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暗紅騎士団の敗北

「私はケヴィン・ブラナー。この魔法剣士隊、暗紅騎士団バーガンディナイツの指揮官だ。貴様の名前を聞かせてもらおうか」


「修一。ただの雇われ冒険者だ」


 修一はオルトゥスに来て以来、姓は名乗っていない。こちらの世界では、貴族か許可を得た者だけが家名を持つので、制度の違いを説明するのが面倒だからだ。


「平民でそのレベルなのか! 孤児上がりの宮廷魔法士といい、つくづく虎狼ころうの国だな」


「フッ」


 修一は思わず鼻で笑う。ヘスティア帝国では平民が中級魔法を学ぶことは禁止されている。帝国貴族のかたくなな階級意識は、腹がたつより滑稽だった。


「貴様! その挑発、あえて乗ってやろう」


 ケヴィンは話しながら距離を詰め、武技スラッシュを放つ。修一はシールドで阻むが、シールドの厚みがダメージで僅かに薄くなる。


 ケヴィンに続いて三人の騎士も武技を交えて斬りかかる。修一は壁を背にして四人の猛攻を耐える。


 武技を受ける度に修一のシールドは薄くなるが、すぐに厚みが戻る。修一はレベル四十八。シールドの維持と回復にマナを消費するが、しばらくは均衡を保てるほどのマナ保有量がある。


「チィッ、押し切れん」


 ケヴィン達の剣の動きはこなれている。だが、攻撃リズムが単調だった。だから修一は攻撃を読むことができ、シールドと短剣、そして左手の篭手で防御が間に合っている。彼らは質の高い訓練を重ねてきたが、攻撃リズムを工夫せねば勝てない相手とは戦ってこなかった。


「クリス!」


 ケヴィンが騎士の一人、クリスに目配めくばせをする。クリスは修一から離れると、中級射撃魔法を唱えた。


「メタルボール」


 修一のシールドが中級魔法に耐えても、相当に厚みが減るはず。そこをケヴィン達三人で畳み掛けるつもりでいる。三人で修一を牽制しながら、中級魔法を錬成する時間を稼ぐ。


 そしてマナ錬成が完了するちょうど一拍子前に、三人が揃って散会し、クリスの射線を確保した。連携の練度が相当に高い。だが修一の方が上手うわてだった。


「ウグゥ」


 クリスがうめく。マナ錬成の完了する直前、クリスの眼球にナイフが刺さっていた。致命傷ではないが、もはや集中力を必要とするマナ錬成はできない。


 領都でネイサンに勧められて以来、修一は投擲とうてきを練習してきた。今では一拍あれば、左右どちらの手でも、ナイフを抜いて的に当てる技量を身につけていた。


 ケヴィン達は一瞬呆然とするが、修一に反撃を許すほどの隙は見せない。そこに階上から伝令が来た。


「ケヴィン将軍! 地上階で戦闘中。火魔法を撃たれて炎上しています! 消火できません!」


「まさかファイアキャノンなのか!? 上級魔法使いがもう一人いたのか!」


 上級火属性射撃魔法「ファイアキャノン」、射出された火球が着弾すると、燃焼範囲が直径三メートルほどに広がる。そして焼夷弾のように着弾地に粘り着いて、延々と燃え続ける。水や砂をかけても消えない。中級水魔法か上級魔法で打ち消すしかない。


「クリスは私と来い。フリオ、レオナルドは修一の足止めをしろ。無理に倒そうと思うなよ」


 ケヴィンは負傷しているクリスと共に階上に向かった。



****

 修一が階下でケヴィンと戦って陽動している間に、地上の砦にプリシラ達が近づいて、ファイアキャノンで砦を炎上させる作戦だった。


 上級魔法を数度発動し終えて、プリシラは既にマナ回復量の限界値が下がっている。これ以上の上級魔法は使えない。今は砦から矢が届かない位置に下がって、炎上している砦を騎士達と共に観察している。


「プリシラ様、階下にいた上級魔法士が上がって来ます」


 マナ探知をしていた騎士が報告する。


「ブラナー将軍でしょうね。撤収しましょう」


 ケヴィン・ブラナーを修一から引き離す為に留まっていたが、その役目も果たした騎士団は、一斉に馬首を返した。



****

 修一の三歩正面にフリオ。五歩左にレオナルドがいる。三人とも動かず互いに警戒の視線を向けている。しばらく睨み合っていたが、ケヴィンが十分に離れたと判断した修一は、アースシールドを解除した。


「クッ、二人だからってなめるなよ! ストーンボール」

 レオナルドが魔法を唱える。


(スラッシュ)


