせながら、応えた。




