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トレイルブレイザー

 アーススフィア内、一番大きなテントは食事休憩用で、組み立て式のテーブル、椅子、調理器具置き場がある。修一は、ここで疲労回復効果のあるハーブティーを淹れて休憩に入っているリアンナとアメリアに出した。


「リアンナ殿下、体調はどうです?」


「凍てついた心に修一様の熱いパトスが注がれて髄液が鼻からほとば、へ、へぶしっ」


「!?」


「魔法の使い過ぎで低体温になってるところに熱いお茶を飲んで鼻水が出たのを詩的に表現されたのだ。慣れろ」


 アメリアはそう言いながらハンカチをリアンナに差し出す。


「あ、ああ。えと、とにかく、その歳でよくも参加する決意をしましたね。そもそもマラカイ砦への視察もそうですが」


 鼻水を拭いているリアンナから目をそらす修一。


「ふふっ、殿下はプリシラの信奉者だからな。上位貴族の令嬢なのに、一流の火魔法使いで、ごろつきの冒険者を束ねて魔物を倒して回っている。プリシラは社交界でも噂の的さ。マラカイ砦視察の際は、プリシラを案内役にして、王族から誰か出そうとなった時、自ら手を上げたのだ」


「はい! いただいたブラックオーガの牙を加工したナイフは家宝ですっ、シュバッ、シュババ」


 リアンナは鼻水を拭き終わると、鞄からナイフを取り出して擬音を発しながら振り回す。鞘に収まったままなので危なくはない。


「しかしあんな危険に巻き込まれた訳ですよね。啓示で危険を予知できなかったのですか?」


 修一はアメリアに問うたが、応えたのはリアンナだった。


「視ていただくのは怖くてお断りしました。タハハ」


 リアンナが平手で自分の額をぺしんと叩く。


「いいんですか?」


 遠征する王族に啓示を授けないのはリスク管理的に問題があるだろう、という意味を込めてアメリアに聞く。


「啓示は本人の意思を尊重する。だが普通は、私の啓示を拒む者などいないがな。皆、怖がりながらも聞きたがる。恐いからって拒まれたのは初めてだ。逆に意思が強いとも言えるよな、ふふっ」


「そうか。どんな啓示を授かろうが進むべき道がある、啓示に惑わされたくないってことですか」


 感心してリアンナを見る。


「にゃはは。私はトレイルブレイザーになるのが目標なのです。いつかテルミナスの秘密をガバッと暴くのですよ」


 リアンナは照れたように片手で頭を撫でながら答えた。


「あ、ええと英雄物語でしたっけ。国を追われた王子の冒険譚。古代国家の伝説の秘宝を見つけるんですよね。主人公の二つ名が先駆者トレイルブレイザー


 リアンナがこくこくと頷き、アメリアが情報を付け足す。


「物語は創作だが、古代国家テルミナスの遺跡とされているものは大陸各地にあって、実際魔道具も見つかっている。まだ未発見の遺跡はあるだろう」


「私が英雄になれば、お母さまも忘れ去られることはないのです。親子で語り継がれるのです、うへへ」


 両手を頬に当ててうっとりとした表情をする。


「母上の第三王妃は殿下を産んだ翌年に亡くなられた。殿下には同腹の兄弟はいないし、親族も帝国在住で縁が切れていてな」


「改築の折に第一回廊にあったお母さまの肖像画が撤去されまして。トホホ」


 リアンナは眉毛を八の字にして口をすぼめた。さっきから身振り手振りが芝居がかり過ぎて、どこまで本気なのか分かり難いが、亡くなった母については間違いなく寂しいはずだと修一は思う。


「聞かせて下さい、殿下のお母上のこと。俺は忘れませんよ。でも今は休んで下さい。回復魔法の効果もなくなっているようですし。明日お話の続きをお願いします」


「はいっ! 私はお母さまのことは憶えていませんが、聞いた話は沢山あるのです。忘れないようにカリカリッと日記帳に書いてます。なんと三冊目です」


 リアンナはペンで書く身振りをしながら嬉しそうに応えた。そして、疲労の濃い顔だが、明るい声で挨拶してから、就寝用のテントに向かった。


 リアンナを見送ってからアメリアがため息をついて語る。


「第七子で後ろ盾もいないが、別に疎んじられている訳ではないのだ。専任じゃないが教育係もメイドもいる。ただ王族の方々はそれぞれ忙しくてな」


「食事や知識だけじゃない。子供には自分のことを無条件で愛してくれる大人が必要ですよ。肉親じゃなくてもいいんです。母親が忘れ去られている、と殿下は言いましたよね。でも無意識では、自分こそが忘れ去られていると感じているんじゃないかな」


 修一は憤った口調で話す。だがアメリアは悲しそうに応えた。


「修一は心の機微がよく分かるのだな。私は温かい食事と寝床があればそれでいいと思って生きてきた。子供に愛情が必要だと言われても、その感覚が分からない。殿下が英雄になりたいなら強くなる機会を作ろう。魔法も教えよう。私にできるのはこれだけだ」


