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ロスロット砦

 ラトレイア王国とヘスティア帝国の戦争が始まる。きっかけは、帝国貴族ノルベルト率いる部隊が、ラトレイア王国内で王女をさらった件だ。修一達の活躍で取り返しはしたが、王国としては「遺憾の意」で済ます訳にはいかない。


 王国は、かねてより領有権争いをしていて、今は帝国の実効支配下にあるマルモア鉱山に軍を送ることになった。鉱山は王国の西部国境地帯(帝国からは南部国境地帯)にある。宣戦布告がなされ、総大将はさらわれた当人で僅か十歳のリアンナ王女だ。勿論、実際に指揮はしない、お飾りだ。


 二百人の正騎士を含む総勢千人の「リアンナ軍」が、王都から西に向かってゆっくりと進軍を始めている。だが、この軍隊は陽動であった。


 本命は、帝国と北方山岳民ゴウロック族との連携を断つこと。この作戦に任命されたのはコーエン辺境伯。その名代として、今や準上級魔法士となったプリシラが、辺境伯騎士団の精鋭五十人を密かに率いてコーエン領都から出立した。目的地は帝国領最東端部のロスロット砦。コーエン領都からは北西、王都からは北に位置する。


 北方山岳地帯のロディア湖から流れ出るトレンツ川は、西へと向かい、やがてヘルティア帝国に至る。この川が帝国領に入ると、すぐにロスロット峡谷がある。この峡谷が帝国の実効支配の最東端部で、堅牢な砦が建てられている。この砦を破壊、できれば占領すれば、帝国の東の出口を抑えることができる。


 砦から距離をおいて布陣済みの騎士団から先行して、修一とプリシラの二人は、マナ探知できる距離にまでロスロット砦に近づいた。今回、参戦しているのは、騎士団の正騎士のみで、従者を伴わず全員が騎兵となって迅速な進軍を優先している。修一は先導役の冒険者という名目での従軍だ。


「下がって! 上級魔法士並みのマナ量を探知した」


 敵陣営にマナ探知されることを恐れて、修一とプリシラは急いで後退した。


「上級魔法士並みのマナ量と言いましたが、アメリア様並みということですか?」


「あー、いや。そこまではなかったかな。直ぐに探知を止めたから確かではないけど」


「帝国には上級魔法士が二人いますが、まず帝都から離れません。恐らくその次にレベルが高いケヴィン・ブラナー将軍ではないかと思います」


「軍が来ているのか!」


「いえ。今は精鋭部隊を創設して率いていると聞いています」


「こちらの作戦を読んで、その部隊が既に派遣されていたのか」


「かといって撤退はできませんね。リアンナ殿下の軍勢が退けなくなりますし」


「準上級魔法士率いる精鋭部隊か。うーん、勝てるイメージが湧かないな」


 弱気になった修一は地面に腰を下ろして、あぐらをかいた。自分はこれまで格下としか戦ってこなかったことに改めて気付いて、僅かに冷や汗が出る。


「私も共に先行します。二人ならなんとかなりますよ」


「だめだ。予定通り俺が単独先行する。プリシラは騎士団と共に後詰めでないと砦は攻略できない。後は俺の覚悟の問題だよ。少し時間をくれ」


 そう言って修一は目を閉じて、気持ちを鎮めようとする。するとプリシラが真正面に来る気配がして、柔らかい感触が顔を包み込んだ。プリシラが膝立ちになって修一の頭を優しく両腕で抱えていた。


「修一は、また私がさらわれたり、魔物に襲われたら、命懸けで助けに来てくれますよね?」


「勿論」


 間髪を入れずに答える。


「私もそう確信しています。なのに今、躊躇っているのは、将軍のせいではなく、戦争の意味が見出せないからではないですか?」


「うーん、言われてみれば、確かにそうだなぁ」


「色々な政治的思惑が絡まってこのような事態になっていますから。私は父に意見は述べましたが、最終決定されたからには従うだけです」


「ああ」


「私は貴族です。貴族としての私の身体はコーエン領と国のものです」


「特権がある代わりに自由はないのが貴族か」


「ええ。貴族でいる限りこの身体は私のものではありません。でも心は違います。修一」


「うん」


「参戦する私を助けて下さい。修一にとっては大義のない戦争、金銭で釣り合うものではないでしょう。ですから、私の心を貴方に捧げます」


「え?」


「これはそのあかし


 プリシラは膝立ちのまま修一に顔を近づけ、そっと口づけをした。


 永遠の一瞬が過ぎて、修一が我に返った時には、プリシラの唇は、既に離れていた。まだ自分の唇に残っている柔らかい感触の余韻に痺れながら、眼前で微笑みを形作る唇から目が離せない。