 対して修一はフリオとの間を一瞬で詰めながら武技スラッシュを発動。マナをまとった剣で装甲の薄い右肘に斬りつけると同時に胸元をつかんで引き寄せる。


――ゴンッ


 石球は修一が引き寄せたフリオの鎧に当たって鈍い音をたてた。


「グガァ」


 盾にされたフリオは苦悶の叫びを上げて気絶した。


「な、盾にしやが――」


「ストーンバレット」


 レオナルドは魔法に備えて、小盾を構えて上半身をカバーする。だが修一の石弾が装甲ごと膝を撃ち抜いた。脚が使えなければ戦闘はできない。勝負は決した。



****

 修一は魔法剣士二人にとどめを刺すと、集積場に積んである糧食や装備品に火を放つ。そしてレイモンドのいる大岩まで撤収した。


「上首尾じゃないか!」


 レイモンドが珍しく笑顔で修一を迎えた。修一は厳しい表情のまま応えない。


「どうしたのだ。怪我をしたのか」


「十人も斬り殺せば気分が悪くなる」


「妃殿下救出の時だって散々殺したろう」


「自分やプリシラを守る為に人を殺すのと、今回は違う」


「私には同じことだ。主に命じられれば是非もない。騎士とはそういうものだ」


「……俺は騎士にはなれないな。だがこの役を引き受けたからにはやり通す。半端なことをしてプリシラを危険にさらすつもりはない」


「その言葉、信じよう。とりあえず休んでおけ。見張りはしておく」


 プリシラが上級火魔法を再び使えるようになるまで二人はここで待機することになっている。敵陣営のマナ探知範囲内に修一が留まることで、ケヴィンがプリシラに向かわぬよう牽制をしている。



 深夜。プリシラのマナが全回復した。合図を受けた修一は立ち上がる。


「階下には人の気配はない。ブラナー将軍は降りてくると思うか?」

 レイモンドが問う。


「奴は中級の武技も魔法も使わないまま離脱したからな。手札を出しきっていない。貴族のプライドも高そうだったし、一対一だろうと俺に負けるとは思ってないだろうな」


「ほう。それで修一は勝てるのか?」


「奴は強い。でも怖いのはアシュレイの方かな」



 修一はアースシールドを発動して積み荷の集積場で待機していると、階段室からケヴィンが一人で現れた。マナ探知でも階下に人はいない。


「一人で来たのか」

 修一が時間稼ぎを兼ねて話しかける。


「私一人では貴様を倒せないと思うなよ。あの火魔法使いはコーエン辺境伯令嬢のようだな。まずは貴様を倒してから、コーエン嬢と辺境騎士団を潰す」


 そう言ってケヴィンは剣を修一に向けた。しばし二人は睨み合う。


「……と思ったが先にコーエン嬢を倒そう」

「なにぃ?」


 ケヴィンは踵を返して階段室に消えた。修一は呆気に取られたが、気を取り直して追う。階段室の扉は既に鍵をかけられていた。


 修一が蹴破って階段室に入った時には、ケヴィンは自身にヘイストをかけて差を広げている。


「ケヴィン隊長、追ってきています」

 地上階で待機していたクリス――右眼の包帯が痛々しい――が声をかける。


「かかったか! やれ」


 ケヴィンの合令で、兵士が隠し扉にある取手を引く。


――ガガッゴガガゴンゴゴンッ


 階段室の天井が崩落した。砦の地上部または船着き場が敵陣営に占拠された場合に、上下の連結を断つ仕組みが、階段最上部と最下部に用意されていた。勿論、砦の機能は大幅に損なわれる。負け戦となった時に撤退時間を稼ぐ為の仕組みだ。ケヴィンは、そこまでして修一を倒す必要があると、砦の守備隊長を説得した。


 ケヴィンは自分には才能がないと思っている。自分が従騎士の頃から、ヴィクター率いる少年少女の魔法が噂になっていた。自分は同期の従騎士の中で一番早く正騎士になれたが、その頃にはアメリア達は上級魔法士となっていた。


 自分には才能がない、だから魔法だけでなく武技も必死で身につけ、さらには連携戦術を研鑽してきた。部下の仇は、自身の剣と魔法で取りたい。だが確実に修一を潰す方法を選んだ。この崩落によって間違いなく生き埋めになる。ケヴィンは勝利の確信を持ってマナ探知をする。


「……ば、馬鹿な。奴は化物か! 死んでないにしても、大怪我をしたらマナ揺動が相当に弱まっているはずだ。それなのに――」


「マナ錬成が始まりました! この錬成は上級魔法でしょうか?」


 同じくマナ探知をしているクリスが割り込む。しばらくして魔法が発動された気配が伝わる。そして修一のマナ揺動の位置が動き始めた。


「ああ! 奴は上級土魔法が使えるのか。崩落した土石を変形させて脱出する気だ」


 ケヴィンは傍らにいる砦の守備隊長に向き直る。


「シュミット隊長。力が及ばずにすまない。砦の放棄を進言する」


 元々、ケヴィンがここロスロット砦にいたのは援軍としてではない。暗紅騎士団のうちケヴィン達四人が任務途中で情報交換の為に立ち寄っただけだ。半日後には本隊と合流せねばならない。今ここで修一と戦って勝てたとしても、自身が大怪我をすれば、当初の任務が遂行できなくなる。


 ケヴィンは苦渋の思いで、守備隊長に撤退を進言した。ケヴィンがいなければ、上級魔法士の修一とプリシラ率いるコーエン騎士団の猛攻には耐えられない。人命を優先するなら、守備隊は一旦撤退すべきだった。



 数刻後、暗紅騎士団本隊に合流すべくケヴィンとクリスは馬上にあった。


「ケヴィン隊長、これでよかったのでしょうか?」


 結局、ロスロット砦守備隊長は撤退を選ばなかった。守備隊がコーエン騎士団をひきつけておくことで、暗紅騎士団の当初の任務の陽動にもなる。


「シュミット隊長の覚悟に我々は任務遂行で応える他ない」


「はい」


 二人はこれ以上は語らず本隊との待ち合わせ地点に向かった。

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