「俺も戦うことしかできないです。偉そうなこと言ってすみません……」


 アメリアの態度に我に返った修一は気まずそうに下を向いてから話を変えた。


「殿下の口調、独特だったけど教育係に怒られないんですかね?」


「あの口調と身振りは、お気に入りの宮廷道化師のものだな。普段は歳相応の言動だぞ。プリシラだけじゃなく、修一も殿下にとって憧れの英雄だからな。面と向かって話ができて、嬉しくてはしゃいで、道化師の口調になってたのだ。可愛いじゃないか」


「そうか。英雄なんて柄じゃないけど、殿下が喜んでいるならいいか。……お茶のお代りを淹れましょうか?」


 アメリアが頷くのを見て、修一は席を立った。



****

 アメリアと修一が席に着いてお茶を飲んでいる。さきほどから修一は思い悩んだ様子でいたが、意を決した様子でアメリアに視線を向けた。


「リアンナ殿下との会話を思い返していました。迷っていたことがありましたが、背中を押された気がします。覚悟を決めました」


「ほう?」


「アメリア様に、啓示で視て欲しいことがあります。以前、おっしゃっていた俺の選択について心当たりがあります。プリシラには言ってませんが、古代竜を倒せるかもしれません」


 修一はそう言って小箱をテーブルの上に置いた。


「小箱? 素材はミチオールか。装飾も素晴らしいな」


 希少な霊木製の小箱に感嘆したアメリアは手に取ろうとする。


「あ、触らないで」


 修一が少し慌てて止める。


「ヴィクター師匠との別れの際、渡されました。賢者の石が入っていると。箱を開ければ、大いなる力が手に入るが、その代償に生涯呪われると言われました。魔法使いとしての俺の記憶だから、本当にそんな言葉を交わしたのか自信がないのですが」


「小箱を見たところは、何も邪気を感じないがな」


「俺は感じます。少し息苦しい」


「修一専用の呪具か。修一以外が箱を開けると、力も呪いも効果が消滅して、賢者の石は、ただの宝石になりそうだな」


「やはり俺専用でしょうか。死ぬのも怖いけど、呪いの方が怖いです。正気や五感を失ったりするのだろうか」


「古代竜を倒せるくらいの力が得られるならば、その代償の呪いも大きかろうな……」


 アメリアは魔法杖を握って半眼になり、集中する。しばらくして顔を上げた。


「断片的なイメージだった。小箱を開けた修一が苦しんでいる姿。修一が一人で古代竜に向かう姿。得られる力も呪いの種類も分からないままだ。役に立たなくてすまん」


「分かりませんでしたか……。でも未来が変わるんですね。もし俺が力を得たら、プリシラと一緒に古代竜に挑まずに、一人で挑むことになるんだ。プリシラが危険を冒さなくてすむなら、それでいい」


「確かに啓示は絶対ではないから、修一が行動を変えれば二人で挑む未来は変わるかもしれない」


「ええ」


「小箱を開けて、大いなる力を得ることが修一の選択という訳か」


「ノルン村に転移して間もない頃、プリシラの健気さにほだされて、古代竜に一緒に挑むと約束しました。でも呪いの小箱のことは話さなかった。呪われてまで力を得るつもりはなかった。力及ばずプリシラと死んでしまうならそれで構わないと思った。オルトゥスの未来に興味はなかった。だけど今は違う。守りたい人も増えたし、仲間と共にこの世界で生きていきたい」


 修一は言葉を切って深く息を吐く。


「その時がきたら、箱を開けて力を得ようと思います。だけど、力を得た後の人生を呪いで苦しみ続けるのは嫌だし、周りにも苦しんでる姿を見せたくない。アメリア様」


 修一はアメリアを見る。アメリアは無言で頷いて、続きを促す。


「もし俺が呪いによって意思表示ができなくなったら……その時は俺を殺して下さい。これはプリシラには頼めない」


 アメリアはすぐには応えず、しばらく修一を見つめてから言葉を紡いだ。


「ヴィクターは敵対組織に追い詰められて大怪我を負ったが、なんとか修一だけを転移させた。その際に賢者の石を託した」


「そうです」


「賢者の石以外にヴィクターは何を語ったか思い出せないか? オルトゥスに行ったら何をしろとか」


「ええと……どの記憶も断片的で。あぁ、宮廷魔法士を頼れとも言われました。ははっ、もうアメリア様と出会って頼ってますよね。他には、あ……」


 不意に修一の目から涙が流れた。


「お前に会えて良かった、と」


 またも修一の目から涙がこぼれる。


「その言葉だけ覚えている。前後の文脈は分からない。なのになんで俺は泣いているんだ?」


 アメリアは椅子から立ち上がり、修一の側まで行って、両手で修一を抱きしめた。


「前後の文脈など要らない。お前に会えて良かった、それがヴィクターの気持ちだ。お前はヴィクターの最後の弟子だ。そしてヴィクターはお前を私達兄弟に託した。大丈夫だ修一。どんな呪いだろうとも私は、私達兄弟は、お前を決して見捨てない。私達が何とかするから心配するな」


 根拠のない約束だった。だが修一はアメリアの言葉を信じることができた。アメリアの言葉と身体の温もりで、呪いへの恐怖で冷たくなった心がほぐれていった。



****

 パワーレベリングで三人は十分に成果を上げた。先に撤収したリアンナは中級水魔法が使えるようになった。マノラは土属性と風属性の中級魔法が使えるようになっている。プリシラはいよいよ上級火魔法が限定的だが使えるようになった。

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