「今はこれが精一杯。恥ずかしい」


 そう言ってプリシラは頬を染めて目を逸らした。


「フハッ!」


 修一の鼻と口から同時に息が出た。鼓動が速まり頭に血が上っていく。気がついたら立ち上がっていた。


「やりましょう。おまかせ下さい、プリシラさん」


「丁寧語?」


「おっと、つい興奮して語調が乱れた。まあ、倒すのは厳しいけど、防御に徹して時間を稼ぐよ」


「ええ、死なないでください」


「ああ、ここでは死なないさ」


 砦は崖の上に築かれていて、さらに敷地内から、崖下の船着き場までトンネルが掘られている。砦が包囲されても川を使って補給線は確保できるし、あるいは敵が船で攻めて来れば、有利な崖上から攻撃できる。この地形条件が砦を難攻不落にしているが、上級魔法使いが一人いれば攻略は現実的になる。修一は、船着き場から潜入することになった。



****

 修一と斥候役の騎士の二人が川から突き出た大岩の上で姿勢を低くして、船着き場の動きを観察している。ここは既に両陣営ともマナ探知できる距離だ。


「あー、ホントに斥候役だったんだな」


 修一はそう言って、隣のレイモンドを見る。領都からマラカイ砦まで出立する際、修一達と揉めた騎士だ。


「どういう意味だ」


 レイモンドは眉をしかめて言葉を返す。


「あの時、俺のマナ量からレベルを推測できただろ? 無駄に争う必要はなかったじゃないか」


「レベルが高くとも、連携できない者は軍事行動の障害になる」


「……まあ、そういうことはあるよな」


 修一は見た目は若造だが、中身はアラサーの社会人だ。個人技能の高い者がチームの生産性を下げる経験は何度かしていた。


「ふん、素直じゃないか」


「今回は特に連携が大事だからな。懸けているのは自分の命だけじゃない。緊張するよ」


「殊勝な心がけだな。今回の作戦が成功すれば貴様のことを認めてやろう」


「フッ、そうか。まあ頑張るさ。じゃあ、俺はそろそろ行くよ。観測と連絡役は任せたぞ」


 鞘から短剣を抜いて魔法を唱えた。


「アースシールド」


 中級土魔法。透明で五十センチ四方ほどの大きさの盾が空中に出現した。術者を中心に半径二メートル以内を上下左右自在に術者の意思で操作できる。これまで修一は、防御は篭手と短剣、攻撃は射撃魔法という戦い方が多かったが、今回は、より防御を重視した戦闘スタイルにしている。


「ふうぅ」


 修一は大きく深呼吸すると、大岩から峡谷の斜面に飛び移った。レベル四十八の身体能力で、船着き場に向けて斜面を駆ける。


 軽い着地音を響かせて船着き場に降り立つと、見張りの一人にシールドをぶつけて、川に落とす。残りの一人が警笛を鳴らそうとするが、修一の斬撃の方が早い。


 船着き場の奥に進むと、荷揚げした積荷の集積場があり、そこにいた兵士達が向かってくる。シールド発動中は他の魔法を使えない。範囲攻撃魔法ができないので短剣の斬撃で一人ずつ倒していく。近接単体攻撃なので時間はかかるが、シールドがある為、複数兵相手でも隙のない戦いをしている。


 その場にいた兵士達の殆どを戦闘不能にした時、集積場の奥にある階段室――砦地上部に繋がる――からマナ錬成を感じて、視線を向けた。


――ガンッ


 飛んできた拳大の石球がシールドに当たった。


(魔法剣士だと!?)


 修一は内心で声を上げた。


 ストーンボールを発動した男が現れる。ローブ姿に魔法杖という魔法使いの格好ではない。剣に小盾、金属製の部分鎧に深紅の軍衣サーコート。装備の金属部分は薄っすらと赤い。帝国が秘密裏に開発したマナ錬成を阻害しない塗装剤だ。量産できる技術には達していないが、希少なミスリルより安くつく。


 紅の魔法剣士がさらに二人現れる。


(マナ量から察すると三人ともレベル三十台か。中級武技が使えるなら厄介だぞ)


 修一は警戒しながらマナ探知をしていると、また一人が階段室から出てきた。兜と軍衣サーコートの意匠が違う。先の三人は二十代に見えたが、この隊長格は四十前後の精悍な男だ。


「第四王女を救った黒髪黒目の英雄の噂は聞いているが、貴様のことか。そのマナ量、確かにレベルが高い。しかも魔法剣士とはな」


 隊長格の男、ケヴィンは修一のマナ量と戦闘スタイルに瞠目する。ケヴィンのレベルは四十五。修一とほぼ同格だ。隊員達はレベル三十台だが、中級魔法と中級武技の幾つかは習得している。


 ケヴィン将軍が創設した魔法剣士部隊だ。魔法剣士修一と、魔法剣士部隊の戦いが始まる。

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